第六章 突き立てられた黒牙
前座です、本番は次回…。
あ、第一部『進まぬこの世界で』を少しだけ修正しました。
ネタバレ一歩手前かも…。
敵船発見の報を受け、メインブリッジにはヴィリアントを始め乗組員のほぼ全員が揃っていた。そこには、リリアンヌに怯え部屋に引き篭もっていたエリゼネアさえ来ていた。
「相手は一隻、敵はどこの奴らだ?」
やがてヴィリアントが口を開き、その問いにリゲルが答えた。
「よくは見えなかったが、ここは空白地帯とはいえまだ王国の目の前だ。帝国軍の艦船ということは無いだろう…」
この世界において、空を飛ぶ艦船を持っているのは帝国と空白地帯の住人ぐらいである。さらに言うなれば空白地帯は依然とし帝国と王国の戦場であり、亜人や難民たちの集落だけでは無く両国の前線基地がいくつも存在する。
広大な広さを誇る空白地帯には戦場の最前線である中央部を境に帝国へ近づけば近づくほど帝国軍の基地は多く存在し、王国へ近づけば近づくほど王国軍の基地が密集している。
そのため、大規模な作戦を行わない限りこの両国の軍隊は空白地帯の中央部を越えて来ることは滅多に無い。下手をすれば敵戦力が集中している地域に侵入してしまい、即撃墜されるからである。
「となると同業者か?」
「十中八九そうだろう。こっちを確認した瞬間にオープンチャンネルで罵詈雑言を流してきたしな…」
そんな場所でも空賊は空を飛んでいた。彼らは独自の情報網を持っており、そこで手に入れた情報を基に軍の前線基地の場所をほぼ完全に把握している。空賊達はその情報網を最大限に活かし、軍の輸送部隊や比較的警備の手薄な基地、さらには亜人の集落を襲撃しながら食い扶ちを稼いでいるのだ。
「俺達がどこの誰だか言ったのか?」
「『我々は蒼風一味だ』と伝えたら『クタバレ』と返ってきたぞ。」
「……馬鹿共が…」
「ヴィリアント船長、"協定内容"は覚えておりますわよね?」
相手の反応に頭を痛めたヴィリアントに対してエリゼネアが口を挟む。当然ながら協力関係とは云え空賊である蒼風一味を王国軍が完全に信用する筈も無く、空白地帯へと野放しにするにあたっていくつかの公約を結んだ。
---1つ、『王国の勢力には手を出さない』
---2つ、『王国の敵勢力は発見次第襲撃を決定すること』
---3つ、『一回の航海における収穫の三割を王国に納めること』
---そして、4つ目は…
「…『降伏及び敵前逃亡を試みた空賊のみ、見逃すことを許可する』だろ?」
「その通りです。相手がこちらに対して戦闘の意思があるのは明らかですし、現時点をもって彼らを敵勢力と断定してよろしいですね?」
「どうせ決めるのはそっちだ。文句はあっても言わねぇよ。」
「ご理解頂けているようで何よりですわ。」
これらの条約を彼らが厳守しているのかどうかを監視することがアストとアイカ、そしてエリゼネアがこの船に乗せられた一番の理由であり、この任務における3人の本当の役割でもあった。
---もっとも、ひとりだけ全くそのつもりは無いようだが…。
エリゼネアとの会話が一区切りついたことを確認し、リゲルが口を開いた。
「で、どうするんだ?あと5分もしない内に接触するぞ?」
「ジェームズとミレイナ、リリアンヌはいつも通り船の守備を」
「了解っす」
「お任せ~」
ジェームズは軽く返事を…ミレイナは無言でブリッジから自分の持ち場へと向かった。リリアンヌは全員の目の前で再び霧散し、アイカとエリゼネアに『ヒィ!?』と短い悲鳴を上げさせてからこの場を離れていった。
「リゲルとカザキリ、紅葉は俺についてこい。あと、御嬢さん方は好きにしろ」
リゲルの問いにすらすらと答えるヴィリアント。この船の乗り組員は10人前後と少数ゆえ役割分担もすぐ終わる。そのため、誰かが居ないことにもすぐに気付いた…。
まずアイカが最初に疑問を口にした…。
「そういえばフランデレン卿は…?」
「あら?言われてみれば確かにどこへ…?」
さっきの役割分担でアストの名前が出てこなかったことに違和感を覚えて周囲を見渡すと、案の定彼の姿がこの場に無かった。
「アイツならさっき、ここに来る前にくれてやった…」
その二人の疑問にヴィリアントは、何でもなさそうに一言で答えた。
「文字通り、一番槍をな…」
蒼風一味を名乗る船を確認し、戦闘態勢に入っていた『鉄蛇空賊団』の空賊船『フェルマッド号』。さっきまで闘志を漲らせ、戦闘意欲満々だった彼らはデッキに集合し、焦燥感に駆られながら必死の形相で機銃やミサイル…さらには魔法を放ちながら濃密な弾幕を形成していた。
「何してる!!早く撃ち落せ!!」
「無理だ!!避けられる上に防がれてやがる!!」
「クソッ!!」
元帝国軍人や王国兵士、さらには一部の亜人達で構成されている空白地帯の空賊達…。そんな彼らの古巣の関係上両国の様々な装備を所持しており、下手をすると両国軍より性質が悪いときがある。
