表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/12

ルーリス




「えーっ、アタシに会いに? やぁだ、またなのぉ?」


 腰をくねらせ、給仕の彼女と会話している女性――――女性!?

 細かく縮れた髪は腰まで長く、緩く一本に結ばれている。浅黒い肌に映える大きな目と、ぷるんとした唇が印象的で、惜しげもなく前に突き出すたわわな胸と、艶かしい曲線を描いた腰が揺れる。客の男性は鼻の下が伸びており、女性客は美術品を鑑賞するかのように見惚れるほど、非常に魅力的な姿態を持っていた。

 その彼女は布地が少ない服を着ていて非常に目のやり場に困るのだが、本人は全く意に介さず胸を揺らしながら近寄ってきた。


「あらぁ、おにーさんいい男~! やだわ、アタシとしたことが! こ~んな目立つ男知らなかったなんてありえな~い!」


 甘ったるい声を出しながら、女はピッタリとセドに体を押しつけ、しなだれかかる。

 口をパクパクとするだけで動こうとしない――いや、これは動けないんだと察したぼくは、やれやれと思いながら女に声をかけた。


「すみませんが、どちらさまで」

「まっ! イヤだわ! アタシに用があるんじゃないの?」

「え……」


 と、いうことは……


「あの、まさか刻印師の方……ですか?」

 

 否定したい気持ちでいっぱいになりながら聞くと、女は妖艶な笑みを浮かべながら頷いた。


「ええ、そう。アタシが刻印師よ」


 * * *


 美男美女にお付きの小姓みたいじゃないか、と複雑な思いで部屋に入る。

 「少々込み入った話が……」肉食獣に睨まれた小動物のようにおどおどとセドが言うと、階上にある彼女の部屋に通されたのだ。通路奥の突き当りで、一番上等な部屋らしく、広い室内。寝台がないなと横目で探せば、どうやら寝室と居間と分かれているようだ。調度品もどこか高級な雰囲気で鎮座している。どこにいたらいいのかわからず、ドアの傍で突っ立っていたら、彼女が大きな胸の下に腕を組んで「そこに座って」とぼく達を広い居間の中央にある卓に促した。


「アタシは、アイルーリス。ルーリスって呼んで?」


 セドとぼくは勧められるまま椅子に座ると、ルーリスは待っているようぼく達に言い残し、素晴らしい曲線を描いた細腰をくねらせながら部屋を出て行く。暫くして戻ってきたルーリスの手には盆に茶器が乗っていた。食堂に飲み物を頼んだようで、備え付けの小さな机へ置いて三人分湯呑みに注ぐ。茶を勧め、ルーリスはぼく達の向かい側に座る。深く切れ込みの入った長衣から覗く張りのある足を組み、わざとなのかと疑いたくなるが、胸の下で腕を組んだ。腕に乗る胸がむにっと盛り上がり、零れてしまいそうで心配になる。


「で、あなた達の名前は?」


 ふと横を見ると、白目を剥きかけたセドがいたので、肘鉄を鳩尾に一発食らわせておいた。グホァッと聞こえたが、目が覚めたのならそれでよし。

 

「ぼくはユーディ。こっちはセド。貴女にお伺いをしたくて参りました」

「そ、そうだっ……す!」

「ルーリスって呼んでと言ったでしょ。で、なあに? 刻印師としてのお仕事?」


 刻印師……

 自らそう名乗り、そしてなにより周囲からもある程度認知されているようだ。ルーリスは感情の読めない笑顔でぼく達が訪ねてきたわけを聞いた。


「ぼくはセドにくっついてきただけです。刻印師はどんな人なのか気になって」

「あら。思ったより若くて美人で驚いたんじゃない? ぼく、セドの召使いなのかしら。いい子ね」

「めっ……召使いじゃありませんよ! 偶然知り合っただけの赤の他人です」


 キッパリと否定するぼくに、セドが何か言おうとしたが、ギロリと睨み付けて黙らせた。貸しはあったものの、すでにそれは解消されているし、ここに来たのは単なる好奇心だ。


「あの……どうしてぼく達に会ってくれたんですか? 噂によると、刻印師は人の前に姿を現さず、依頼も人を介してと聞きます。貴女……ル、ルーリスさんは……公表なさっているようですが……」

