Dearest [Death] Dealer 10
『怪我はねえか、フィオナ』
そう言いながらネイムレス――レイはブレードユニットを装備した左腕を振って、ネイムレスの元となったD.R.E.S.S.、ルードを階下へと叩きつける。
その振り落とされた合金の塊から逃げようとする生身の襲撃者達に、ネイムレスは無慈悲に右手のマシンガンの弾丸を浴びせる。
フィオナと襲撃者の間に入ったあの時、レイは急速でネイムレスを展開して、発砲されるよりも早くブレードで窓を切り裂いて外へと飛び出した。
ネイムレスのマシンガンを握る右手は裏拳の要領でルードのライフルの銃口を余所へ向けさせ、そしてがら空きとなったルードの懐へ飛び込んだネイムレスは展開されたブレードユニットの刃を首へと突き刺した。
奇襲に対してのカウンター性能の高さ、D.R.E.S.S.が最強の兵器となったその1つの要素はD.R.E.S.S.にも有効なのだ。
装甲、フレーム、人の肉と骨、それらを破壊した感触を確かに感じていた左手を振りながらレイは状況を把握する。
――ここまで簡単に侵入出来たって事は、内通者は確実に居るって事か
配電関係は未だ生きているが、警報や侵入者を告げる警告がなかった事に"誰かが襲撃者達をフリーデン邸へ引き込んだ"のだとレイは結論付ける。
「すまない、ブルームス! お嬢様は!?」
『どこで何してやがった、クソヤロウ』
扉を蹴り飛ばすように開けライフルを構えながら入ってきたローネインに、レイはそう吐き捨てながらネイムレスのマシンアイを物言わぬ死体と化した襲撃者達からローネイン達に向ける。
傍に居なければ護衛の意味などなく、レイが窓の外に居たルードに釘付けにされている間に内側でフィオナが襲われてもおかしくなかったのだ。
「多数の場所が襲撃を受けていて状況がメチャクチャだったんだ! それよりお嬢様は!?」
『ベッドでビビってる。それよりも内通者が居る。俺はそいつとD.R.E.S.S.の戦力を潰しに行く、分かっていることは何かねえか?』
「最悪な情報ならある――倉庫が急襲を受けていて、最低でもクラックが既に敵の手中に落ちた」
ローネイン達が持ち場を離れてしまったのは、情報戦に主眼を置かれたD.R.E.S.S.、クラックを利用した妨害工作により、ダミアンとの連絡が遮断されてしまったせいでもあった。
襲撃の5分前、ローネインは突如ダミアンと連絡が取れなくなった事に不審に思い、ヴェンツェルという副官とD.R.E.S.S.を装備しているレイに現場を任せて中継地点へ目指すも、突然の銃声にフィオナの部屋へと走り出した。
窓が破壊されたことにより屋敷の警備システムが稼動、全ての部屋をパニックルームとする為に扉は電子制御によって施錠されてしまい、そのせいでローネインとヴェンツェルの突入が遅れてしまったのだ。
『なら全部殺す、敵のD.R.E.S.S.の詳細は?』
「敵が持ち込んだ戦力は不明だが、狙われているであろう商品テスト用のルードが1機、既に奪われてであろう数を含めてクラックが2機だ。それと商会が戦力として保持しているD.R.E.S.S.は、数は分からないが数機が既に撃破されている。元々会長と奥様の護衛についていた連中は無傷だが――」
『アイツらの事はどうでもいい、それでフィオナの追加の護衛はどうした?』
ルードというD.R.E.S.S.を用いた強襲が既に行われてしまった以上、生身の人間であるローネインとヴェンツェルだけに任せてしまうわけにはいかない。
レイは本来の目的の達成に支障を生じている状況にに苛立ち始める。
「先ほどのルードにD.R.E.S.S.を展開する前に殲滅された。数機が倉庫からこちらに向かっているが、どうやら足止めされてしまっているようだ。認めたくはないが鮮やかな手口だ、おかげでこっちは敵戦力すら把握出来ていない」
侵入された上に戦力のいくつかを奪取され、撃破されてしまった。
その事からローネインは自嘲するようにそう言い、レイはそんなローネインに舌打ちを返す。
フリーデン商会は圧倒的に不利な立場に立たされた。
この状況が訪れない事をローネインは祈っていたが、この状況を見越していた主の言葉を告げるべく、ネイムレスのシアングリーンのマシンアイを見据えながらローネインは咳払いをした。
「”おそらく襲撃されるであろう倉庫の敵対者を殲滅しない限り我々に安息は訪れない。現時刻をもってレイ・ブルームスをフィオナ・フリーデン護衛の任を解き、敵対者の殲滅を命じる。敵対したD.R.E.S.S.は商会所有の物であっても全て撃破しろ”――以上が会長からのオーダーだ」
すっかり上司気取りのダミアンからの命令に舌打ちをしつつ、レイはレーダーでフリーデン邸の敷地内を探る。
シアングリーンの視界に表示されたその情報がクラックの欺瞞情報でなければ、倉庫付近以外では戦闘は行われていないと判断できた。
――急な作戦目標の変更、襲撃者達は1枚岩じゃねえって事か?
