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第一章 再会の蒼風

所々修正


 貴族の御曹司救出任務を完了させたアストは徒歩と転移魔法を繰り返したすえ、マルディウス王国に帰還した。フィノーラ達と遭遇したのは昼頃だったが、今はもう既に日が沈み暗くなっていた。

 とはいっても、王国と空白地帯の境界とはいえ本国の領域に違いは無く、街の明かりは充分なくらい夜の闇を追い払っていた。


 どこかの田舎道のような通りが終わり、アストはついに長い城壁のような壁に守られた『境界街』の入り口に辿り着いた。彼に気がついた国境警備隊が姿勢を但し、礼を持ってアストを出迎えた。



「御苦労様です!!フランデレン卿!!」



「いつも言ってるけど、その呼び方やめてくれない…?」


「そういうわけにもいきません!!あなたはれっきとした貴族なのですから!!」



 この声がでかくて真面目な門番と何度目になるか分からないやり取りをし、彼はタメ息をついた。別に彼の言ってることは間違ってないが、自分の場合複雑な理由があるために貴族扱いはやめてほしいのが本音である…。



「早速で申し訳ありませんが侯爵閣下が御呼びです!!」



「クローマ侯爵が…?」



 マルディウス王国において爵位とは軍の階級を表す。男爵と子爵は尉官、伯爵なら佐官、侯爵以上ともなると将軍並みの権限を持っている。ちなみにアストは男爵である。男爵は子爵と同じ権限を持っているが、基本的に部下を持たずに単独行動をすることが多い。


 要は任務の帰還早々に、この街の統治者直々にお呼び出しが来たというわけなのだが…。



「今すぐにかい?」



「えぇ、すぐに!!」



「休憩は?」



「無しです!!」



「ちょっとくらい…」



「駄目です!!」



「…もう少し静かに話せない?」



「努力します!!」



 アストはさっきより大きなタメ息を吐いた…。目の前の門番は悪い奴ではない、悪い奴ではないのだがもう少し…。そこまで考えて結局思考をやめた。気づけば彼の仲間たちが転移魔法の準備をしだしていたからだ。アスト程の技術の無い彼らは数人係でこれを行う。



「帰ってきたらすぐに呼べと言われておりますので、直接閣下の御部屋にお送りさせて頂きます!!」



「分かったよ…。それじゃあ、お勤め御苦労様。」



「勿体無き御言葉、感謝します!!【Qourumu Desutia Jeharde Roumu!!】」



 その瞬間アストの足元が突然輝きだし、光が彼を包み込んだ。光は一度だけさらに強く輝き、すぐに光が治まるとそこには既に彼の姿は無かった。










 国境から十数キロ離れた場所に佇む巨大な屋敷。街中故に周囲は他の建築物で溢れているが、この屋敷だけは別格の雰囲気を放っていた。


 何故ならその屋敷は国境防衛の3分の1を担う『クローマ侯爵』の屋敷であるからだ。一見すると、ただ巨大なだけの豪邸に見えるがその実態は難攻不落の巨大要塞である。建物のあらゆる場所に魔方陣及びトラップが設置されており、何人もの兵士が駐屯している。


 その戦力は凄まじく、かつて帝国がこの屋敷だけを陥落させるために二個師団も用いて攻めたことがあったが見事に撃退され、以降進行作戦攻略地域から除外されている。もっと簡単に言うなれば『攻略を諦めた』ことに他ならない。


 さて、そんな無敵と名高い要塞の中で最も守りが堅いとされる『侯爵専用執務室』が突如輝きだした。その部屋の主は光の発生源を一瞥だけし、依然として執務机に積み重ねられたままの書類作業を続行し始めた。やがて光は治まり、その中央部分に一人の人間が立っていた。



「アスト・フランデレン一等武官、ただいま戻りました。」



「御苦労、まずは座りたまえ。」



 独特な装飾が施された神父服のような服装をした部屋の主『リンデバルド・クローマ侯爵』が呼び出した人物、姿勢をピンと立たせたアストが居た。それに特に見向きもせず、クローマ侯爵が一言だけそういった瞬間、部屋の壁際に置いてあった椅子が勝手に滑るようにアストの元へ近寄ってきた。彼は言われるがままにそれに座る。

