Don't Make Me [Your] God 6
モールに併設されたカフェテリアのテラス席。日差しによって若干色褪せたパラソルの下で、レイとエリザベータは向かい合うように座っていた。
レイは氷で嵩増しされたライムソーダを飲みながら、エリザベータが頼んだトロピカルジュースに視線をやる。
その鮮やかな色はモール、住宅街、駐車場、荒野という、海が一切見えない辺りの光景に溶け込むとは到底思えないものだった。
「まさかお水だけをあんなに買うとは思いませんでしたわ」
金のフレームのサングラスを嫌味なく掛けるエリザベータは、驚いたとばかりに肩を竦める。
アレクサンドロフの家でもミネラルウォーターは買っていたが、ワゴンの後部がミネラルウォーターの箱で埋まっている光景など今まで見たことがなかったのだ。
「こっちはいつもこんな天気だ。洗車している間に脱水症状とか冗談にもならねえだろ」
ティアドロップのサングラスをネックレスの革紐に掛けているレイは、エリザベータのその様子に面白そうな笑みを浮かべて答えた。
機材の搭載だけを考えられたワゴン、約束通り買い与えられたシルバーのBMW、そしてイヴァンジェリン自ら手を加えたヘリ。
外部の人間の手を触れさせる訳にもいかないが、晶に任すのはあまりに酷なそれらの清掃はレイが炎天下で行っているのだ。
「それで、何を思い悩んでいますの?」
「……別に」
エリザベータの唐突な問い掛けに、帰りの遅い小玲の事を考えていたレイは端的に返す。
最初は3人で買い物を済ませてすぐに帰る予定だった。しかしエリザベータの無言の圧力に負けた小玲は、ミネラルウォーター以外の買い物を引き受けさせられていた。
財布を抱きしめて泣きながらモールへ走り出した小玲の様は人目を引いていたが、その光景を生み出したエリザベータは買い物を早々に済ませたレイをカフェテリアに誘い、出会って2日目に生まれた上下関係にレイは苦笑せざるを得なかった。
「嘘を仰らなくて結構ですわ。わたくしにレイさんの事が分からないとでも思いまして?」
エリザベータはそんなレイの様子を余所に追及の手を休めようとはしない。
レイが自身に心を開いてくれているのは分かる。
自身が刺激してしまった心の傷をレイが乗り越えたのも知っている。
それでも不安がエリザベータの心を揺らすのだ。
「……やはり晶さんや、ドクター・リュミエールでなくてはダメですの?」
押し黙ったまま心の内を吐き出そうとしないレイに、エリザベータは目を伏してしまう。
度々ロシアに戻らなければならない自身と違い、同じ屋敷に住んで公私共にサポートをしている晶・鴻上。
他の誰にも代わりは務まらないイヴァンジェリン・リュミエール。
認めたくはないがレイに何もしてやれない自身が、2人に出遅れているという感覚を確かにエリザベータは感じていた。
それが胸を焦がすほどに求めている想い人を諦める理由にはならないが、レイが自身を必要としなくなるのではないかと言う不安にエリザベータは苛まれ続けていた。
「違えんだよ、情けねえなって思ってさ」
そんなエリザベータの様子に耐え切れなくなったのか、レイは自嘲するような笑みを浮かべて呟く。
そんな不安に押しつぶされそうな顔をさせたかった訳ではないが、それをさせているのが自身であると言う事実がレイにはつまらない皮肉のように思えていた。
「そんな事ありませんわ」
「こうやってリザに心配と面倒を掛けさせてるじゃねえか」
顔を上げて反論するエリザベータに今度はレイが肩を竦める番だった。
あの時1年半ほど前のロシアでエリザベータを救えたのは自分だけだったとレイは知っているが、それと同時にエリザベータを不安定な立場に立たせてしまったのも自分なのだと理解していた。
いわく、グリーンアイドモンスターの恋人。
いわく、イヴァンジェリン・リュミエールに近い女。
いわく、暴力を持って旧体制を一掃した革命の魔女。
事実と言い掛かりが混ざり合ったそのレッテルを背負いながら、エリザベータは敵意と欲望の狭間で生かされているのだ。
しかしエリザベータはそれがどうしたとばかりに筋の通った高い鼻を鳴らし、慈しむような笑顔を浮かべてライムソーダのグラスを握っているレイのを握る。
「そんなの負担にもならなくてよ? "恋人"の身を案ずるのも、苦楽を共にするのも"ヒロイン"の特権ですもの」
その慈しむような笑みと共に告げられた言葉にレイは呆然とし、やがて方を揺らして笑い出してしまう。
――完全に勘違いだったってことか
レイはエリザベータ・アレクサンドロフと言う女を見誤っていた。
モスクワの路地裏で助けられ、アメリカ国防軍との交渉の際にはオフを返上して国防軍の仕官を牽制するために同席し、そしてレイの心の内を受け止めようとした。
そうやって自身を守り続けていたエリザベータに抱いていた印象を、勘違いと言わずになんと言うのだろうか。
「……本当にいい女だな、アンタ」
「アンタではなくリザですわ、レイさん」
笑い過ぎて出てきた涙を指で擦るレイに、エリザベータはかつてのやり取りを髣髴させる言葉を返す。
そしてレイは意を決したように口を開いた。




