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D.R.E.S.S.  作者: J.Doe
Goodbye To [Nameless] Avenger
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Ignition [Chrome] Heart 3

「何にせよレイのおかげで全員が無事に帰れたんだ、レイに感謝しようじゃないか――それでどうだろう、しばらく休みでも取ってどこか旅行にでも行かないかい?」


 そう言ってパーソナルソファに腰を掛けたのは、レイの予想通り赤いインナー、白いシャツ、黒いスラックスといういつも通りの格好に着替え、レイと同じく疲労感の中にどこかすっきりとした物を覗かせるイヴァンジェリン・リュミエールだった。

 ただもう後は寝るだけというこの状況で髪を纏めるのは面倒だったのか、いつもは毛先を持ち上げるようにバレッタで纏められている白雪のような白髪は真っ直ぐに下ろされていた。


「でしたらローマに行きましょうレイさん、べスパは諦めますがレイさんとならきっと楽しめますわ」


 レイとローマの休日の再現を諦められないのかエリザベータは強く訴える。

 行けたところで2人きりになれる訳ではないという事実は、疲労しているエリザベータの頭には存在していないようだった。


「ならアテネにも! そういえばお父さんが、レア・フリーデン(おかあさん)とレイ・フリーデンだとややこしいって言ってたけど――」

「アテネはキャンセルだ、ダミアンにはその心配はいらねえって言っとけ」

「……はーい」


 不穏なフィオナの父であるダミアンの懸念に、思わずフィオナの言葉を遮ってしまったレイはまたも深いため息をついてしまう。

 リベリオンという人類が辿り着けない境地にあるD.R.E.S.S.を所有する傭兵を得れば、フィオナの安全は確実に確保できる。

 そんなダミアンの考えを理解できない訳ではないが、社会も何もかもをろくに知らないままフィオナが自身を選んでしまう事にレイは忌避感を抱いていた。


 しかしそんなレイの思いも知らず、フィオナは拗ねたようにそっぽを向いていた。


 レイにとってはフィオナはまだ子供でも、レイの「たった1つくらい歳の差にならない」という言葉を知ったフィオナにとっては自身とレイは同じ立場なのだから無理もないだろう。


「アキラはどこか行きたい所はないのかい?」


 イヴァンジェリンは意図的に話を変える。

 こうして4人が集まったのもナノマシンによって鋭角になっているレイの神経を宥めるためであり、レイにフィオナの事を悩ませるためではないのだから。


「正直どこでもって言われてしまうとちょっと決めかねますね。まあレイ君が居てくれるならわたしはどこでも楽しめますので、お気になさらず」

「まったくの同意見だよアキラ――特になければローマに行った後、アテネまでコレー(フィオナ)を送って行こうか」


 そのイヴァンジェリンの提案にフィオナは花が咲いたような笑みを浮かべる。

 フィオナはイヴァンジェリンの決定が誰かの命に関わらない事であれば、レイがそれを断る事はほとんど無い事を知っているのだ。

 しかしそんなフィオナの笑顔とは対照的に、エリザベータは不満そうに眉間に皺を寄せる。


「話を窺っている限り、フリーデン氏に会うのはあまり良くないように感じましてよ?」


 あからさまにレイを取り入ろうとしているダミアンに、エリザベータは強い警戒心を抱いていた。

 ダミアンがパーフェクト・ソルジャーであるヘンリー・ブルームスではなくレイ自身の実力を評価しているという点は感心したが、ようやくレイに自身の想いを受け入れさせる事が出来たエリザベータが安心出来るはずがなかった。


「しかしだねジェーブシュカ、フリーデン商会の定期的なD.R.E.S.S.規格の武装テストの依頼が、世界の危機の規模を私達に教えてくれる。蔑ろにするわけにはいかないんだよ」