 本国中央部と違い、国内最前線ともいえるこの地域は比べ物にならないくらい忙しいため、片付けなければいけない書類の数は半端無い。そのため一秒でも時間が惜しいらしく、アストは執務室で侯爵と目を合わせたことが無い…。


 部屋から出た瞬間きさくなオッサンに早変わりするのだが残念というか、ご愁傷様である…。



「救出任務の方はよくやってくれた、伯爵も礼を言っていたぞ?」



「いえ、自分の任務を真っ当したに過ぎません。」



 手と視線を書類に向けたままクローマ侯爵が口を開いた。アストもこの状況にはもう慣れたので普通に返事をする。キレ気味の彼女に遭遇したこともあり、疲れたので部屋に帰りたいのだが、早く終わらないものだろうか…。





「で、縁談(お見合い)の話なのだが…。」




 ガタン!!と音を立てながらアストは椅子から転げ落ちた…。まさか、いきなり彼女がキレた原因の話題になるとは思っていなかったからだ。だが上司の手前、アストは狼狽しながらも椅子に座り直した…。



「…大丈夫かね?」



「は、はい大丈夫です…。」



「どういうわけか君がこの手の話を嫌がってるのは知っているが、今回は頼むよ…。」



 相変わらず書類作業を止めずに話し続けてくるのだが、明らかに疲れた口調に変化している。どうやら今回の相手はヤバイらしい…。


「何故自分などに縁談の話が次々くるのか理解できません…。」



「こっちはそうまでして自身のことを過小評価する君のことが理解できんよ。」 



 ぶっちゃけアストは女性にモテモテである。本人はそれを自覚しているが、何故そうなったかは理解できていない。見た目はそこそこ、実力も地位も中間。おまけに訳ありな素性…。こんな自分に近寄る理由なんて無い…。


 それが、王国中の男達が聞いたらブチギレそうなアスト(謙虚坊主)の自分自身への評価である…。


 実際、癒し系と優男の良いとこ取りしたような容姿をしており、女性を無意識に惹かせるには充分である。おまけに彼が所属してる『魔法近衛騎士隊』はマルディウス王国最強と謳われるエリート部隊であり、その時点で一般魔導師とは比べ物にならない地位である。しかも彼は男爵…。


 純粋な女の子も欲望だらけで汚い奥様方も含め、アストに惹かれる女性は山程いるのが現状である。



「前も言いましたが、僕には心に決めた人がいるんです。だからこういう話は…。」



「それは分かっている。そのせいで、今まで君の代わりに何回私が頭を下げる羽目になったか分からなくなってしまったがな…?」



 侯爵は手を動かしたまま一瞬だけアストをジロリと睨みつけた。その視線にアストは思わず目を逸らす…。今までアストの代わりに縁談の話を断っていたのは彼の直属の上司であるクローマ侯爵である。それ故、彼の仕事内容に縁談を断った貴族の御機嫌を取り戻すための『接待』が追加された…。



「私は君の養父が直接指名した後見人だ。だからこそ私がこの話に関わらなきゃならないのは分かっている…。だがな、独り身の私がワザワザ見合いの話…しかも毎回断りをいれなければならないこの現状は精神的に辛いのだよ。」



「……なんか、すいません…。」




---男、リンデバルド・クローマ、49歳、独身。爵位は甥っ子に譲る予定。




「そういうわけで、1回くらい引き受けてくれないかね?」



「だ が 断 る !!」



「【Wasuteriya Iriyosiya…】」 



「取り敢えず相手は誰ですか?」



 大規模破壊魔法の詠唱を唱え始めたので即座に態度を改めたアスト…。視線だけでなく書類に記入を続けていた手まで止まっていたところを見ると、恐らく本気だったかもしれない…。


 だが、どうせなら魔法を喰らった方がマシだったと痛感した…。 



「…『インダルディア家』の次女だ。」



「インダルディア家!?『六王家』のですか!!?」



 現在、マルディウス王国には初代国王の直系が6つ存在する。その六王家は国家運営に関わる『政治』『経済』『武力』『宗教』『法務』『技術』の六つの要職をそれぞれ取り仕切っており、王国の繁栄を保っているのだ。


