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なんでこんなことに。

 

 ――で、何でこうなるのかな……

 ぼくは泣きながら身を隠すよう木立に紛れていた。少し離れた場所からは何人かの足音と怒号がし、だんだんと近づいているのが分かる。生まれて初めての絶体絶命に、ガタガタ震える体を両腕で抱えて蹲るしかなかった。


 「すまん、俺のせいで」

 「ホントですよ! 何でぼくまで巻き込むんですか!」 


 ぼくの横で、大きな体を無理矢理小さく縮ませている姿は傍から見ると滑稽だ。

 声が響かないようぼそぼそと相手に怒りをぶつける。そもそも――そう、この人がぼくを巻き込んだから今のような事態になったのだ。いい迷惑極まりない。


 「ああ……ぼくの荷物が……」

 

 逃げ出す際、厳選に厳選を重ねた旅道具入りの背負い袋を、投げてしまったのだ。地図、食料、衣類など、明日になれば手に入るものだが、一品一品思い入れは強い。水が入った皮袋や短剣など、身に着けていたものは無事だったのが不幸中の幸いともいえるが、失うのは非常に困る。特に――

 ――ぎゅ~ゴロゴロゴロ……

 隣の大男の腹から、今の場面に全く似つかわしくない音が響く。思わず肘鉄を男のアゴに叩き込んでしまったのはしょうがないと思うんだ。


 「ぐっ……ふっ!」

 「うるさいですっ!」

 

 今夜食べる分が入ったままなのだ。

 明日の昼にはルマーズに着く予定だった。交通の要のような都市だから、世界各国の商人相手に商売用だけではなく、旅に適した食材なども沢山売っている。そこで今後の食料を調達するつもりで、今夜は手軽に済ませようとしていたのだ。

 お腹を空かせたまま一晩過ごすしかない、と仕方なく諦めた。

 しかし追われているって……? 今更ながら隣に座る珍妙な男を観察する。

 大体名前すら知らないのに寄り添うかのように隠れて、共に追っ手の目から逃げようという現状は何事だ。




 そもそもの出会いは、水場だった。


 ――旅の際に必要なのは何か知っているかユーディ? それはな、力でもお金でもなく、『水』だ。


 何があってもまず最初に水の補給をせよとの教えにより、お父さんに何度も連れて行ってもらった水場へと足を運ぶ。都市と都市を繋ぐ街道沿いの森だけど、鬱蒼と茂る木々が人の立ち入りを拒んでいる。そこを更に奥へ進むと、急に開けた場が現れる。とある部分からこんこんと湧き出る水がこの森の生命の源ともいえるだろう。

 まずは前に来たときと変化がないか確認し、水面を、つうっと指でなぞった。ひやりとした温度が火照った体に染みて気持ちがいい。手で掬って喉を潤し、そのあとは水袋へたっぷりと入れた。その次に寝る場所の確保。こういった場所は小物ではあるが魔物が夜になると跋扈する。しかしそれ以上に気をつけなければならないのが――日中でも旅人に襲い掛かる野盗だ。ならずもの達が徒党を組んで、街道を行き交う旅人を狙って襲う。主に金を持っていそうな商隊を狙うようだが、盗れるものは盗っておくのが主義のあいつらだから用心しろ、とこれも父親の教えだ。

 辺りに紛れ、魔物からも身を隠すに最適なのは……よし。見当をつけ、さて次は食事を――という時、それはやってきた。

 

 少し離れた所から、にわかに騒がしい気配が。

 素早く暗がりへ身を隠し様子を窺うと、どうやら何者かが複数の野盗に追われているようだった。

 ぼくは初めて目の当たりにする殺伐とした雰囲気に、体中が総毛立つ。

 いけない。見ては、いけない。

 お父さんの教えでは、ほんの少しの同情心が己の命に関わる、と。例え冷酷と言われようが、このような場面は見て見ぬ振りをしろと繰り返し言い聞かせられた。一対複数は無謀だ、どれだけ剣の腕を持っていようが、自ら飛び込むのとでは覚悟が変わってくる、とも。