例によって鉄蛇空賊団もそれに当てはまり、リリアンヌ号に匹敵するサイズを誇る巨大な屋形船の形をしたフェルマッド号には最新の科学兵器が搭載されている。さらには魔導師と亜人を含めた50人以上の乗組員を有しており、まさに大戦力であった。
そのため、並の航空機程度ならあっさり墜ちるような弾幕を張り続けている彼らにとって、目の前の光景を信じることが出来なかった…。
「何なんだ…何なんだよアレは!?」
「知るか!!とにかく撃ち続けろ!!」
「畜生、たかが人間一人を何故撃ち墜とせないんだ!?」
敵船から飛び立った小さい何か…。普通のレーダーには反応せず、対人用サーモグラフィーにやっと映ったそれは1つの人影だった。
それは棒状の何かにスケボーよろしくな姿勢で立ち乗りしており、その末端から発せられる魔力光で一筋の光を帯びながら真っ直ぐこちらに飛んできていた。魔力反応を検知できたので魔導師か魔術師なのであろう…。
「どうなっているんだ!!あんなの聴いたことも無いぞ!?」
「うわ、追尾ミサイルを撃ち墜としやがったぞ…」
転移魔法であっさり侵入されないよう、帝国や空賊の艦船には魔法使いの輩に座標を把握されないために対魔法技術専用ジャミングシステムが搭載されている。そのため、相手の船に乗り込むためには魔法使いと言えど直接殴りこむしかないのである。
そんなことを単独ですれば間違いなく対空防御や弾幕で叩き落されるのがオチであり、それこそが彼らの常識である。
---そんな常識を、目の前の存在は見事に打ち砕いてくれた…。
かつて帝国の空を支配した航空機に匹敵するスピードと驚異的な機動力を持ってしてこちらに迫ってきていた…。
---鋭い軌道を描きながら回避し…
---時にはその足にした棒状の物体で防御…
---さらには両手に展開した魔方陣から光を放ち、逆に弾幕を叩き落す…
時と場合を考えなければ思わず見入ってしまいそうな程の曲芸飛行に、一部の者たちは目の前の存在に対してつい感嘆の声を上げそうになっていた…。
「やばい、来るぞ!!」
「全員持ち場に就け!!敵は一人だ、ビビることは無い!!」
「相手は魔法使いだ!!帝国出身の奴は前に出ろ!!」
ついに撃墜すること叶わず、船のすぐ目前にまで接近を許してしまった。彼らは撃ち落とす事を諦め、船の甲板にて直接迎え撃つ覚悟を決めた。
対魔法使い戦専門である帝国軍出身の者達が率先して前に出る。戦い慣れた相手ゆえ自信満々だった彼らだったが、向かってくる者が身に着けている装備を目にした瞬間、血の気が失せていった…。
「おい、まさかあの装備って…!!」
「魔法近衛騎士隊!?王国最強の一角じゃねえかっ!!」
「なんで空賊の船から出てくるんだ!?」
頼りである彼らの口から発せられたその言葉に、甲板にいた者達は息を呑んだ…。王国付近を縄張りとする彼らは魔法近衛騎士隊…通称・魔衛士の恐ろしさはよく理解していた。
しかし、自分達が何と戦おうとしているのかを理解して後悔したときは既に手遅れ。その魔衛士は船に衝突する直前に急上昇、そして船体上空に一瞬だけ制止した後…
---恐ろしい速度で甲板に突貫してきた…
「ッ!!危ない避けろおおおおおお!!」
「来るぞ!!」
---逃げることも避けることも叶わず、一本の黒い牙が轟音と衝撃を纏いながら彼らの船へと突き立てられた…
「「「「「おわああああああああああああああああああああああ!?」」」」」
「なっ!?」
「落ち着け!!敵は一人だ!!」
凄まじい衝撃が船全体を襲い、その余波で何人かが吹き飛ばされて宙を舞いつつ壁やら床やらに叩きつけられていた…。やがて衝突によって生じた硝煙が晴れると、甲板に突き刺さった『牙』の全貌が明らかになっていく。
「ッ!?」
鉄蛇空賊団の乗組員達の視線の先にあった物は甲板に深く垂直に突き刺さった一本の『槍』だった。元軍人の者たちは、それが魔法行使の補助の役割を担う『ジュエル・スタッフ』であると理解した。
だが、周囲の空気を凍りつかせた理由はそれではない。彼らを絶句させたのはその『牙』の持ち主の方…。
甲板に突き刺さった槍の柄に片足で立ちながら自分達を見下ろす黒髪の魔衛士…。
---船に牙を深く突き立てた黒き獣の黄色い瞳…
「やぁ、こんにちは…。」
---まだ戦いを始めてすらいない自分達に向けられたその視線は、背筋が凍るほど異質だった…
「先に尋ねておくけど、死にたくない人はいるかい…?」
---それは仇敵に対する『憎悪』でも、獲物を見つけた『高揚』でも無く…
「返事は無しか。もしも気が変わったら言ってくれ、でないと…」
---物言わぬ屍へと向ける『虚無』だった…
「皆殺しにするかもよ?」
---北東部にて名を馳せる鉄蛇空賊団。彼らの終わりが幕を開けた…
次回、アストと蒼風が大暴れ。