 未だ自身を名前で呼ぼうとしないイヴァンジェリン言葉に、エリザベータはしょうがないとばかりに嘆息する。

 フリーデン商会はこれから流通させるD.R.E.S.S.規格の武装のテストをエイリアス・クルセイドに依頼してその評価を求めた。

 そのためフリーデン商会に武装を卸す業者は取引に時間を取られてしまうが、事実的にD.R.E.S.S.の生みの親がその武装に太鼓判を押すということもあり、結果的にそれが商品を多く流通させる事に繋がるため誰もがフリーデン商会にD.R.E.S.S.規格の武装を卸そうとしていた。

 しかしフリーデン商会自体の評価は厳しく、エイリアス・クルセイドに届けられる武器はフリーデン商会に持ち込まれた武装の10分の1まで減らされていた。


「それにレイ1人に行かせる訳ではないし、問題があるなら私達が阻止すればいい。そうは思わないかい?」

「……大人気おとなげないよう、アキラさん以外の人達が大人気おとなげないよう」


 白い犬歯を覗かせるように口角を上げたイヴァンジェリンに、フィオナはわざとらしく落ち込んでみせる。

 レイに1人前の女として認められたいのは事実だが、子供として特別扱いされていたいのも事実であるフィオナの心情は複雑だった。


「……子供扱いすんじゃねえ、って言わないの?」


 大人気ないというカテゴリーに入れられたはずなのに何の反論もしないレイに、晶は思わず問い掛けてしまう。


 子供扱いはレイが最も嫌う行為でだったはずなのだ。


 しかしレイは平気な顔をして、当然のように答えた。


「したきゃすりゃいい。でもすぐに認めさせてやるさ、俺が1人の男だって」


 今までのレイにはなかった圧倒的な余裕に一同は黙り込んでしまう。

 フィオナは先に大人になってしまったレイに複雑そうな表情を浮かべ、エリザベータは新しいレイの一面に紅潮した頬を自身の両手で包み、晶は呆然としながらもレイの成長に少しだけ寂しさが混ざった笑みを浮かべ、イヴァンジェリンはただ慈しむようにレイをピジョンブラッドの瞳で見つめていた。


「……いい男になったね、レイ」


 イヴァンジェリンの噛み締めるようなその言葉に、レイは当然だとばかりにシニカルな笑みを浮かべる。


 レイはあの凄惨な殺しをしてみせた自身は4人から見捨てられると思っていた。


 4人はレイが自身の手から離れていくだろうと思っていた。

 しかし4人はレイの傍らから離れる事はなく、レイはエリザベータ、晶、イヴァンジェリンと想いを通じ合わせ、フィオナの事を自分なりに真剣に考えた。


 これからの5人がどうなるかは分からない。

 それでもレイは自身と向き合い、受け入れてくれた女達と真剣に向き合っていくことを決めたのだ。


「ところでレイは行きたい所はないのかい? どこでもいいよ。日本でもハワイでも、君が望むならどこでも行こう」


 段々と湧き出してきた照れや、抑えきれないであろう歓喜を誤魔化すようにイヴァンジェリンはレイへと問い掛けた。


 そしてレイはふと左手首に感じる重みに手を伸ばす。

 そこにあるのは白銀のバングルと共に着けられた、アイリーンが残してくれたブレスレットだった。

 そのブレスレットに刻まれた十字架を指先で撫でたその時、止まっていた自身の時間が、錆び付いていた白銀のハートが再び鼓動を刻み始めたのをレイは確かに感じた。


 ――ありがとう


 レイの胸中で紡がれた、縋りついてきた過去に別れを告げる感謝の言葉。

 いかに情けない物であろうと、いかに醜いものであろうと、それがレイを女達と引き合わせてくれたのだ。


 忘れる事は絶対にない、ただ縋りついて現在(いま)を見失う事ももうないだろう。


 教えてくれたのだ。失ってしまった家族のように、いずれ生まれる子供のように、掛け替えのない存在であるように、無償の愛情をレイに注ぎ続けてくれた人々が。


「……ダウンタウンのスキッドロウにある、メメント・モリって喫茶店を知ってるか?」


 そこで上等なエスプレッソを飲みながら、聞いて欲しい事があるんだ。


 そう語るレイの瞳に、嫉妬狂い(グリーン)(アイド)化け物(モンスター)の影はもうなかった。

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