ぼくは現金がいいです
街道沿いまで辺りを警戒しながら戻り、大きな商隊が通りかかるまで森の中で潜んで待った。
木を隠すなら森。大勢に紛れればぼくとセドは見つかりにくくなるというもの。それにその規模の商隊ならば、野盗から商品を守るため、専属の護衛が必ず配置されているので身の安全も図れる。
そう考える旅人は多いので、この方法は珍しいことではない。例に倣ってぼくも隊の責任者に話をつけ、いくばくかのお金を渡した。
「おい、ユーディ。今の金は?」
「……手間賃ですよ。そんなタダで済む訳ないじゃないですか。必要経費は勿論セドから貰いますからね」
「へ~! 金って凄いんだな!」
感心するセドを見上げてみたものの、首が疲れるからすぐにやめてガックリと肩を落とす。背ばかり高いこの男は、きっと一般常識の代わりに身長に栄養が行ったに違いない。それと、顔に。
どうしてイラつくのか色々考えたが、それは無理やり池で泥を落としたことによって判明した。そう、イラつく原因が。
この飄々とした態度といい、躾のいい言葉遣いといい、無駄に整っている顔といい――そう、顔だ。顔が良すぎて悪い。
造りはいいのにぬるま湯で育ったような呑気な顔が腹立たしい。
そんなセドに、商隊の女性達が次々に話しかける。黙っている分には充分すぎるほど見た目が良く若い男だからか。
ぼくには「あらかわいいわね、君」と言われたきりだ。セドの胸辺りまでしかない身長に薄い身体。……いいんだ、ぼくはまだ成長期だからね。希望は捨てていない。
顔はいいのに身なりがボロ雑巾……このままでは人目を引くだろう。これから大きな街へと入るのに人目を引く訳にはいかない。
「お兄ちゃんがウッカリ転んで崖に落ちたんです」と弟の振りしてお姉さま方にお願いをし、何品目かある商品の一つである服を売ってもらった。セドの背格好に合うのを見繕ってもらい、代金を支払う。お姉さまは「あら、お兄さんを少し貸してもらえればいいのよ」なんていうが、その言葉にキョトンとしているセドを見ると、とてもじゃないが貸すなどできない。
丁重にお断りし、ルマーズへと歩を進めた。
「……すごいな。祭りでもあるのか?」
「こんなものですよ」
ルマーズに着いた私達は、商隊に礼を言って別れた。そしてセドから迷惑料と経費を貰うため、水をたくわえた堀にかかる跳ね橋を渡り、街の中に入った。そこには商店が道の両方に軒を連ね、売買をする人たちで大きく賑わいごった返していた。ぼくは慣れているため日常風景だと分かっているが、セドは目を丸くするばかりだ。
「セド。ここに来るの初めてなんですか?」
「――あ、ああ。初めてだが初めてではない」
「意味がわかりません」
……きっとお坊ちゃんだからだな。ぼくはそう見当をつけた。上流階級は住居がこことは別れている。こことは違い、門番が常駐している城門から入り、整然と並べられた石畳の上を馬車などで移動するのだ。勿論一般の者は入れないし、商店も並ばないので道行くのは使用人しか見かけない。それならばセドのいうことも納得できる。
通行人にいちいちぶつかりながら、セドが「多分こっち」と案内するまま着いていく。大通りを右に曲がり右に曲がり右に曲がり右に曲がった場所だった。
「……さっき通り過ぎたお店ですよね」
「えっ、そうだっけ? うーん、目印にしてたのがどこかに消えたからなあ」
「目印?」
「うん、鳥が角の店の屋根に二羽留まってたんだ」
「……」
そしてようやく着いたのは、こじんまりとしたお店だった。店の中に入るとツンと鼻をつく薬品のような臭いがして、棚には紙片が貼られた小さな壷や籠がいくつも並び、天井からは枯れた葉を束にしたものが何種類かぶら下がっている。商談用なのか、机や椅子は綺麗な飴色をしていて大事に使っているのがよく分かる。
ぼくはこの店に来るのは初めてで、キョロキョロと珍しく眺めていたら、店の奥から店主らしき中年の男が太鼓のようなお腹を揺らしてやってきた。
「いらっしゃ――ああ、君か。戻ってくるのがやけに早いが、目的は果たせたかい?」
セドと分かると、店主は商売用の顔から相好を崩した。そんな店主にセドは少し困った顔で首の後ろをボリボリと掻く。
「いえ……野盗に身包み剥がされて、たどり着くどころじゃありませんでした」
「そりゃ災難だったな……よく帰ってきてくれた」
「危ないところでしたが、ここにいるユーディが助けてくれました」
ぼくは心の中、無理矢理巻き込まれたんだけどね! と付け加えた。
「君が無事でよかったよ」と、喜び、店主はまた店の奥に引っ込み、セドから預かっていたらしい小袋を大事そうに両手で持って戻ってきた。
「そら、君から預かった大事な品だよ。無くさないようしっかり首にかけるんだ」
セドの手の上に置いたそれは、長めの紐がついた小袋。セドは暫くじっとそれを見た後、きゅっと握ってぼくに差し出した。
「ユーディ、これは命を助けてくれたお礼と、経費代わりだ」
「えっ」
とても大事そうにみえるその小袋が一体なんなのか、躊躇して手を出さないでいるぼくにセドは無理矢理手を掴んで握らせた。
「ま、待て! それは渡しては駄目だ、それは君の――」
「おじさん、いいんです。俺にはこれしか渡せないから」
……えっと……なにかセドにとって大事なものっぽいけど……お金じゃないの?
ぼくは目の前の二人が「渡す」「渡すな」というやり取りをぼんやり見ていた。いや、別に報酬というかお金は欲しいが、そこまで揉める何かしら大事な品を貰うというのはちょっと重い。だけど真剣な二人の間に「面倒なので現金がいいです」とは言い出しづらいな。
傍を離れ、店の陳列を眺める。どうやら乾物か何かを売る店のようだ。ぼくがいつも利用するのはもう少し南の区画なので、知らないお店はわくわくする。あれはなんだろう、これは? ――あ、そうだ。
「あの、お取り込み中すみませんが」
まだ揉めていた二人に声をかける。
悲壮感漂う表情をした二人は、ぼくの言葉に顔を向ける。
「一つ、提案があるんです。どうやらそれは大事な物……らしいので、ぼくが受け取るには少々心苦しいです。だからどうでしょう、このお店の商品を対価分ぼくがいただき、その代金はおじさんがセドから貰うというのは?」
「あ、ああ、それなら構わんが。むしろそうしてくれると有難い」
「ええっ、おじさんそれは駄目ですよ! 俺は――」
また揉めだした……しかし、おじさんが目配せで『今のうちに』としたので、遠慮無しに選ばせて貰った。乾物は旅に出るのに丁度よさそうだ。干し肉に乾燥野菜、天井からぶら下がっているのはどうやら薬草に使うものらしい。壷をいくつか開けてみたら軟膏があった。壷に張られた紙片を見ると、どうやら傷薬らしい。適当に見つけた容器に移し、他にも腹下し用なども選ぶ。
対価に見合う分だけ手に入れたぼくは、おじさんに軽く会釈をして店を出ようと扉に手をかけたとき――ぼくの耳にその言葉が飛び込んできた。
「――――『刻印師』に会ったら、必ず!」