フィオナの誘拐は結局ルード1機だけで行われ、ほとんどの戦力は倉庫へと集中している。
もし襲撃者達がローネイン達とレイという形に分かれるフリーデン商会のように、本来の目的を果たそうとする人間と目先の利益に釣られた人間で分かれてしまったのではないか。そんな事をは考えながらレイは眼前のシアングリーンの画面に表示される、クラックの情報操作による欺瞞情報が混じるレーダーを目視操作で縮小化する。
――まあいい、ここからは俺の仕事だ
ヴェンツェルという女性の副官がフィオナをベッドから立ち上がらせたのを確認したレイは、胸中でそう呟きながら灰色の装甲の下で口角を歪める。
襲撃者のルードはフィオナを背後に隠したレイへの発砲を躊躇っていた。その反応からレイは襲撃者の目的はあくまでフィオナの誘拐であり、フィオナが殺害される可能性は低いと判断していた。
そしてその判断がレイの傭兵としての意識を鋭敏にしていく。
だからこそレイは護衛対象の護衛に専念するだけでなく、見敵必殺という、最も性に合った仕事に従事出来るのだから。
『先に言っておくけど出撃したらそうそう戻れねえ、今度はうまくやれよ』
「了解、悪いが後は任せたぞ」
その言葉をネイムレスの集音マイク越しに聞いた灰色の装甲を纏ったレイは、ブースターの炎を背にテラスから戦場と化したフリーデン邸の庭園へと飛び出した。
――違法改修ナーヴスが2機、拿捕されたフリーデン商会の車両が1台
シアングリーンの視界で歩兵以外の戦力を見付けたレイは、シアングリーンのバーコードが刻まれたネイムレスの右肩部のコンテナのハッチを開く。
そこに現れたのは6門の砲口を持つミサイルポッド、ネイムレスというカウンターを予測していなかった襲撃者達のナーヴスはショットガンの銃口をネイムレスへと向ける。
しかしその行動はネイムレスを止めるのには遅過ぎ、ミサイルは襲撃者達を乗せた車両と白から迷彩へと塗り替えられたナーヴスへと放たれる。
ミサイルという決定的な暴力に襲撃者のナーヴスは慌てるも、少しでもその数を減らそうと引き金を引く。解き放たれた散弾が2発のミサイルを撃ち抜き、爆炎がネイムレスのマシンガンによって生み出された多数の屍が転がる庭園を照らす。
襲撃者のナーヴスはそれらと同じ存在になる事を拒み、逃げ出そうとするも撃ち洩らしたミサイル達はナーヴスの専門知識もないまま付けられた不恰好な装甲を穿ち、そのか細いフレームを爆焔で包み込む。
その光景を見ていたもう1機のナーヴスは、瞬く間に同じカテゴリーの戦力である筈のネイムレスが2機の味方機を撃破してしまった事に呆然としてしまう。
あらゆる環境での戦闘を想定されたルードと、災害時の救出等の為に作られたナーヴス。
その2機ではフレーム、出力、OSの全てが、戦闘において大きな違うを有無と理解していても、その惨状を生み出して見せた灰色のルードと戦わなければならない。
それは襲撃者にとって悪夢でしかなかった。
『自発的に死んでくれるのは、正直助かるぜ』
ノイズの乗った男の声にナーヴスを駆る襲撃者は我に帰り、高速接近してきたネイムレスに気付くも、ブレードユニットが付いた左腕を振り上げたネイムレスから逃れるには遅すぎる。
背部ブースターから推進力と共に吐き出される炎を背中に、ネイムレスはその速度を殺さぬまま擦れ違い様にナーヴスの球形の頭部と、か細いフレームを合金の刃によって分割する。
そしてレイはフィオナを連れ去る予定でフリーデン商会の車両を拿捕した襲撃者達が、お荷物となりえる人間を生かしておく筈がないと結論付けた。
ヘッドライトを点けずに世闇にまぎれて逃げ出そうとしている車両をその勢いのまま、ネイムレスはサッカーボールのように蹴り飛ばす。
戦車の装甲すら破壊出来るD.R.E.S.S.のパワーアシストが効いた脚部で蹴られた車両は、乗車している人間ごとくの字にひしゃげられ、地面を転がっていく。
その最後を見届けぬままネイムレスはターンブースターを駆使して、襲撃されている倉庫へと向きを変えて飛び出す。
フリーデン邸は広大な庭園に囲まれる巨大な長方形の屋敷であり、離れにある倉庫はその屋敷から10kmほど離れた場所にある。
駆けつけるには遠く、攻め込まれるには近い距離。
そんな距離を時速約220kmでフリーデン邸の敷地を駆け抜けながら、レイのシアングリーンの視界でD.R.E.S.S.級のマズルフラッシュを視認する。
今更のように襲撃者から身を隠す為にフリーデン邸の明かりが落とされ、庭園は暗闇に包まれる。
――フィオナはダミアンにとっても守るべき対象で、敵対者を誘き寄せる餌だったって事か
