[Re]born 5
大型のディスプレイがいくつか並べられた拠点の大部屋。
そこで晶の治療を受けていたレイは、エリザベータが差し出す新しいワークシャツを受け取って包帯を巻いただけの上半身に羽織る。
あれから口に出して何かを咎められる事はなかったが、フィオナは部屋の端からチラチラとレイに視線をやり、エリザベータは黙ってレイの傍らに居続け、晶は治療が終わったレイの背中を軽く叩いてきた。
そして準備が終わったと判断したイヴァンジェリンは、首筋の十字架の刺青に触れてアブネゲーションを起動する。
すると大部屋に設置されたディスプレイ達は次々とデータを表示していく。
「ディファメイション、10年前に私が由真さんと一緒に作った"最悪のD.R.E.S.S."だ。装備は粒子ライフルと超高性能のジャミング装置、そして超大型の粒子キャノン――ヴァンダリズム・バニッシャー。そして武装だけでなくD.R.E.S.S.自体のスペックも非常に高く、言いたくはないがディファメイションと比べてしまえばルードやクラックなどオモチャに過ぎない」
イヴァンジェリンがそう紹介した流線型の黒をベースにした黒と赤のツートンの装甲、赤い単眼のマシンアイ、そして2丁の粒子ライフルと1丁の粒子キャノンを装備したそのD.R.E.S.S.は、紛れもなくネイムレスを撃ち落したD.R.E.S.S.だった。
装備された粒子キャノンはD.R.E.S.S.と同じくらいの長身で、レイは改めて自身が生き残れた事が奇跡なのだと理解する。
そしてイヴァンジェリンが指を鳴らすと、ディスプレイの表示がディファメイションから黒髪の白人の顔に変わる。
「ヴィレン・ラスチャイルド、通称ヴィリー・ザ・キッド。33歳のイギリス系アメリカ人。元アメリカ国防軍D.R.E.S.S.部隊フルメタル・アサルト所属の国家指名手配犯、軍属だった頃の愛機はブラッディ・ハニーというルード改修機だ」
そう言って別に並べられた小さなディスプレイに、不恰好なほどに装甲で盛り固めたグレージュのD.R.E.S.S.が表示される。
そしてそのブラッディ・ハニーと呼ばれたD.R.E.S.S.に描かれた赤い悪魔のエンブレムを、スミソニアン博物館で起きた事件でそのエンブレムを直接見ていたエリザベータは驚愕から目を見開く。
自分の人生を変えたD.R.E.S.S.部隊の隊員が、国家指名手配犯だと知らされてしまったのだからそれも無理もないだろう
「元々快楽殺人症なところがある人格に問題があるこの男は、異常者であると同時に戦争においては非常に優秀な人間だった。そのためヘンリー・ブルームスとジョナサン・D・スミスという優秀な上官2人掛かりで制御されていた。しかし当時最強のD.R.E.S.S.だったディファメイションを見て抑えが利かなかったらしく、ディファメイションを強奪。その結果レイの両親と多くの関係者を殺して逃亡、その10年後改めてディファメイションを強奪して私の両親を死に追いやった"クソヤロウ"だ」
イヴァンジェリンのハスキーな声で紡がれたスラングに、驚いたフィオナがビクリを肩を震わせる。
芝居がかった口調で本心を悟らせないように振舞っていたイヴァンジェリンが激昂したところなど、誰も見たことがなかった。
「それでそのクソヤロウがどうしたんだよ、見せたい物がそれだけだって言うなら俺はもう行くぜ?」
「待ちたまえよレイ、話はここからだ――さっきも言ったけど、ディファメイションと比べてしまえばルードとクラックなどただのオモチャに過ぎない」
「それを越えるように作ったオブセッションはどっかに消えちまったろうが。まあ、あんなのあっても俺には使えねえだろうけどよ」
そのレイの言葉にイヴァンジェリンは、待っていたとばかりに口角を上げる。
「ああ、だから用意した。完成させるのに苦労したけど、きっとレイの力になるはずだ」
そう言うなりイヴァンジェリンは自分の足元に置いていた鞄から、30cm四方の金属板を取り出して床に置く。そしてイヴァンジェリンの華奢な指先がその表面に触れたその瞬間、シアンブルーの粒子の光が部屋に広がる。
「いろいろ考えてハンガーシステム搭載のコンテナに入れてきたから大変だったけど、ようやくレイにこれを見せる事が出来て私は嬉しいよ」
集束した粒子の光はやがて巨大なコンテナを模り、広大であるはずの大部屋に威圧するようにその姿を現した。
――これで私の役目もオシマイか
イヴァンジェリンはどこか自嘲するような笑みを浮かべて胸中で呟く。
レイが物を擬人化することは絶対無いと知っているイヴァンジェリンだからこそ、ネイムレスの越えるソレを作るのに躊躇はしなかった。しかしそれを与えてしまう事で、レイにとって自身の価値がなくなる事だけをイヴァンジェリンは恐れていた。
もしこの復讐が果たされる事でレイがD.R.E.S.S.を必要としない生活に戻るのであれば、イヴァンジェリンがレイにしてやれることはなくなってしまうのだから。
「見ておくれレイ、これが私が用意した正真正銘の"最新にして最強のD.R.E.S.S."だ」
喪失感に揺れる感情を芝居がかった口調で隠し、コンテナを背にしたイヴァンジェリンはレイの藍色の瞳を見つめて指を鳴らした。
その音に呼応するように開かれたコンテナの中に居たのは、白銀と黒を基調にした誰も見たことがないD.R.E.S.S.だった。




