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D.R.E.S.S.  作者: J.Doe
Talk To [Alias] Messiah
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Dearest [Death] Dealer 8

「逃げますよ、フィオナ」


 着地するなりレイは自らが作り上げた惨状に表情1つ変えずに、未だ恐慌状態にあるフィオナの手を引いて来た道を走り出す。


 見ず知らずの男達に誘拐されかけ、兄と慕う留学生がその男達を倒し、自分の手を引いて逃げている。


 その状況をフィオナは未だ理解出来ていないものの、誘拐されかかったという恐怖がフィオナの足を動かさせた。

 追跡に気を払いながら薄暗い裏路地を駆け抜け、レイは大通りを目指す。

 追跡者の影はないが、誘拐されかかった護衛対象を無防備に遊ばせておくことなど出来る筈がない。

 大通りに出るなりレイはフィオナの手を離して車道に飛び出して、都合よく現れたタクシーを強引に止める。

 幸運にも間に合ったブレーキに呆然とするタクシードライバーを余所に、レイは勝手にタクシーのドアを開けてフィオナをタクシーに押し込めてから自分も乗車する。


「アンタ、何ふざけたことを――」

「すいません、急いでいるんです。その先のフリーデン商会へ行って下さい」


 息を切らしながらそう告げるレイの英語半分の言葉に、タクシードライバーは顔を顰める。

 しかしかろうじて聞き取れた聞き覚えのある武器流通組織の名前は、タクシー運転手に余計な詮索をやめさせてタクシーを発進させた。


「怪我はありませんか、フィオナ」


 ようやく落ち着きを取り戻したように見えるフィオナにそう告げるも、フィオナは体を震わせて俯いたままレイの言葉に応えようとしない。


 ――こりゃもう言い訳も出来ねえな


 そう胸中で自嘲するようも呟いたレイは、事態の整理を始める。

 フィオナ・フリーデンの誘拐は確かに実行されたが、エイリアスが予測したD.R.E.S.S.による強襲、誘拐ではなかった。


 ――戦力の出し惜しみ、他の戦場で大きな動きがあったという事か?


 ここではない他の戦場でD.R.E.S.S.という最強の戦力が必要となり、D.R.E.S.S.がなくても実行出来ると判断されたフィオナ・フリーデン誘拐。

 フィオナ・フリーデン誘拐はワゴン1台と数人の実行犯のみで実行されたとレイは仮定するも、新たに沸いた疑問に眉をしかめる。

 中東に存在するテロリスト達、その中でもラスールの本拠地は、幾度も政府が統括する軍による襲撃が実行されるも、経済戦争の終結を恐れた資産家達による静止によって攻略された事はない。

 つまり経済戦争の中心となっている中東で動きがあり、それに備えてラスールが兵を引くとはレイには考えられなかった。

 そして今回の実行犯がラスールの人間であると仮定し、戦力の出し惜しみの結果が作戦失敗であった以上、ラスールは今度こそD.R.E.S.S.を用いた強襲を掛けてくるだろう。


