Don't Make Me [Your] God 7
「……心配要らねえよリザ、もうすぐ全部解決す――」
「師叔! 買い物終わったであります!」
そう言って駆け寄ってきたのは、前が見えないほどの大きさの紙袋を抱えている小玲だった。
エリザベータはレイの言葉を遮った小玲に咎めるような視線を送るが、視界のほとんどを紙袋に遮られている小玲はそんなことにも気付けずにいた。
「……そっか、お疲れ様」
そう言ってレイは柔和な笑みを浮かべて、小玲の頭をキャップ越しに撫でる。
小玲は見た事のないレイのその笑顔に、照れたような笑みを浮かべた。
小玲は師にこんなに優しくしてもらった記憶はないのだから、それも無理はないだろう。
しかしさりげなく囁かれた言葉に、小玲の表情は一変させられてしまう。
「尾けられやがったな、クソガキ」
「え!?」
「大声出すんじゃねえよバカ。このままワゴンに戻る、出来るだけ自然に振舞え」
大声を上げそうになる小玲を小声で叱責して、レイはマネークリップから紙幣を数枚外してテーブルに置き、サングラスを掛けて立ち上がる。
そしてその様子に何かを察したエリザベータは、レイの邪魔をしないように左腕を抱き寄せて駐車場への道を歩き出した。
「考えられる目的はエイリアス・クルセイドの新しい傭兵、レイさんが持っている最強の剣、国連D.R.E.S.S.規制委員会の委員。レイさんはどうお考えで?」
「思うに全部だ。どれか1つでも上手くいけば運がいい、その程度のな」
小玲が帰ってきた時に視界に捕らえていた、炎天下にも関らず何かを隠すように長袖を着ていた人間達にレイはそう結論付ける。
やがてエイリアス・クルセイドの黒いワゴンに辿りついたレイは、ベルトループに付けていた鍵で開錠して中からさりげなく小玲を運転席へと行かせる。
「傭兵なら車の運転くらいは出来るな?」
あくまで視線は小玲に向けず、ワゴンの鍵を小玲へと渡しながらレイは小声で問い掛ける。
「7歳の頃には足の届く車は運転出来たであります!」
「上等だ、リザを連れて屋敷まで帰れ」
そのレイの突然の提案に小玲は思わずレイの方へ向いてしまい、後部座席に乗り込んだエリザベータは僅かに顔を強張らせる。
「え!? 師叔はどうされるでありま――」
「静かにしろ、これからやつらの狙いを俺に絞らせて返り討ちにする。リザはイヴと晶にこの事を報告して、ピグマリオンにワゴンと屋敷の護衛をするように伝えろ」
確認出来たのは小隊規模の人数。そしてその敵対者と思われる人間達がリベリオンと戦うのに用意をしていない筈がない。
そんな小玲の言葉すら取り合わず、レイはこれ以上小玲にボロを出させまいとする。
会話の内容を指向性マイクで拾われている可能性は高く、レイとエイリアス・クルセイドにとっての人質となりえるエリザベータを逃がすには小玲を黙らせなければならない。
しかしレイの意思を理解出来ない小玲は、ワゴンのエンジンを掛けながらなおも食い下がってくる。
「シャオも戦うであります!」
「D.R.E.S.S.を装備してても弱いアンタが生身で何が出来るってんだよ。アンタが俺の弟子を名乗るってんなら、師匠の言う事くらい聞けバカ弟子――それに、アンタには生きてもらわなけりゃならねえ」
小玲の殲滅は未だ何も手をつけられ居ないうえに、エイリアス・クルセイド所有のルードもまだ改修が終わっていないため小玲は今文字通り丸腰なのだ。
そしてレイは小玲に見えないようにミリタリーシャツに隠した胸のホルスターからワルサーPPKを取り出して、エリザベータの手に押し付ける。
「レイさん……」
「心配するなリザ、これが全員が確実に生き残れるやり方なんだよ」
心配そうな視線を向けてくるエリザベータに微笑みかけて、レイは心からの言葉を紡ぐ。
全ての意思が通じたかは分からないが、レイは深呼吸をしてコンバットブーツのスティールトゥでワゴンの黒いボディを強く蹴る。
「ざっけんじゃねえぞ、コラァッ!」
「ふざけているのはそちらですわ! いつもいつもそんなのばっかりで、もうウンザリでしてよ!」
即興の芝居に乗ったエリザベータは透き通るような碧眼に僅かに心配そうな色を残すも、レイの意思を正確に読み取ってレイの怒鳴り声に負けじとヒステリックに怒鳴り返す。
小玲を黙らせ、エリザベータを無事に逃がし、レイ1人がここに残るにはこれしか方法はないのだ。
「少し頭を冷やしてくださいまし!」
そう言ってエリザベータは乱暴にスライド式の扉を閉め、2人の豹変っぷりにビクビクしている小玲にGOサインを出してワゴンを走らせる。
これによってレイは"エイリアス・クルセイドの新しい傭兵は、グリーンアイドモンスターが恋人の身を任せるに足る存在である"という事をアピールする事に成功した。
リベリオンと戦う用意は出来ていても、もう1機のイヴァンジェリンが手ずから作り上げたかもしれない未確認のD.R.E.S.S.と戦う勇気はないはず。
現代戦において情報を軽視する民間軍事企業が、この世界で生き残れるはずがないのだから。
「クソッタレがッ!」
遠ざかる黒いワゴンを見送っていたレイは、そう怒鳴りながら足元の石を蹴り飛ばす。
都合が良い事にリュミエール邸の方角には荒野が広がっており、やがてレイは肩を落としながら駐車場のひび割れたアスファルトから荒野の枯れた大地へと踏み出した。
すぐに仕掛けてくる可能性は低く、ワゴンはものの数分後にはピグマリオンによって屋敷まで護送されるはず。
そう考えたレイはここにいる小隊規模を駆逐と言う、自身の仕事に意識をゆっくりと切り替え始める。
しかしその予想の片方は裏切られ、背後に煌々としたD.R.E.S.S.展開時の発光現象を確認したレイは咄嗟に左手首の白銀のバングルを叩く。
通常のD.R.E.S.S.のバングルよりも遥かに大きいそれはシアンブルーの粒子の光を解き放ち、やがてレイの体へと集束して、白銀のD.R.E.S.S.リベリオンへと変化する。
そしてターンブースターを駆使して反転したリベリオンのシアンブルーの視界に移るD.R.E.S.S.に、レイは驚愕から力ない言葉を洩らした。
『……エスプワール?』
その小隊規模の中央に居る剣とハートのエンブレムを描かれたD.R.E.S.S.は、レイの初陣で消息不明となっていたダガーハート小隊のミレーヌ・ラングのクラックだった。