 そして『インダルディア一族』は代々王国の『武力』を担っているのだが…。



「それこそクローマ侯爵や他の公爵にその話がいくのでは?」



「…インダルディアの次女様は、今まで身分を隠しながら従軍していたそうだ。」



「…はい?」



 話によると、その御嬢様は家名に頼らずに自分自身の実力を評価してもらうため、偽名を使いながら王国軍に入隊していたそうだ。実際、従軍中は獅子奮迅の活躍を見せたそうだが…。



「ところが去年のある日、調子に乗りすぎて敵にすっかり包囲されてしまったらしくてな…。死ぬのを覚悟して最後の抵抗を行おうとしたその時、お前が周囲の敵を殲滅して救出したそうだ。」



「…その時にですか?」



「君が王子様に見えたと言っていたぞ?」



 それを聞いた瞬間アストは頭を抱えた…。よりによって六王家の御令嬢に惚れられるのは光栄であるが、今の自分にとってそれは非常に困る。



「その様子から察するに、やっぱり嫌なのか…?」



「はい。ですが流石に不味いですよねぇ、王族の人は…。というよりその方の名前は?」



「本名は『アリシャ・インダルディア・カリーヌ』。従軍時の偽名は教えて貰えなかった。あと、君が同じように救出した魔導兵は腐るほどいるから誰なのか推測もできん。」



「…そうですか。」



 せめて前情報でもあれば断るための方法が思いついたかもしれなかったが、やはり駄目そうである。さらに落胆したような表情を見せたアストだった…。が、その様子を確認したクローマ侯爵がおもむろに一枚の書類を飛ばしてきた。その一枚の書類はアストの目の前で空中停止し、フヨフヨと浮遊した。



「…『長期間遊撃任務』?」



「君が縁談をよく断るという話がようやく広まったらしくてな、インダルディアの方々も耳に挟んでたらしい。そこでどういうわけか、縁談を断る代わりにこの任務を引き受けろとのことだ…。」



 基本的に軍の仕事に不満の無いアストは、何故このような回りくどい方法を?と、疑問に思ったがよく内容を確かめるうちに納得した。



「"空賊"との合同作戦ですか…。」



「そうだ。王国全体の気質は君も理解しているだろう?」



 マルディウス王国の民は皆魔力を持ち、魔法を扱う自分たちに誇りを持っている。その反面、魔力を持たない空白地帯の亜人やキルミアナ帝国の人間は見下す傾向にある。ましてや、自分たちが神聖視する魔法を犯罪に使う時もある空賊や盗賊の類は憎悪の対象に入っている。


 魔力を持った人間…『魔人族』の国であるこのマルディウスに一部の例外を除いて、空賊と共に戦おうなんて輩はこの国にいないに等しいのだ…。




「それでは、喜んで引き受けましょう。」




---もっとも、彼はその一部の例外の一人なのだが…。




「…君は本当に物好きな奴だ。」



「何とでも仰ってください。とにかく、これで縁談の話は無しですね?」



「あぁ。ただ監視役のためにインダルディア家から数名、君について行くそうだが平気かね?」



「構いませんよ。」



 何はともあれこれでお見合いの話は無しになったのだ。これでフィノーラを泣かさずに済む…。今のアストの頭の中はそれだけで一杯だった…。


 故に油断していた分、一層驚く羽目になった…。




「では、こちらの話は済んだ。入ってきてくれたまえ。」



 クローマ侯爵のその言葉と同時に、アストの背後に位置する扉が静かな音をたてつつ開かれた。つられてアストは後ろを振り向いた。



「失礼します。」



「……え…?」



 後ろにいたのは自分と年齢が同じくらいの青年が居た。昔の船乗りが被ってそうな黒い三角帽子から金髪を覗かせ、白いズボンと黒いチョッキの上に蒼いコートを身に纏っていた。腰には黒いサーベルが携えられている。


 その姿を見て呆然とするアストを余所に、クローマ侯爵は口を開いた。




「彼が今回の任務で君と協力することになる空賊達の船長だ。君も名前くらい知ってるだろう?」



---名前どころか、彼の性格も好みもよ~く理解している。何故なら…。








「お初にフランデレン卿。『蒼風一味』頭目、『ヴィリアント・リーガ』と申します。」






---妙に様になっている御辞儀をして名乗った蒼い瞳の彼は、今度会ったら一発殴っとくと決めた…。






「以後お見知りおきを……。ボソッ(相変わらずのバカップルが…。)」






---大切な親友なのだから…。










(お~お~、驚いてやがるなぁ…?)