ダミアンは”おそらく襲撃される”と予測しながらも、あくまでフィオナの意思を尊重するかのように見せて襲撃者達を誘き寄せ、そしてフィオナの警備をあえて薄く見せる事で、フリーデン商会の倉庫という武器を欲しているテロリスト達であれば抗う事は出来ない蠱惑的な物に襲撃者達を引き寄せさせた。
それは”敵対者が自信を持って送り込んだ戦力を徹底的に殲滅する事によって、商会に手を出す事を躊躇させる”という、レイを送り込んだエイリアスと同じ目的に帰結する。
――それでここまでいいようにされるなんて、間抜けじゃねえか
おそらくダミアンですら予測していなかった内通者、奪われてしまった兵器達、そして結果的にフィオナを危険に晒した事実。
最終的にフィオナの身の安全を得るためとは言え、矛盾を抱えてしまっているその過程にレイは頭を抱えてしまいたくなる。
しかし迷彩に塗り替えられた2機のナーヴスと1機のクラックの機影を600m先に捉えたレイは意識を切り替え、背部ブースターの出力をマックスにして戦場へと飛び出しながらマシンガンの引き金を引く。
銃口から解き放たれた弾丸達は同じ起動を描き、その合金製の殺意は装甲を貫き、フレームを穿ちナーヴスはその運動エネルギーによって踊らされる。
『仲間はずれなんて、寂しいじゃねえか』
230kmに達した速度を殺さないまま、そう茶化すように呟いたレイはかろうじて形を保っているナーヴスの球形の頭部を左手に掴む。
ピクリとも動かない味方を盾のように構えたまま進撃するネイムレスの登場に、襲撃者達は動揺しながらも迎撃しようと引き金を引くが、高速の弾丸と化したネイムレスを止めるにはそれは遅い。
クラックを守るように背後に隠したナーヴスに、ネイムレスは左手に掴んでいたナーヴスの残骸を叩きつけ身動きが取れなくなったナーヴスの頭部に弾丸を放つ。
その襲撃者の血を撒き散らしたネイムレスは、擦れ違い様にサンドイエローのクラックの頭部に合金製の装甲を装着した左膝を叩き込む。
オレンジ色のデュアルアイを輝かせていた、フリューテッドアーマーのようなデザインの頭部はそれを纏う襲撃者の頭部ごと潰されてしまう。
――ルードが最低でももう1機、クラックが最低でもあと2,3機か
ターンブースターで左膝を引き戻すように回転し、その勢いのままクラックの後頭部に回し蹴りを叩き込みこみながら、レイはまだ残っているであろう戦力に舌打ちをする。
フリーデン商会の戦力が倉庫で苦戦している上、ダミアンは敵の戦力を見誤り民間軍事企業に出撃要請をしていない。そして敵のクラックによって今となってはその要請すら出来ない以上、戦力のほとんどを駆逐するのはレイの役目となってしまうのだ。
『面倒くせえな、クソッタレ』
900m前方でフリーデン商会のルードと交戦している、襲撃者達のナーヴス3機をシアングリーンの視界でロックし、ネイムレスは右肩部のコンテのハッチを開けてミサイルを発射する。
ナーヴス達は突然現れたミサイルから逃れようとブースターを吹かすが、フリーデン商会のルード達は隙だらけとなった襲撃者へと弾丸を浴びせて撃破していく。
それを確認しながらレイはこちらも襲撃者扱いされてはたまらないと、その部隊に味方であるとサインを送ろうとするも欺瞞情報が溢れる戦場では逆効果だと却下し、ネイムレスは木の陰にブースターを隠すように迂回する。
レイが撃破、もしくは撃破寸前まで追い込んだD.R.E.S.S.は、ルードが1機、クラックが1機、ナーヴスの改修機が7機。
そのナーヴスの数がフィオナ・フリーデン誘拐という目的に、倉庫にあるフリーデン商会の商品の強奪が加えられた事を理解させる。
略奪した商品の運搬は内通者が用意したフリーデン商会の車両で行うつもりであったのであれば、フィオナを誘拐しに来た部隊の車両がフリーデン商会の物であったことにも説明が行くが、その考えはあまりにも甘すぎる。
――所詮、烏合の衆って事か
内通者が襲撃者達の組織内での立場を上げる為に強奪を提案したのだとしても、フィオナ・フリーデン誘拐という本来の目的以上に、それに重きを置いてしまう考えをレイは理解出来なかった。
そんな事をレイが考えていると、ネイムレスの単眼のマシンアイがついに倉庫を捉える。
シャッターは破られ、車両のいくつかは流れ弾で炎上し、その炎がフリーデン商会の人間達の死体を照らす。そしてその光景を作り上げたであろうルードとクラック2機の足元で商品を車両へと積み込む男達と、その男達に詰め寄る見覚えのある顔にレイは気づいてしまった。
――アンタが裏切っちまったら、どうしようもねえだろ
そう胸中で呟いたレイのシアングリーンの視界には、フィオナの護衛の1人であるホロパイネンが映っていた。




