Don't Make Me [Your] God 3
「よろしい、せいぜい強くしてやって欲しい――さあ小姐、客人2人に自己紹介をしたまえ」
レイから小玲へと視線を移したイヴァンジェリンは小玲に自己紹介を促す。
フィオナとエリザベータにこの事態を教えてはいたが、小玲自身が自己紹介をしなくて良い訳ではないのだから。
しかし小玲は不満そうに唇を尖らせて反論する。
「シャオは小姐なんて呼ばれ方は嫌であり――」
「いいから早くしたまえ、身長を更に低くしたいのなら話は別だが?」
「シャオは小玲・薛であります! 年齢は16歳! 民間軍事企業ドラゴンズ・ドリーム所属の元傭兵でありました!」
頭上から容赦なく振り下ろされる拳に恐怖した小玲は、訴えを取り下げて端的に自己紹介をする。
レイがまだ本気で殴っていない事を理解している小玲が、それと同時に本当に身長が縮んでしまうのではないかと心配してしまうのも無理はないだろう。
「加えて言えば軍需企業、奸雄の令嬢でもある――コレーなら面識があるんじゃないか?」
「……あたしは商会の仕事に関ってないんで分からないです」
付け加えられたイヴァンジェリンの言葉に、フィオナはどこか答え辛そうに返す。
両親との関係は改善されたとはいえ、未成年であるフィオナが商会と密接なつながりは持っていないのは当然の話だとイヴァンジェリンは理解した。
「そうだったのか。ダミアン氏からの「知人の娘を保護して欲しい」とされた依頼だったから、てっきり顔見知りだったのかと思っていたよ――まあいい、皆も疲れただろう? 食事には改めて呼ぶから部屋でゆっくりとするといい」
「そうさせていただきますわ。レイさん、あのネックレスに似合いそうな服をたくさん買ってきましたの。楽しみにしていてくださいまし」
そう言ってパーソナルソファから立ち上がるイヴァンジェリンに続いて、エリザベータと晶もゆっくりと立ち上がる。
晶は金属製のトレーにカップを載せて一足先に応接間を後にし、エリザベータは黒いサマードレスの裾を両手の指先につまんで優雅な一礼をする。
そしてイヴァンジェリンとそれに続くように小玲、最後にエリザベータが出て行ったのを確認したレイは、ただ1人動く様子すら見せなかったフィオナの向かいへと座る。
「……どうした?」
胡桃型の緑色の瞳を飾る目は伏せられ、イヴァンジェリンが問い掛けるまで喋ろうともしなかった。
そんな目に見えない不安に押しつぶされてしまいそうだ、と言わんばかりのフィオナにレイは問い掛ける。
そのフィオナの様子は、エイリアス・クルセイドがアメリカ国防軍に策謀を仕掛けられた際に見たものと酷似しているようにレイには思えたのだ。
「何言ってるんだって思うかもしれないけど聞いてくれる?」
囁かれるようなフィオナの懇願にも似た問い掛けに、レイは戸惑いながらも何も言わずに頷く。
そしてフィオナは深呼吸をして、意を決したように口を開く。
「……イヴァンジェリンさんと小玲さんを信用しないで」
レイはそのフィオナの言葉に驚愕から強張りそうになる表情を、表情筋を駆使してシニカルな笑みに粉飾する。
それが冗談なのだとしたら、レイとフィオナは一生噛み合うことの無い時間を生きていると言える内容だった。
「……いつものか?」
応接間の壁に設置された監視カメラに唇の動きを見せないように俯いたレイは、囁くような声でフィオナへ尋ねる。
フィオナには1つ天才的な才能があった。
話している人間が自身にとって信用出来るかどうかを2,3言葉を交わすだけで理解出来るという天才的な才能が。
フィオナの父であるダミアン・フリーデンにそれを教えられた当初それを信用する事は出来なかったが、その才能が本物である事は1年前のディファメイション戦の結果が物語っている。
「……確証がある訳じゃないから強くは言えないよ。でもお願いだから今のあの人達を絶対に信用しないで。あたしが過敏になってるだけかもしれないけど、レイ兄さんがあんな目に遭うのはもう嫌なの」
そう言ってフィオナは答えを聞かないまま、ソファから立ち上がって応接間を出て行く。
レイは遠ざかっていく足音を聞きながら、他を拒絶するように置かれたパーソナルソファを眺めている事しか出来なかった。




