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目に見えない刻印



 話が長くなるので、そこでようやくぼくは椅子に腰を下ろし、おじさんと机を挟んで向かい合う。

 おじさんはというと、ぼくの名乗りの衝撃から幾分か立ち直ったようで、顔に血の色が戻ってきていた。物語の中にいるかのような存在が目の前に――ともなれば、この反応は正常だ。

 ただ、本人としてはやや気恥ずかしい。

 

 刻印師、というのは嘘ではないが、当代はまだボーデ村にいる。

 母、ミリーがそうだ。

 幼い頃から刻印について教育を受け、そして『十六になったら旅を~』で外の世界で経験を五年積み、そうして代替わりをすると昔からそう決まっているのだ。

 ぼくは家訓によって村を出たのに、初日からセドに巻き込まれている。最初から調子が狂って仕方がない……

 しらず溜息が零れるが、慌てて背筋を伸ばしておじさんに向き直る。


「刻印師……というのは、まだとても信じられないが……」


 目に見える銘がないからか、おじさんは半信半疑でまだ自分の手首をしげしげと見つめる。

 

「代々、己の技量に合った刻印技術を見つけ、それで銘を打つのです。ぼくの刻印は見えない仕様なので……」


* * *


 本来、武器や防具、または道具に銘を刻むもの。

 彫刻だったり、墨で書きつけたり、形に残るものが刻印であると代々そのように継承していた。

 しかし……ぼくは、誰が見ても、そして本人が見ても――

『えっ……これ文字なの?』

『模様かと思った』

『読める方が奇跡』

 など、幼い頃から読み書きを教えてくれる先生や親にも呆れられるほどの悪筆ぶり。刻印師として後世に残すには、少々どころではない障りがある。

 お母さんが夜遅くに頭を抱えてウンウンと悩んでいるのを、たまたま目が覚めた時に見てしまったぼくは、自分でも何とかしたいと悩んでいた。ぼくだってどうにかしたいんだ。でも一文字へどんなに時間をかけて丁寧に書こうと思っても、ぐにゃ、もにょ、と蛇行してしまう。彫刻にしようとしても手が滑り、なぜかおでこに金槌をぶつけて盛大なたんこぶを作ってしまう。なにか呪いがかけられているんだと言われた方が自然だ。もちろんそんな訳もなく、ただ『文字だけが超絶不器用』なだけで……


 その日もお母さんの猛特訓があり、やはりというかいつものごとく、下手くそ過ぎる文字列をみてぼくもお母さんも二人して天を仰いだ。どう考えてもこれが精一杯なのに、人様に見せる水準にはまだまだまだまだ届かない。また明日練習しましょう、とお母さんは仕事に戻り、ぼくはガックリ肩を落として裏の森へ気分転換に散歩へ出た。滅入った所で上手になるわけでもないし、そんな姿を見せると両親が悲しむから。大きな木の切り株がある、すこしだけ開けた場所までたどり着くと、その切り株へ腰かけた。そして練習に使った粗い紙を取り出す。

 ……自分で見ても解読不可だ。なんでこうなってしまうんだろう。

 こんな感じで書きたいんだよなーと、紙片の片隅に指で想像する通りになぞったら――なぜか赤い軌跡が浮かび、ふっと消えた。確か最初に書いたのは『浮かぶ』だったか――

 呼吸を整え、集中して紙片へ指で『浮かぶ』となぞると、やはり赤い軌跡がぽうっと浮かび、書き終えると紙片はふわっと浮いてどこか遠くへと風に流されながら飛んで行ってしまった。

 これは面白いと、調子に乗ってあれこれ試してみたが、形のないもの――水、空間などにも有効だった。旅人などがひっきりなしに行き交う街道脇の砂地を綺麗にならし、宙に『ここから四方の一定範囲、人間を不可侵とす』と刻み、ひと月人の立ち入った跡があるか確かめたが、全くそのような形跡は見られなかった。その後二年ほど様子を見たが、何一つ変化が現れない。効果の継続はどの程度かは分からないけれど、少なくとも二年は確実に持つだろう。


 しかし、これは遊びの範疇だ。

 刻印師となるには、母親が学んだとおりに修練を積まねばならない。刻印師の技術は、すべて後継者と一対一の口伝だ。血筋で能力が受け継がれているが、もし書物に残せば、第三者に身元や技能が流失しないとも限らないから、代々そのように伝えられてきた。


 普段の修行に加えて、遊びの延長のように好き勝手やっていたけれど、十五歳になったある時、母親に尋ねたのだ。

「ねえお母さん。刻印師のお仕事って、文字書いたり彫刻したりして、どうしても見せなきゃいけないものなの?」

「何を言い出すのユーディ。まさか逃げ出したいからってそういうこと言うの? そういうことならお母さん――」

「ううん、違うよ。もし人に見せなくてもいいんだったら、ぼくにも出来そうだなって」

「……どういうこと?」

 眉を寄せるお母さんを連れて、いつもの森へ連れ出した。そこで、今までに培った全ての力を見せて――


* * *


「目に見えない刻印、か……」

「はい。ある意味危険でもありますが」

 人知れず、何かを操作することが可能ということだ。勢力を二分するどちらかに介入しても、誰にも見破られない。ぼくは、今現在均衡を保つ世界情勢を、自分の考え一つで戦乱の世にすることも可能になる。誰かに自分の正体がばれて、強制されて刻印を刻むとしても、刻んだという証拠を付けず罪に手を染めることだってできる。

 見えない力で世界を闇に染める――

 自分の力が、自分の心次第でいかようにも変えてしまいかねない。その事実に何度も眠れない夜を過ごした。今でも時折、内側から突き上げてくるような不安に悩まされたりする。 

「その刻印なんだが、どの程度力が発揮されるんだ? ほれ、例えばここの城お抱えの魔術師と比べたら、どっちが勝つか興味があるんだ」

 おじさんは緊張から解放された反動か、キラキラした目でぼくをみる。いやそんな目をされても……

「……ぼくは、勝ち負けではないと思っていますよ」

 真正面から当たるつもりはないし、そもそもぼくは表舞台に立たないのだ。――正直なところ、どんな魔術師よりもはるかに強い力を持っていると自信はあるけれど、それを言うつもりはない。

 残念そうにするおじさんは、まるで子供がおもちゃを取り上げられたかのようだった。

「それよりも本題です。ぼくは正体を明かしました。これなら信用してくれますか?」

「あ、ああ……。間違いなく信用に値するし、なによりも……セドの力になるだろう。セドは……セドの本名はな、セドレアリス・レグルス=アルマリ、という」





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