黒頭巾の男
既に日は傾き、これから情報収集には遅い時間だとあきらめ、せっかく宿屋にいるんだからと、泊まることにした。人気店の為か一部屋しか残っていなかったけれど、値段も手ごろなので即決する。
部屋を借りたぼくは、ルーリスの部屋の一つ下の階にある一人部屋で、ごろっと寝台に転がる。一人部屋ということは、セドは一緒に泊まることができない。だって二人部屋がなかったし……と、そこまで考えて、いやいや何もセドと泊まることを前提に考えなくてもいいじゃないかとか、大体もう貸し分は回収したからさようならでいいじゃないかとか、そもそもセドが世間知らずなのが悪いとか……
天井を見ながら、ぐるぐると考えが纏まらない頭を掛布団で覆った。
――・――・――
こめかみがチリチリする感触に、意識が浮上する。
これは……?
「……! ……ったぞ!」
日の出前の、もっとも闇が深くなる時間に、慌ただしい物音と怒声が宿屋に響き渡る。目を閉じたまま耳を澄ませると、声がよりはっきりと聞こえてきた。
「捕えよ!」
「抵抗するならば多少の傷は構わん! 急げ!」
騒然とした様子が、ガタガタとした靴音とともに伝わってくる。どうやら秘密裏に事を運ぶ手合いではなさそうだ。ぼくのいる階ではなく……上。息を殺しながら、寝台を抜け出して扉へ近づく。どうやらこの階には争いの主はおらず、階上にいるようだ。野次馬――というより、セドとルーリスの様子が気になったぼくは、ふうっと息を吐いて……
なるべく音を立てず、上階に向かう階段をゆっくりと上る。何部屋か宿泊用の部屋の扉があるが、どの部屋も気配を殺しているのがわかる。ヘタに顔を出して厄介ごとに巻き込まれたくないからだ。廊下の端を足音を忍ばせて歩くと、前方から一人、幅が広い剣を腰に佩き、黒の頭巾で顔を隠した屈強の男がこちらに向かってくる。ぼくは邪魔にならないよう壁にピッタリと張り付くようにやり過ごした。
男はぼくに目もくれず、左右を伺いながら階段を下りる。頭のてっぺんが見えなくなったので、僕は再び目的の場所へ歩く。
突き当りの特別に作られた豪華な部屋の扉は開け放たれ、先ほどの男と同じような格好をした男が二人立っていた。部屋の中は、しん、と静まり返っている。
どういうことだろう……。ぼくは慎重に足を運び、男二人の話声が聞こえる範囲に立った。
「男は手こずったが、袋詰めにしたら諦めたようだ」
「女みてぇな手をしてる坊ちゃんだからな。造作もない」
「あの女はどうした」
「一緒に依頼主んとこ連れてったぜ。ククッ……悪い女だ」
室内を改めた後、二人はぼくに気づかず部屋を出て、どうやら先に行った者たちと合流するらしい。
しん……と静まり返った宿。
僕はがらんどうになったルーリスの部屋の扉を触る。すると、この部屋であった事が、鮮明な映像となって脳裏へ流れてきた。
ぼくが出て行ってから、深く話し込んでいた二人のもとへ、黒の頭巾の男たちが押し入った。抵抗するセド。殴られ、蹴られ、袋に投げ込まれた上でも暴力を振るわれ次第に動かなくなった。ルーリスは、最初からおとなしく拘束された。セドを見て、暴れても無駄としたのか、それとも……
セドの袋は担がれ、ルーリスは後ろ手に紐で縛られて、この部屋を出ていく。
黒頭巾の集団は、明らかにこの二人を狙って来ていたようだ。現に、ほかの宿泊者や宿自体に略奪など行っておらず、できるだけ騒ぎを大きくしないようにという意図が見える。
「セド……」
部屋に入り両手を一回パチンと叩く。真っ暗ながらんどうの室内へ、やけに大きく音が響いた。
もう、貸し借りもない相手で、ほんの気まぐれから関わっただけの存在。刻印師と名乗ったルーリスも謎が多く気になる存在だが、陽動にはもってこいだ。放置していても問題ない……しかし……
主に自分の都合を考えてじっとしていたら、「おい!」と声がかけられた。振り返ると、宿屋の主人がぼくへ向かってくる。
「お前、あいつらの連れだったよな?」
「えっ……? いや、他人です」
「嘘を言うな! 一緒に食事をしたし、あの女の部屋に入るのも見たぞ!」
「それは……ちょっと聞きたいことがありまして」
「とにかく、こちらとしては商売あがったりだ。代わりに支払ってもらうぞ!」
宿屋の主人が、僕に向かって手のひらを差し出してきた。キョトンとその手を見つめると、苛立ったように「金だよ、宿泊代!」と怒鳴った。