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箱入り……?




 野盗も魔物も怖いので、お腹を空かせたまま一晩木の上で過ごし、朝日が昇ってから慎重に周囲を確認しながらそろそろと地面へ降りた。

 朝露が下草をしっとりと濡らし、靄のかかる空気がたまらなく心地いい。

 ――こんな状況じゃなければね。

 

 「とにかくお腹空いてちゃルマーズまで持ちませんよ。セド、獲ってきて下さい」

 「獲って……ええ!?」

 「何を驚くんですか? ……ウサギでも鳥でもいいですから早く。ぼくは竈の準備をします」

 

 火や煙は目立つだろう。ぼくの身長位の辺りで木の枝が多く茂る場所を選び、なるべく植え込みの深いところで石を積み上げ竈を作った。こうすれば石に隠れて炎は見えず、煙が立ち昇っても木の葉が煙を分散してくれるから誤魔化せる。パチパチと枝が爆ぜる音がし、火の勢いが落ち着いてきた。


 「セド、遅……手ぶらじゃないですか」

 「すまん! 俺、どれが食べ物か分からんのだ」


 途方にくれた顔で、セドはしょんぼりと肩を落とす。

だったら最初から言えばいいのに、とぼくは仕方無しに腰を上げた。


 「食べ物分からないって、どれだけお坊ちゃんなんですかね。――ほら、セドの足元。丸くて周りにギザギザの切込みが入った。そう、それも食べられる葉ですよ。スープにすると、とてもいい味が出るんです。栄養価も高いから病人には茹でたのをすりつぶして薬にしたりします」

 

 セドは慌ててその場から踏まないように一歩下がり、しげしげ眺めては「へぇ~」と感心したように声を上げる。そのセドに火を絶やさないよう言い残し、ぼくは食べ物を探しに森へと入った。


 

 「……火を絶やさないようにっていいましたよね?」


 ぼくは怒りをなんとか押し殺し、手に持った鳥を地面に置いた。セドはくすぶっている竈の前でおろおろとするだけで、何かをした様子は見受けられない。


 「絶やさないようにするにはどうしたらいいか分からないんだ!」

 「木を少しずつ足せば勝手に燃えます!」


 僕は竈の横に纏めておいた枯れ木が手付かずのをみて、途方にくれた。どこのおぼっちゃんだ。

 竈、暖炉など、どこの家庭にもある。使い方なんぞ三歳の子でも知っている生活の一部。だが、自分でやらなくても住む階級の者も存在することは確かだ。

 今アレコレ言ったところで無駄だと悟った僕は、枯れ草をくすぶりに被せ、空気が通るように枝を配置して息を数度吹きかけた。パチパチといい具合に火が燃えたので、今度は鳥を捌く。セドは「うわぁ……」と目を背けていたが、もう何も言わないことにした。

 大きな葉に肉と香草を包んで火の中にくべる。そして肉が焼けるまでの間、太目の枝を使って食後の始末をつけるための穴を掘っておいた。


 「ユーディは物知りだし器用だな」


 肉を包んだ葉をアチチとイチイチうるさく言いながら、セドは満面の笑みでぼくを褒める。他に何も含みはなさそうだが、なんとなくイラっとした。

 「美味しいなー」と捌く所はギャーギャーいうくせに調理済なら臆せず食べる姿へ、ぼくは無遠慮な視線を向けた。

 ぼくの家は商売をしてたから、多少の目利きはできる。

 上等の布に繊細な刺繍、本人の体型の合わせて誂えたのであろう。これだけでも庶民には手出しが出来ないほどの価値がある。――泥で体中が汚れ、あちこち破けている今では見る影もないが。

 長靴も傷が付いているけれど、丈夫に作られているのは一目瞭然。間違いなく上流階級の人間だ。顔は泥で汚れているもののそこそこ整っていそう。しかし、装飾品や手荷物が一切無い。聞けばあの野盗たちに奪われたというではないか。

 セドは、どうして野盗に追われる様な事態に?

 すごくすごく厄介な相手を助けてしまったのではないか……ぼくは旅を始めてすぐの予想外な出来事に後悔をした。世間知らずのお坊ちゃんを連れて、ルマーズまで行かねばならないのか。なんでいいよって言ってしまったんだ!

 セドが食べ終わった骨をポイと始末用に作った穴に放り込むのを見ながら、ぼくは頭を抱える。

 今からでも遅くない。さっさとセドを捨てて行ってしまえばいい。荷物は惜しかったけれど、お金は身に付けていたから無い訳ではない。それに稼ぐあてもある。追われる事情なんてぼくには関係のない話だから、小金を惜しむより命を大事にして五年無事に過ごそうではないか。


 けど、けれど。


 あの視線が交差した瞬間。若草色の澄んだ色。ぼくの奥底まで刺し貫いたかのような強烈な……意志。――捕らわれた、気がした。

 なんだか分からない、もやもやとした、正体の掴めない、何か。

 ある意味、セドという男に興味が湧いたのだと思う。お坊ちゃんが一体何をしている者なのか。急ぐ旅でもないし、ルマーズは良く知った土地だ。小さな冒険とするには丁度いいような気がした。


 穴に竈で使った石や葉や骨を埋め、枯葉などを被せ痕跡を消す。

 そして気配を窺いながら水場へと戻り、いつもの手順どおり水面を指でなぞって変化がないか確かめる。大人ふた抱え分もある岩から滾々と湧き出る水は、いつでも清らかで冷たくて気持ちがいい。湧き出た先はちょろちょろと流れ落ち、池となった先は小さな小川となって森の外へと流れていくのだ。水袋を満たし、手で掬ってのどの渇きを潤すと、ふとセドが水面に映った……汚いな……

 隣で呑気に「うまいうまい」と飲んでいるセドを見て、またもイラっとした。


 「セド、泥汚れ落としたらどうですか」

 「えっ、あー、そうだね。でもこんなに汚れるなんて初めてだから新鮮で! 俺、格こ――うわあっ!?」


 ばしゃーん!

 大きな水音を立てて、セドは池に頭から落ちた。ま、ぼくが蹴飛ばしたからなんだけど。

 

 「ちょっ……! ゴボボッ! ユー、でぃ……!?」

 「貴重な体験がまた一つ出来て良かったですね」


 セドの体もぼくの気持ちもスッキリして、丁度いいではないか。

 





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