 気配を殺し、そっと場を離れようとしたぼくの方向に、足音は何故か近づいてきた。

 こっちに来るな! そう心の中で願ってもずんずんと迫ってきて、とうとう視界に現れた。

 荒く息を吐き、衣服はぼろぼろ。後ろを何度も振り返り、覚束ない足取りでそれでも前に前にと必死に足を動かしている。木々に紛れてよく分からないが、もっと奥のほうから大勢の怒鳴り声が追いかけていた。逃げようと懸命に駆けているものの、荒れた地に慣れていないのか、足を滑らせぼくが見ている間だけでも三回は転んだ。ああ、今を入れると四回目――その時。


 地面に伏せた男がパッと顔を上げ、ぼくを見た。


 すっと遠くまで入り込まれてしまいそうな、澄んだ若葉の色。

 ぼくはその目に捕らわれ、引き寄せられ、動けなくなる。


 辺りの音も消え、そこにあるのは視線の交差のみ。

 自分が分かりやすい位置にいたわけではない。よく見ないと気付かれない位置にいたにも拘らず、どうしてぼくを見つけた――?

 

 「いたぞー! あそこだ!」

 

 入り込んだガラガラ声。

 いつの間にこんな近づいた!?

 男と見詰め合ったのはほんの一瞬だったのか、それとも長時間だったのか分からない程、あの瞳に飲まれていた。男は背後に目もくれず、一目散にぼくの所へかけてきた。――って、待てよ!


 「ちょっと! こっちへ来ないでください!」

 「悪い! 助けてくれ!」

 「嫌です!」

 「そこは『任せてください』というのが常識だろう!」

 「野盗引き連れてこられて、そんな台詞頼まれたって言えませんよ!」


 そうはいっても、男が駆け出した方向にぼくがいるというのが野盗の目に入ってしまったようで、「追え! 仲間がいるぞ!」と見事に仲間認定されてしまった。

 やむを得ず男と一緒に逃げる形となり、森の中を駆けずり回る。キョロキョロと目ぼしい隠れ場所を探しつつ奥へと走るが、徐々に距離が詰められてきた。

 野盗はおおよそ二十人。そのうち足が速く切迫してくるのが一……二……


 「三人、いや、二人と一人か……二手に分かれて挟み撃ちを狙っている……?」

 「どどどどうする! 俺、争いごと駄目なんだ!」

 「見れば分かります! というか、ぼくだって駄目ですよ!」


 半泣きになった彼に怒鳴りつけ、どうしたらいいか思案を巡らせる。お父さんはなんと言っていただろうか……そうだ!

 真っ直ぐ奥へと向かっていた足を、くんっと左方向へ変えた。彼の袖を引っつかみ、「こっち!」と怒鳴る。

 

 「うわっ! なんで!?」

 「いいから!」


 遅れそうになる彼に合わせていたら、あっという間に囲まれてしまうだろう。勝算があるうちに行動せよ、だ。

 人が立ち入らず、好き勝手に生える草木を掻き分けているうち、野盗のうちの一人と見られる者と接近した。

 

 「――! て、てめぇ!」

 

 何故ここに、と驚きつつもそいつは腰に差す剣に手を掛けた。ぼくはその瞬間背負っていた荷物を顔に投げつけ、同時に助走をつけて飛び蹴りを加えた。


 「ぐえぇっ!」

 「さ、早く!」


 鈍い音と共に地面へ潰れる野盗。それに目もくれず、一目散に駆け出す。挟み撃ちだったら少ない方を狙うのが基本だ、とお父さんは言っていた。

 これである程度は時間が稼げるはず。しかし……自分もそうだけど、男の体力が限界に近づいている。走り続けるのは不可能だと判断し、左右に目を配りながら目的のものを探した。