 ――ようやく終わりが見えてきたってところか


 思わず浮かんでしまいそうになる笑みを、レイは表情筋を酷使することで誤魔化す。

 契約期間にまだ猶予はまだあるが、この任務に息苦しさを感じていたレイには早く終わってくれる分には都合が良い。

 やがて窓越しに見える光景がレイにとって見覚えのある物となり、タクシーのドライバーは開かれた門から奥へ進む事を拒むように門前でタクシーを停めた。

 レイは十字架の装飾が施されたマネークリップに挟んでいた紙幣を運転手に押し付け、フィオナの手を引いて門から屋敷へと続く道を歩いていく。


「何があった!?」


 抵抗する様子も何も見せないフィオナの手を引くレイの下に、ただ事ではない事態を察知した商会の人間が怒鳴りながら駆け寄ってくる。

 しかしD.R.E.S.S.というパワードスーツに対して、生身の人間がいかに無力であるか理解しているレイは歩みを止めずに事情の説明をする。


「ご息女様が誘拐されかけていました。"偶然"私が近くを通り掛って助けることが出来ましたが、警戒を強めた方がよろしいかと」


 ――もう誰も信用出来ねえと思うけどな


 レイは胸中でそう嘯きながら注意を勧告する。

 護衛部隊とレイしか知らない筈のフィオナの通学路に先回りした黒いワゴン、その存在がレイに内通者の存在を訴えているのだ。

 そしてダミアンがそれに気付かない筈が無く、真っ先に自分が疑われるであろう事態に眉をしかめてしまう。

 しかしレイを国連から派遣された戦力だと信じ切ってしまっている商会の人間達は、見た事の無いフィオナの様子にその場での追及を続ける事が出来なかった。


「了解。会長にはこちらから報告しておくが、後で話を聞かせてもらうことになる」

「了解しました。ではご息女様を部屋までお送りした後、指示を待ちます」


 玄関に辿り着くなりフリーデン邸の大きな扉が開かれ、レイはフィオナの手を引いて、行く事がなかったフリーデン家のプライベートエリアを進んでいく。

 右手に感じるフィオナの手はすっかり熱を失い、フィオナ本人がいかにダミアンやホロパイネンに守られて生きてきたのかレイに実感させた。


 ――まあ、戦場慣れしてる方がおかしいか


 慌しく行き交う商会の人間達にも意識を払いながら、ベルベットのカーペットを踏み荒らすようにレイはただ歩いていく。

 襲撃者達の目的がフィオナである事がはっきりした以上、部屋で待機しているであろうフィオナ専属の世話役達にフィオナを任せてレイは強襲に備えなくてはならない。


「フィオナ様!」


 未だ手を引かれるだけのフィオナをつれたレイが階段を上り、プライベートエリアの半ばまで来たその時、見覚えのある侍女がライフルを携行する商会の男達を置き去りにして2人に駆け寄ってくる。

 レイは反射的にフィオナを自身の背後に隠すも、侍女は嫌な顔1つせず距離を保つ為に足を止める。


「ブルームス様、なんとお礼を言っていいやら――」

「お礼は結構ですので、ご息女様を早く部屋へ」


 そう言ってレイは侍女に先導を促し、置き去りにされた商会の男達に手を払うような動作で距離を取る事を要求する。

 侍女でさえ信用する事が出来ない以上、武装して居る人間など余計に信用出来る筈がないのだから。

 それでも武装する商会の男達は進行方向のチェックをしながら、レイ達をフィオナの部屋へと導いていく。


「こちらです!」


 先を進んでいた侍女がフィオナの部屋らしき場所の扉を開き、レイはバングルを腰に打ち付けてレーダーを稼動させる。


 ――異常なし


 与えられた自室に散りばめられている盗聴器等の類がない事を確認し、フィオナを部屋へと押し込もうとするも、フィオナは握られていただけの手でレイの手を強く握り返して離れようとしない。


 ――どこまで鬱陶しいんだ、こいつは


 レイが知る限り、護衛部隊はD.R.E.S.S.の装備を許可されていない。

 そして誘拐に失敗した襲撃者達は焦りから、D.R.E.S.S.による強襲は今この瞬間に敢行してもおかしくないのだ。

 だからこそレイはすぐにでも臨戦態勢を整えなければならない。

 フィオナの手を無理矢理引き剥がそうと、レイが左手をフィオナの右手へと伸ばしたその時、携帯電話が安っぽい音色でクセナキスのヘルマを奏でる。

 苛立ちを嘆息する事で紛らわしたレイは、デニムボトムのポケットに無造作にしまいこんだ携帯電話を取り出し通話に応じる。


『小僧、礼を言わせてもらうぞ』

「そんな事はどうでも良いのです。現状詳しくは説明出来ませんが、内通者が居る恐れがあります。ご息女様を会長が信用の出来る方にお任せしたいのですが」


 焦燥を多少滲ませるダミアンに、レイはもはや愛想の1つも見せずに淡々と言葉を返す。

 情報の重要性を誰より理解しているダミアンであれば、フィオナを任せられる人間くらい分かっているだろう。少なくともレイがダミアンの立場であれば、外部の戦力を対象の近くに置きたいとは決して思わない。

 そう考えたレイは丁寧な言葉遣いを保ったままダミアンに自分の要求を告げるが、ダミアンがレイに返した答えはレイの中では1番の下策な物だった。


『ならば小僧、お前がフィオナと共に居ろ』

「お断りします。D.R.E.S.S.による強襲が考えられる以上、私は臨戦態勢のまま待機していなければなりません」


 ――何を恐れている?


 不穏分子の炙り出しであれば、そもそもレイをフィオナから遠ざければいいだけの話であり、ダミアンの発言の意図がレイにはつかめない。

 ダミアンにとっての最優先事項はフィオナの安全の確保、レイにとっての優先事項はラスールのD.R.E.S.S.部隊の殲滅。

 その両方はレイがフィオナのそばに居ては叶わない事の筈なのだ。


『強襲部隊を恐れるのも分かるが、うちのD.R.E.S.S.部隊に迎撃を任せる事も出来ないのか?』

「内通者が居ると露見した以上、商会の人間を信用する事は出来ません。それにお忘れですか? 私はそれのエキスパートです。その私が先陣を切らずにどうするのですか」

『そのエキスパートに大事な娘を、1番に狙われると分かっているターゲットを任したいと思うのは間違った事か? D.R.E.S.S.の部隊が敵対者である以上、ターゲットとなりえる我々は散り散りに避難して敵の戦力を分散させなければならない。他の人間もつけるが、小僧もフィオナと共に居てやってくれ』


 あくまでレイがフィオナの傍に居る事を望むダミアンに発言に、レイは戸惑いを隠せない。

 ダミアンはレイがD.R.E.S.S.を所持していると理解し、D.R.E.S.S.を所有する戦力が必要になる状況を見越していた。だがダミアンは護衛部隊にD.R.E.S.S.の装備を許可せず、実質的に護衛部隊はレイのバックアップでしかなかった。