 2年前、とある遭難事故がキッカケで縁ができた親友の一人のうろたえる様子を、ヴィリアントは笑いを堪えながら見ていた。アストが転移魔法でこちらに来る前から部屋の外で待たされていたのだが、フィノーラ一筋であるアスト(バカップル)の片鱗が少しだけ聞こえてしまい、少々うんざりしていたのだが…。



「…どうしたのかね、アスト?」



「あ、いえ申し訳ありません!!自分は魔法近衛騎士隊所属、アスト・フランデレン一等武官です。しばらく厄介になります。」



 クローマ侯爵に言われ、ようやく我に返ったアストは慌てて返事を返す。そして互いに手を握り、どこか他人行儀な会話を始める。魔衛士と空賊が親友同士というのは世間的によろしくないため、2人とも初対面のフリをするが、互いにアイコンタクトでだいたいの意思の疎通を行っていた…。


「しかし、あの悪名高い『蒼風一味』と一緒になるとは…。(本当に久しぶりじゃないか。みんなは元気かい?)」



「こちらこそ、王国どころか帝国にまでその名を轟かせる『マルディウスの黒牙』を自分の船に乗せることができるとは身に余る光栄でございます…。(元気過ぎて困るくらいだ…。そういえば、フィノーラにこの前会ったぞ?)」



「どうです?この後親睦も兼ねて飲みにでも?(そのことについて問い質したい事がある。)」



「いいですね、是非とも御一緒させていただきます。(え?俺、何かした…?)」




「…君たち、本当に初対面なのかい?」



「「そうですが、何か?」」


 完全に息ピッタリだが、そこまで即答されると何も言えなくなるクローマ侯爵だった…。実際、アストが他の者達より変わっている所など数えればキリが無いので、いちいち気にしていたら埒があかないのだ…。



「まぁ、いい…。私からは以上だ。任務の詳細はそのうち追って報告する。今日はその親睦会にでも行ってくるといい。」



「はい、感謝します。では…。」



「うむ。」



 やや長い話も終わり、アストとヴィリアントは侯爵執務室から退室していった。扉を閉める直前2人の耳に…



「飲み会か………私は5年前の就任式以来、誰にも誘われておらんよ…。」 



 悲しい呟きが聞こえた気がするが、無視した…。










「ヴァン、改めて久しぶり。」



「お前も相変わらずそうで何よりだ、アスト。」



 廊下に出た2人は早速歩きながら会話を弾ませていた。途中、屋敷の人間とすれ違うたびに空賊であるヴィリアントは白い視線を向けられたが、彼は特に気にしなかった。



「ん?…そのバンダナは?」



「あぁ、これか。ただのお洒落って奴だ。」



 帽子でよく見えなかったが、ヴィリアントの額には赤い布に黄色い波模様が入ったバンダナが巻かれていた。本人はお洒落と称しているが、ぶっちゃけ微妙である…。

 下手すると地雷な気がしたのでアストは早々に話題を変えた。



「それにしても、まさか君がマルディウスと手を組むとはね…。」



 彼の性格上、人種差別の激しいこのマルディウス王国と手を組むことはありえないと思っていたからである。空白地帯を根城にする彼らの仲間達は亜人や非魔人族も普通に含まれている。そんな彼らを存在ごと否定しようとする王国を彼は常日ごろから毛嫌いしていた。



「まぁ、そのうち帝国か王国のどっちかに付こうかと思ってたんだが…。」



「だったら尚更なんで…?」



「船は帝国の方が上等だった。」



「……まさか、君…。」



 対空防御と砲撃魔法が異常に特化したこの世界で、戦場から航空機や大型飛行船の活躍の場は急速に消滅していった…。だが、科学技術の結晶とも言える航空機の開発を帝国は諦めずに未だに行っており、そこから漏れた技術を空賊が利用しているのだが…。