 葉が多く茂り、幹が強くしなりにくい木を選び、「木登りなんてやったことないよ!」と泣き言をいう男をどついて無理矢理登らせた。そして枝を適度に重ね、身を潜める。全くの他人である男と密着するのはどうかと一瞬思ったが、野盗に見つかるよりずっとましに思えた。それでも、野盗が近寄ってくるまではまだ冷静でいられたと思う。荷物を投げつけたことに後悔したり、暢気な事をいう彼に肘鉄を食らわせたり、と。

 ぴりっと空気が張り詰めたのは、野盗が自分達のすぐ近くへ次々に集結してきてから。

 

 「おいてめぇら! あいつはどこ行った!」

 「チッ! まだそんな遠くへは行ってねぇはずだ! 探せ!」

 

 苛立ち交じりの声が、眼下で交わされている。後から追いついてきた親玉と思しき者が、剣を振り上げ辺りの草木を薙ぎ払うと、獣のような咆哮を上げて怒りをぶつけた。


 「なんとしても見つけだせ! あいつは――だからな。ここまで来て取り逃がす訳にはいかねぇ! 野郎ども! 草の根分けても探し出せ!」

 「仲間はどうしますが親分!」

 「仲間か……そうだな、仲間についちゃあ何も聞いてねえ。つまり、だ。――――殺せ」

 

 どっどっどっどっどっ……

 心臓が早鐘のように打つ。この音が相手に聞こえやしないかと、両手で胸を押えた。

 仲間……仲間……。ぼくのこと、だよね? ぼくを殺せ、と言ったの?

 悪意に満ちた気を当てられたのは、生まれて初めてだった。ドロドロと黒い感情が渦を巻いて己に降り注いでくるかのようだ。

 怖い。怖い。怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!

 カチカチ、と音が鳴る。静かにしてよと口を開こうとしたら、その音の元は自分から。無意識に歯が震え、それに気付けば途端に体中が小刻みに震えだした。

 怖い――!

 身に差し迫る危険を全身で感じ取り、向けられた悪意に竦み上がる。

 

 「落ち着いて」

 

 肩に腕が回り、ぐっと寄せられた。

 彼の視線は野盗に向けられたままだったけれど、ぼくの恐怖を感じ取ったのか力強く肩を掴まれる。ぼくはよっぽど『お前が言うな!』と怒鳴ってやりたかったが、歯の根が合わないのと……どこかホッとしている自分がいたから、口を強く結んだ。震えも徐々に止まってきたので、指で枝の表皮を引っかきながら野盗が早く諦めるよう願った。


 夜風が、さあっと森の木々達を撫でていく。葉がさらさらと音を立てて、まるで演奏会のようだ。

 どれほど時が経ったか分からないが、辺り一体に気配は感じられない。今更ながら肩に手が回ったままの腕が気恥ずかしく、「もういいです」とぶっきらぼうに言って彼から拳二つ分距離をとった。

 

 「すまんな少年。実は俺も怖かったんだ」


 気を悪くするでもなく、彼はへらっと笑って首の後ろを掻く。あっさりと『怖い』と口にする男に、ぼくは内心驚く。自分の弱さをはっきりと認める――そんな大人がいることに。

 

 「もう木から下りても構わぬか?」

 「いえ……街道から随分奥へ入りましたし、魔物も出ます。木の上ならば幾分ましなので、このまま夜を明かした方がいいでしょう」

 「そうか」


 木の上で寝るのか、といささか不安そうにしたものの、背に腹は変えられない。木の幹へ背を預けてぼくに顔を向け、再び礼を言った。


 「助けてくれてありがとう。俺はセド……まあいいか。セドだ。君は?」

 「助けてくれて……って無理矢理巻き込んだでしょう!? ぼくはユーディ。荷物が駄目になったのですが、助けてくれてってからにはあなたが弁償してくれるのですか?」


 明日になれば。明日、ルマーズに着けば再び調達はできる。できるが、それに対しての出費が惜しい。日雇いでも稼げなければすぐに無一文になってしまうだろう。セドの衣服は、見た目ボロボロにはなっているがよくみれば上等の織物だ。この男が金持ちならば多少ふっかけても気前よく出してくれるだろう。

