㈱魔法少女ラブリィ
「お金は幾らあっても困りませんが、どの位稼ぎたいと思っていますか?」
「あ、はい、御社規定に従いたいと思っています」
「質問は以上で宜しいですね?」
「はい、特にございません」
よくある面接でのやり取り。しかし、だ。
「それでは――当社から紹介できる仕事は、魔法少女の仕事となります」
「はへ?」
「宜しいですね?」
「いや、ちょっと待って」
「初出勤日は電話で連絡します。次の仕事も立て込んでいるんで、それでは」
「問答無用とはこのことだね。いつの間にか俺はこの仕事場に配属されたって話さ」
赤、青、黄色に緑。カラフルな髪の色とキャピキャピとしたトンチキな衣装に身を纏った少女達の中、桃色の髪の少女、『ラブリィ・ピーチ』は肩をすくめて、愚痴っぽく身の上を話した。
「俺、こんな激務って聞いてなかったよ。何で女の子の格好して、こんな事してるのかな」
『ラブリィ・オレンジ』が魔法少女を卒業したという事で、急遽欠員補充の為に投入されたピーチは寡黙な少女であった。
早く仲間と馴染むようにと、『ラブリィ・ブルーベリー』の提案で皆でハイキングに出かけて、さぁお弁当だ、と言う時に、いきなりこんな事を言い出したピーチは、相当空気が読めていない。赤髪の『ラブリィ・アップル』はそう思った。
「いや、まだマシっしょ」
とりなすように緑髪の『ラブリィ・ライム』が口を挟んだ。ハンバーガーのパティの欠片がとんだ。汚い。
「職種募集、一体何で引っ掛けられた?」
「『ハードだけれど、体が鍛えられて仲間も出来るいい職場です』だよ」
「あー、ぜんぜんマシじゃん。ウチなんて『【急募】電話一本で合否確定、軽作業、未経験大歓迎。アルバイト募集中』だよ?」
ガハハ、と豪快に笑いながら、ライムはもぐもぐとハンバーガーを食べる。コーラも飲む。炭酸の抜けきったコーラと、塩気の強いしなびたポテト。脂でべとべとになった指をペロペロと舐めながら、ライムは続けた。
「それなら、レモンさんのが不幸だな」
「え、レモン?」
マット仕様の黄色の絵の具を塗りこめたような、実に不自然な金髪を揺らしながら握り飯をパクついていた少女に、緑色は話を振った。
「レモン、そんなに不幸じゃないと思うなぁ」
「いやいや、レモンさんの不幸っぷりは伊達じゃないっすよ。何しろ、借金のかたで、まだただ働きっしたよね?」
「レモン、毎日押しかけてくる借金取りさんとバトる事考えたら、今十分幸せだなぁ~」
おにぎりとは言い難い、炊いた米に塩をまぶして握った握り飯。手についた米粒一つまで、愛しげに、レモンは良く噛んで食べる。
「あと、レモンは思うんだけれど~その姿の時は『俺』は良くないと思うよぉ?」
レモンは小動物のような動きの中に、鋭い視線を混ぜる。戦士の目であった。
「う、ウス! ピーチ、ウチみたいにせめて、『それっぽい』一人称を使え! 今すぐにだ!」
「いやいや、オフなんだから。もう少し気を抜いて行きましょうよ、私、ギスギスとした雰囲気って苦手です」
何処となく眼鏡が似合うような雰囲気を醸し出すブルーベリーのとりなしで、レモンの眦は緩む。レモンよりブルーベリーの方が先輩だ。だから、レモンは素直に従った。
「次の仕事中に『俺』言ったら減点よぉ? 後、ライムももう少しおしとやかに~。最近その辺りの苦情も多いんだから~」
「う、ウッス!」「は、はい」
「やっぱり秩序って私も大切だと思いますから、その辺りはレモンの言うとおりですね」
ブルーベリーはブルーベリーで、ラブリィ・オレンジの抜けた穴をこの新人が埋める事が出来るかどうか、悩んでいた。
魔法少女はチームワークが大事だ、と言う信念の元、中々打ち解けないピーチを誘ったのは収穫があった。何しろ、こんなどうでも良い事で打ち解けれなかったとは。目から鱗が落ちたような気分であった。
「ピーチ、今はこの姿に慣れる事が大事ですからね。私だって最初の頃は戸惑いで一杯でした。でも、こう、正義の為に戦ううちに、そのうち大事なことは何かって気がつく時が来るんですよ」
ブルーベリーはアルコール臭い息を吐きながら、細い腕をピーチの首に回す。酔っていた。どう見ても中学生位の年齢の少女達のピクニックにしか見えない場に、あってはならないエビスの黒。
「あ、ベリーさんいいなぁ、ウチも欲しい」
「レモンは~最近肝臓弱いからぁ」
「そんな事言わずに、あそれ、レモンさんの、ちょっといいとこ、みてみったい!! あそれ!!」
レモンは肝臓の事を気にしているが、ライムのイッキコールに載せられてまんざらでもない。
真っ赤な髪のラブリィ・アップルは、魔法のステッキで部下達の頭をはたくタイミングを見計らっている。全くいつもの仕事帰りの光景である。
何しろ、アップルは正社員なのだ。非正規職員、スタッフ達の暴走を止める必要がある。だから突っ込み役に毎回回らなければならず、人気の伸びは今ひとつ。自由奔放に振舞う彼女達が羨ましいとアップルは常々思う。ボケとツッコミなら、ボケの方が人気が出るのだ。
「はいはい、そこまで。今週の敵が出るから、酔っ払いは今日は出番なしね」
スパーン、と軽快な音を立てて、マジカルステッキで三発ぶん殴る。ブルーベリー、レモン、ライムの三人が地面にめり込み、脚だけがビクビクと痙攣する。
スカートはめくれ上がり、下着もそれぞれのイメージカラー通りの青、黄、緑。惜しい、信号機にはならなかった、とアップルは一人つぶやく。おびえた視線でピーチが震えているのを見て、笑う。
「大体、慣れるわよ。どんな仕事でも。今日は私とあなたのツートップ。ラブリィに決めるね!!」
「せ、先輩。俺、いや、ボク、この仕事むいてません!」
「勘違いしないでね、あなたには才能があるんだから。さぁ、一緒に!」
アップルは笑いながら、ピーチに向かって微笑んだ。あっという間にボクっ子ビクビクキャラを立てやがった、と内心では思うが――
「Yes!! Lovely!!」
今日も彼女達は、ラブリィに戦っている!