「よくお勉強してるのね、ぼく。アタシはね、内に篭って根暗に仕事するよりも、表でパッとやりたくなったのよ。そりゃ面倒事もあるわ……けれどせっかくの能力よ? 出し惜しみなんて言われたら腹が立つじゃない」

「内に篭って、根暗に仕事、ですか」

「そ。おまけにこの容姿でしょ? お蔭でひっきりなしに仕事の依頼が来て大変よ~。だから、あまり受けないんだけど、おにーさんいい顔してるからね。ト・ク・ベ・ツ・に、聞いてあげる」


 肉食獣のように舌なめずりでもしそうな口調で、ぼく達……じゃなく、セドだけを見ている。豊満な胸を目の前にして魂を飛ばしかけていたようだが、自らが獲物と知ってブルリと震え上がった。


「あああああの、お、お、お、おれっ、俺はっ」

「いいからセド。ルーリスさん、刻印を打つというのは、世界で唯一の力ですよね? 命の危険もあるのに自らを人目に晒す……それについては構わないのですか? それとも、権力者のお抱えとなって身の安全を図るのですか?」

「随分疑うのね、ぼく」

「ルーリスさん、本当に刻印師なのですか?」

「私を信用していないの?」


 つ、と細められたルーリスの双眼が、ぼくを射る。部屋の温度がひやりと下がった気がした。セドはぼくの横でただならぬ気配におびえたのか、ぶるっと震えて温かいお茶に手を伸ばして一気に飲んだ。ぼくも少し落ち着こうと、茶器を手にして一口、二口、と喉を潤す。


「まあ……そうですね。世界の情勢をひっくり返すほどの唯一無二の力の持ち主が、こうも堂々と名乗っているなんて思わなかったものですから」

「私にも事情ってものがあるのよ」


 しつこいぼくに、ルーリスは胡乱げな様子で組んだ自分の腕を指でトントンと叩く。苛立っている様子が目に見える。それでも、目の前にすると疑問が次々と溢れてきて止められない。


「ところで、注文はどうやって? 来る者拒まずではないですよね? 直接? あ、それと価格ですよ。特別仕様でしょうから、それによって幅あるでしょうし、それから――」


 身を乗り出して質問をぶつけるぼくに、ルーリスはひょいと肩をすくめて首を振る。食い下がるぼくへ大仰なため息をついてみせると、白々しい笑顔を作った。


「ねえ。興味があるのは分かるのだけれど、これからは大人の話をするから。ぼくちゃんは出てってくれる?」


 引っ込んでろ、ということか。

 張り付いた笑顔はそう言っている。依頼主はセド。ぼくはくっついてきただけ。最初にそう言ってある以上、ぼくはこれ以上立ち入るなと線を引かれたわけだ。

 セドも、刻印師に会うためにここまで来たと言っていたから、これ以上ぼくが突っ込んでルーリスの気分を害してしまうのは困る事態だろう。


 そもそも、ぼくは見ず知らずの他人だ。


 出された茶を一気に喉へ流し込むと、立ち上がってセドに言った。


「これからは大人の話だそうなので、ぼくはもう出ます。どうぞ気の済むまでごゆっくり」

「お、おいユーディ!」

「だそうよ? セド、ゆっくりしていってね。この部屋に泊まってもいいのよ」

「ゆ、ゆーでぃぃ……!」


 セドの情けない声を背中で聞きながら、部屋を出て扉をゆっくり閉めた。ドアにそっと背を預け、胸の内に凝った息を細く吐き出した。

 ぼくは何を言うべきだったのか。

 モヤモヤする原因を扉をカリカリと指で引っ掻きながら考えるが、それを突き詰めると今度は自分の事情が絡むので、頭を一つ振ってその場から離れた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