 そう踏んだぼくは、セドに向かい掌を上にして差し出した。

 するとセドは何を思ったか、にっこり笑ってぐっと握手をしてきた。


 「うわっ! なにするんですか!」

 「弁償するさ勿論! ただ今持ち合わせがなくてな」

 「で、なんで握手なんですか」


 無理矢理手を引っ込めると、セドは行き場のなくなった己の手で首の後ろをボリボリと掻いた。


 「ユーディ、君はこれからどこへ?」

 「え?」

 「おそらく――ルマーズじゃないかな? この街道を通るものは皆あそこを目指すからね。で、だ」


 手を膝に軽く置くと、ぼくに上体を捻って目を合わせた。


 「俺とルマーズへ一緒に行っ――」

 「嫌です」

 「おい、聞きもせず断るな!」

 

 声を荒げたセドに、しーっと声を落とすよう仕草で伝えた。近くに野盗がいたらどうしてくれる!

 

 「最後まで話を聞け。いいか、俺はあの町に金を預けてある。いまは――見ての通り野盗に身包み剥がされたが、町にさえ行けばユーディに荷物代、いや、礼金を上乗せして返そうと思うのだ」

 「……怪しい」

 「は?」

 

 きょとんとセドはぼくを見る。しかしぼくはお構いなしに怪しむ点を連ねていった。


 「大体ですよ? 見ず知らずの男が野盗に追われていた時点でお断りですよ。なんだその不良物件は!」

 「不良物件……」

 「たった一人。そう、たった一人、しかも丸腰で旅をするなんて正気の沙汰とは思えません」

 「ユーディだって……」

 「ぼくはちゃんと装備を整えています。それに、初対面のぼくに向かって助けてくれとかありえませんね。ぼくが野盗の仲間とは思えなかったのですか! あと、ルマーズに金を預けている証拠は? いただける確証もないのにホイホイ着いていけるわけがありません。疑うことを知らないなんて子供ですか? それから――」


 指折り淡々と駄目な点を挙げ、ふと隣のセドを見ると、ガックリと頭垂れて落ち込んでいた。ここだけ暗闇が深い気がする……!


 「そうか……だから俺ダメだったんだ……。荷物を持ってくれるという少年に任せたらいつの間にか消えていたり、一晩泊めてと頼んだら、大枚はたいたのに馬小屋だったとか、どうもおかしいと思っていたんだ」

 「思ってたなら気をつけてくださいよ!」


 なんだこの世間知らずのお坊ちゃんは!

 ぼくは目の前がクラクラした。こんな脇が甘い成人男子がいるものかと。聞けばセドは二十四歳。立派な大人で、そろそろ家督を譲ろうかという話も出てくる年齢だ。

 ぼくだって、一人で旅をするのは生まれて初めてだ。だけどセドほど世間知らずではない。確実に。


 「ユーディ……疑っててもいい。ちゃんと礼をしたいから、ルマーズまで一緒に来てくれないか? 怪しいと思ったら即離れてくれてもいいから! な?」


 全身ずたボロで、髪も元の色が分からない程泥で汚れ、ボサボサ。こんなにも風体の怪しい男、誰が相手をするものか! しかしぼくの手を無理矢理捕まえて、懇願するように見つめてくるセド。

 心を見透かすように澄み渡った、若葉の色。

 この瞳でお願いをされると、どうにも断りづらい。弱った小動物を見かけた時のようなチクチクとした胸の痛みを感じてしまうのだ。理屈じゃなく、感情で受け入れてしまいそうだ。

 それを悟られないようぐっと下腹に力を入れ、まるで『仕方ないな』と見えるように、わざとらしく溜息を吐いた。


 「ぼくは別にお金が欲しいんじゃありません。けれど、無いよりずっとずっといい事は知っています。――分かりました。ルマーズまでです。ルマーズで弁償して頂くまで、一緒に行きましょう」

 「ユーディ、ありがとう!」


 ぱああっと顔を明るくしたセドは、ぼくの右手を両手で握ってガクガクする程上下に揺らした。ちょっとこの人誰かとめて!





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