「帝国から飛行船を直接パクったのか…?」



「御名答。その日警備を担当していたフィノーラ達に殺されかけたぜ…。ま、その御蔭で王国の信頼と新品の船が手に入ったから一石二鳥、気分は上々さ。」




 正直、呆れるしかなかった…。このマルディウス王国並みに警備体制が半端無い帝国に潜入するだけならまだしも、そこから巨大な飛行船を強奪してそのまま逃げ切るなんてマネが出来る奴は王国どころか世界中を探してもいないだろう…。

 

 おっと、そう言えばその時にフィノと会ったということは…。




「ヴァン……君、その時フィノに何を言ったんだ?」



「へ?……あ…。」




 途端に顔を真っ青にし始めたヴィリアント…。どうやら、とんでもないことを言ったようだ…。




「わりい、アスト…。フィノーラに追い詰められた時、逃げる隙を作る為にデマカセを…。」 



「……へぇ、どんな?」




「『アストが浮気相手とお見合いするらしいぞ!!』って…。」






---その日、クローマ侯爵の屋敷に爆音と空賊の悲鳴が響いた…。










「…今の音はいったい?」


 

 深緑色のポニーテールを靡かせ、白い制服に身を包んだ彼女は腰に付けていた剣を抜いて周囲を警戒した。


 魔導師隊所属の彼女…『アイカ・クラリーネ』二等武官は、訳あって自分の部隊の管轄外であるクローマ侯爵の屋敷に来ていた。屋敷の主が居るであろう執務室に向かっていたのだが、その途中で屋敷全体に大きな音が響いたのだった。


 途端に屋敷中が慌しくなる…。



「何事だ!?敵襲か!?」



「うろたえるな!!守護隊は各自の持ち場に着け!!」



「一番隊、二番隊は音の発生源に向かえ!!」



 所属は違えど同じ王国軍。何か手伝えることはないかと近くに居た兵士に声をかけようとしたその時、拡声魔法による放送が屋敷に流された。声は屋敷の主、クローマ侯爵のものである…。



『あ~ぁ~、マイクテステス……。屋敷中にいる全兵士に告ぐ。今の爆音はささいな事故である、よって警戒を解いてよし。繰り返す、警戒を解いてよし。尚、命が惜しい者はこの屋敷に招かれた空賊と荒ぶる一等武官を見かけても近寄らぬこと。…以上だ。』 



 それを聞いた瞬間、屋敷中の人間は慌てて部屋に逃げ込んだ。その様子を不思議に思ったアイカは、近くに居た一人に声をかけた。



「失礼。これはいったい何なんですか?」



「何を言って…あぁ済まない、別の部隊の人か…。悪いことは言わないから早く避難しろ。空賊は知らないが、『荒ぶる一等武官』はヤバイから。」



 そう言って彼はさっさと近くに入った部屋へ逃げ込んだ…。すると、自分の居る廊下の奥の方から何かが聞こえてきた…。


 よく耳を済ませてみるとそれは、何かが走る音と誰かの叫び声だった…。




「すま~~~~~~~ん!!だから勘弁してくれえええええええええええええ!!」




「許さない。」




 アイカはその2人に見覚えがあった。叫びながら走り続ける金髪の男は確か空賊…。そして、その男を両手に魔法陣を展開しながら追いかける黒髪の人物は…。



「フランデレン一等武官!?」




 自分がこの屋敷に来た一番の理由が、無表情という恐ろしい表情で空賊を追いかけていた。必死の形相で逃げ続ける金髪の男は尚も叫ぶ。



「結果的に嘘は言ってないだろ!?」



「浮気してない。」



「問題の縁談は俺の御蔭で断れたから別にいいだろ!?」



「関係ない。」



「頼むからいい加減許し…!!」



「断る。」



 同時に放たれる魔法。再び爆音と悲鳴が響く…。


 どうやら痴話喧嘩のようだ…。それよりも会話の内容から察するに、自分の思い通りになったようだ。彼女にとってはそれが重要である。






「……やはり縁談は断ってくれましたか。ありがたいことです。それではフランデレン郷、近いうちにまたお会いすることになるでしょうが、それまで御機嫌よう…。」



 

 侯爵の執務室に向かう彼女の足取りは、心なしか先程より軽いものになっていた…。

  

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