 信用するにも、敵対するにもダミアンはレイの何もかもを理解していない筈なのだ。


「ホロパイネン氏ではいけないのですか?」

『あいつはお前との接触を拒んで倉庫の警備に自ら名乗り出た。いくら優秀でも、ああやって暴走するような奴をフィオナの傍には置ける訳がないからな、正直助かった』


 ダミアンの意図をいまいち理解できないレイは命を懸けられる理由があるホロパイネンを推薦するも、ホロパイネン本人の意思とダミアンの言うもっともな理由に返す言葉を失う。

 敷居を跨ぐ事すら厳禁とされたフリーデン邸のレイの個室に侵入し、接触を禁じられた上で不正に連絡先を入手してレイへと接触した。信用を失うには十分な理由だ。


「……強襲が行われるその時までであれば引き受けましょう。必要とあれば私は護衛を他に任せて、戦闘に参加します」

『いいだろう。こちらはローネインという護衛部隊の指揮官と、ヴェンツェルという副官をつけさせてもらう。小僧は事態の進展があるまでフィオナの部屋で待機だ』

「了解。では失礼します」


 英語が分かる人間が配置される事に多少の安堵を得たレイは、大きなため息をついてから通話を切ってフィオナと共に部屋に入る。

 扉を閉めるなりレイはフィオナの手を引き剥がす。

 護衛として共に居る事を承知したとはいえ、片手が封じられているという状況は良い物とは言えない。

 ぬいぐるみや雑誌等が並べられた女の子らしい部屋を見渡して、レイは強襲の際に警戒しなければならない窓などの配置を脳に刻み込む。


 ――大きい窓が2つ。誘拐が目的である以上、ミサイルで壁をぶち抜いたりはしねえだろう


 そう結論付けたレイは流麗な彫刻が施されたテーブルに備え付けられた椅子に腰掛け、フィールドジャケットの内ポケットからワルサーPPKを取り出してテーブルへと置いた。

 そのフィオナ自身が知っているレイが持っているはずのない物を見たフィオナが息を呑んだのを背後に感じながらも、自分がメンタルケアなど出来る筈がないと理解しているレイはフィオナを相手にもしない。

 中途半端に踏み込んで、これ以上面倒ごとを抱える気はない。

 レイはそう言わんばかりに両手を頭の後ろに回して背もたれに背中を預ける。適度な緊張は警戒には必要だが、過度の緊張は自分を追い詰めるだけだ。


「……あなたは誰ですか?」


 ようやく心が落ち着いたフィオナは、目の前で自分に背を向けて座っているレイへとそう問い掛ける。


 なぜあの時に助けてくれたのか。

 なぜあの時あんなに躊躇いなく人に暴力を振るえたのか。

 なぜそんな(モノ)を持っているのか。


 問い掛けたい言葉はいくつも生まれるも、フィオナが口に出せたのはそれだけだった。


「私はレイ・ブルームスですよ、フィオナ・フリーデンさん」

「違う、レイ兄さんはそんな物持ってなかった!」


 やめてくれと言わんばかりに、フィオナは大声を上げてレイの言葉を掻き消そうとする。

 兄と慕っていたレイという男はそんな事言わない、フィオナをフィオナとして見てくれる唯一の存在なのだ。

 そんなフィオナの心情など知らぬとばかりに、レイはシルバーで作られたブレスレットに重ね着けしているそのバングルを、フィオナの緑色の瞳に見せ付けるように伸びをする。


「持っていましたよ、ずっと。ただ隠していただけです。わざわざ自分の持ち物を見せびらかす必要もありませんし」


 目の前の男は確かにレイ・ブルームスだった筈、しかしその男がフィオナの知っているレイ・ブルームスを塗り潰していく。

 その感覚にフィオナの胃は重くなり、指先はすっかり熱を失い、喉がカラカラと渇く。

 その得体の知れない不快感に抗うように、救いを求めるようにその男に縋りつこうとするも、レイが悪びれずにそう継げる言葉はフィオナをただ強く突き放す。


「……ずっと、騙していたんですね」


 喪失感から震えだした体を抱きしめ、フィオナは自分でも驚くほどに弱々しい声でそう言葉を紡いだ。


 結局自身はは世界有数の武器商人、ダミアン・フリーデンの娘でしかないのだ。

 それを1番理解させられたくない人間に理解させられてしまった事に、冷え切っていく心とは裏腹に目頭が熱くなっていく。


「あなたがそう思うのであれば、そうなんでしょうね」

「馬鹿にして!」


 フィオナは教科書やノートが入っている鞄をレイの座る椅子へ投げつけ、あらゆる感情が混ざり合い理解出来ない激情を抱えたまま侍女が整えてくれたベッドへと逃げ込む。

 シーツはフィオナの栗色の髪を隠し、顔に押し付けられた枕は涙でカバーは濡れていく。


 ――嫌だ嫌だ嫌だ!


 シーツの外の世界を拒絶するように、フィオナはその小さな世界で慟哭した。

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