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旅立ち

よくある展開だと思いますが、「もしかして、こういうことですか?」と他の方が目に付く場所にコメントされると困ってしまいます。お尋ねの方は拍手コメントの方でお願いします。


 荷物はよし、あとは……

 ぼくは何度も確認した背負い袋を手に、板張りの階段をぎしぎしと音を立てながら階下へ降りた。ぼくの家は二階建て。一階は売り物が並べられた店で、受付台を挟んだこちら側から居住空間。嗅ぎなれた油脂の香りが漂う店の床に袋を一旦置き、商品の一つである身の丈ほどの大きさがあるよく磨かれた盾の前で、くるりと一周まわって確かめる。

 黄白色の髪は短く整え、服装は旅に見合った格好だ。袖がない短衣に膝上のズボン、編み上げの長靴を履いて、仕上げに顔周りへぐるりと大判の布を巻いて完成した。


 「ん。こんなもんかな?」

 「あら立派じゃない! あなた、ユーディを見て」

 「親としては複雑なものだが……。忘れ物はないか?」


 お母さんがポーズを決めるぼくを見つけ、呼ばれたお父さんは杖を突きながら、ぼく用に誂えた短剣を鞘からはずしたり収めたりと落ち着きがない。

 今日はぼくの旅立ちの日だ。

 代々受け継がれている家訓に、『十六歳になった日から五年旅をすべし』というがある。お母さんは自分もそうしたから当然のように受け入れていたけれど、婿に来たお父さんは、日が迫るにつれ「やっぱり……」「いや、しかし……」と相当悩んだようだ。だけど、旅立つにあたりこれ以上にないほど知識を詰め込んでくれた。野宿の仕方、食べられる植物、交渉術……。それに、体術も。お父さんは世界中を旅して回った経験から、本では学べない実用的な知識を授けてくれた。

 そして、お母さんからも――――


 「お父さん、ぼく、大丈夫だから!」


 にっこりと安心させるように笑うと、お父さんは「でもなあ……」と今だ踏み切れない様子を見せている。そんなお父さんを、お母さんは肩をすくめて苦笑いを零した。


 「お父さん、覚悟しなさいな。さ、ユーディ。右手を寄越して」


 言われたとおりお母さんに右手を差し出すと、親指にひやりと冷たくて硬いものが差し込まれた。それは指輪。どこにでもあるような形をしたくすんだ灰色で、派手な装飾はないものの幾何学模様の細かな意匠がされている。


 「これ……」

 「あなたの旅の無事を祈っているわ、ユーディ」

 「お母さん……ありがと」


 お母さんにぎゅっと抱きつき、そして心配しすぎてちょっと痩せたお父さんにも抱きついた。暫く会えないから、絶対にこの感触を忘れないようにと。




 抜ける様な青空、ぽっかりと浮かぶ白い雲。小鳥がチィチィ鳴きながら飛びかい、肌をくすぐる柔らかな風。それらを全身で満喫しながら、鼻歌交じりに街道沿いをぽてぽてと歩くぼく。

 住みなれた地――ボーデ村を離れる時は感傷に浸ってグズグズと進んでいたけれど、お父さんに教わったよう野宿の支度を始める頃にはだいぶ気持ちが落ち着いた。

 いまさらジタバタした所でしょうがない。

 家を出たら、旅立ちを聞きつけた近所のそこかしこから「気をつけてね」「帰ってくるの待っているからね!」と声がかかり、正直もう引き返せないなと空気を読む。


 街の外へ一人で出るのは初めてだった。

 お店を経営するお母さんのお使いで、お父さんと二人、よく旅に出た。往復で一回ずつ野宿をしなければならない距離だったけど、とても快適に過ごせた記憶がある。お父さんは若い頃から戦闘職種だった為、野外知識が豊富にあるのだ。ぼくは何度か経験するうち、見よう見まねで手伝いを始めた。分からないことを聞けばお父さんは作業の手を止め、懇切丁寧に教えてくれる。今思えばこの一人旅の為に経験を積ませてくれてたのかな、と。出発するときの、複雑そうな表情をしたお父さんの顔が思い浮かんだ。


 行き先は特に決めていない。

 お母さんにどこがいいか相談しても「適当に」とぼくに丸投げ……じゃなく、意思を尊重してくれた。世界情勢に詳しいお父さんに聞くと、「絶対言うなって言われた」と肩をしょんぼり落として口を閉ざす。あくまでも自分の意思で決めろということらしいので、だったら? と考えを巡らす。

 この旅を一年前に知らされてから、近所や伝を辿って、城が管理する図書室で世界を詳しくじっくりと調べ上げた。

 一番近いのは、隣国ルマーズ。お父さんと何度も訪れた、国と国を繋ぐ大きな街道が交差している交易を主軸とした城郭都市で、住みやすさと賃仕事の見つけやすさは最高の条件が整っている。国が治安を強化しているため、そちら方面も安心だ。しかし折角の旅なので、そこを超えて冒険をしてみたい。各地を行き交う商人が多いので、新鮮な情報を仕入れてから旅の目的地を決めようと、まずはルマーズを目指すことにした。

 慣れ親しんだ道は、一人でいることの緊張よりも、この先の冒険に何が起こるんだろうかという期待感で胸がいっぱいだった。

 野宿の準備も大丈夫。お父さんに教わった通りに街道を少し外れた森の中へ入り、いつもの湧き水がある場所で水を調達する。それから手ごろな木を……と、日が落ちる前に着々と支度を整えて――




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