First Contact Of [Alias] Troublemaker 1
21世紀の半ばが過ぎた頃、世界は痛みを伴う変化を余儀なくされた。
ナノマシン技術の発達、超小型電力増幅回路の開発、複雑系アクチュエータ技術の向上。そういった世界を変えてしまう事実ですら些事にしてしまったその力。
とある"天才"により生み出された"力"――パワードスーツ、Distressive Reign Execution Systematic Suit――通称、D.R.E.S.S.の誕生によって。
その新たな力には救助活動などの人道的な使用が渇望されたが、戦車などの大型近代兵器よりも性能と携行性に優れたD.R.E.S.S.は人々の本能に火をつけるには十分なものだった。
力を手に入れた者達は救いを求めた人々を裏切り、世界を闘争の中へと没していった。
やがて災害に遭った人々の救助を主眼に置いたD.R.E.S.S.ナーヴスでさえ違法改造を施され、暴力を振るう道具として扱われている事に失望した"天才"は表舞台から姿を消した。
しかしD.R.E.S.S.を使用したテロは激化し、資産家達は国家が管理する警察機構と併合した国防軍の支援を続けながらも、自らの戦力民間軍事企業を設立した。
そしてそれは多くの傭兵達を経済戦争へと誘い、世界へ多くの戦火を振りまいていくのだった。
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カルフォルニア州ロサンゼルス、雑多に乱立する建物郡の1つの裏に2人の男が居た。
1人はダークブラウンのミリタリージャケットと黒いカーゴパンツを纏う。金髪碧眼の大男。
もう1人はブラックレザーのフィールドジャケットとブルーのデニムを纏う、黒髪と暗い碧眼を持った少年。
金色の大男は相対する少年へと拳を繰り出し、黒髪を碧眼を隠す程度に伸ばしている少年は鍛え抜かれた体から放たれる拳を白けた顔を隠さずに回避する。
その2人の動きは洗練されたものであり、こういった荒事への慣れを感じさせる。
「そんなに必死になって、だっせえぞチェレンコフ」
態度だけに留まらず少年が紡いだ嘲りの言葉に、チェレンコフは憤りを募らせながらも伸ばしていた右腕を上半身を捻りながら引き、渾身の一撃を繰り出すべく少年の懐へと踏み込んだ。
チェレンコフの鍛え抜かれた体はトレーニングによって体格は骨太で、肉は硬くて豊かなものとなっている。
そのトリコロールカラーのバングルを着けた腕から繰り出される一撃は、完成していない少年の体を深刻なほどに痛めつけるだろう。
「うるせえんだよ、クソチビ!」
「でけえだけで調子に乗ってんじゃねえよ、クソヤロウ」
返された少年の言葉に激昂するチェレンコフは、胎動していた力を解き放つように少年へと拳を振り下ろす。
その拳は風を裂き、少年をアスファルトに叩きつけるかと思われた。
しかし相も変わらず白けた表情を浮かべる少年は、半身になる事で大男の拳を回避する。
2人は傭兵という戦闘のプロだ。
だからこそチェレンコフは距離を詰め、少年はチェレンコフと比べてしまえば非力となってしまう自身の力を理解し、ここまで耐え忍んできたのだ。
踏み込んだ上の拳は回避され、懐を許してしまったチェレンコフはボディへの一撃を警戒し、咄嗟に腹筋をしめる。
しかし少年の行動は、年上でありながら先輩の傭兵でもあるチェレンコフの思考を超越する。
少年はチェレンコフのがら空きとなった腹部に目もくれず、チェレンコフの金髪を節くれだった指で乱暴に掴んでチェレンコフの頭を下へと引き摺り下ろす。
予想の範疇を超えたレイの行動にチェレンコフは上半身を反らして抵抗しようとするも、拳打の為に前傾姿勢となってしまった体はレイの力に抗う事が出来ない。
必死の抵抗もむなしくチェレンコフの頭部は引き摺り下ろされ、レイが振り上げた膝に乱暴に打ちつけられる。
ぐしゃりという鼻骨の砕けた音とそれに伴う激痛に、アスファルトに打ち捨てられたチェレンコフは震えながら蹲る。
「だせえな。何で生きてんだ、アンタ?」
「んだと、クソが――」
少年はチェレンコフの血で染まったデニムの膝に嘆息しながら、予想通り憤怒の形相で顔を上げたチェレンコフの顔面にコンバットブーツの爪先を突き刺す。
与えられた苦痛を上回る激痛にチェレンコフはついに気絶し、アスファルトを血で染めていく。
その状況を作り出した少年はブーツの爪先に着いた血に溜め息をつき、チェレンコフの服に爪先を擦りつけて拭う。
絡まれ始めた理由こそ本人が原因であったとはいえ、少年がチェレンコフに絡まれたのはこれが初めてではなかった。
初めは悪口の応酬などの些細なものであったが、この日ついに殺意を持った実力行使に出られレイは傭兵らしく確実に勝てる方法を模索し勝利した。
――くだらねえ
舌打ちをした少年は、レザー製のフィールドジャケットの襟を直しながら建物の表に向かう。余裕を持って出て来たというのに、時刻は指定された時間まで5分と残っていない。
色が変わり始めている金属製のドアを開け、顔見知りの受付嬢の挨拶に少年はおざなりな黙礼を返し足早に指定された部屋へと向かう。同じ組織の人間とはいえ、職業柄組織内の人間関係は希薄なものなのだ。
その希薄な人間関係の中で、殺したくなるほどに恨まれてしまった自分に少年は嘆息する。生涯を平穏無事に何事もなく過ごしていく気などはなかったが、避けられる面倒事を招いてしまったのは自分であり、その軽率さに少年は頭を抱えたくなった。
単独戦闘を基本としている少年は、僚機に背後から撃たれてしまうことはなくても、数の利で押し通されてしまう可能性があり、それは間違いなく死に直結する。
――いっそ、殺しちまうか
手っ取り早く確実な手段が脳裏によぎるも、もはや猶予などはなく少年は泣く泣くそれを却下する。今戻ったとしても、あの男の仲間が居れば多勢に無勢となってしまうだろう。
いつもなら傭兵達がたむろしている筈のロビーに誰も居ないことを不思議に思いながらも、足を止めない少年が指定された部屋の扉をノックする。
扉のノブの上に付いている赤く光っていたランプは、緑色へと変わり少年の入室を許可する。