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序章 黒と紅の戯れ

主人公の新しい名字を月見ココアさんからいただきました。


ココアさん、本当にありがとうございます。


『アスト・レナードミータ』改め『アスト・フランデレン』を宜しくお願いします!!


(運が無い…まったく持って運が無い!!)



 かつて、戦火によって一度焦土と化した『イトリア無法地帯』。現在では長い年月を掛けたその結果、当時の面影を一切感じさせないほど自然が戻っていた。


 

 大地を見渡す限り森の木々が立ち誇り、小川のきらめき、風の囁きなど。そこに立っているだけで何もかも忘れて癒されることができる…。



「ド畜生がああああああああああああああ!!」



 そのような光景も、宝石を埋め込んだ杖を握り締めながら、ひたすら走り続けるこの少年には邪魔な障害物にしか見えていないだろう…。何故なら、この少年の耳に聞こえてくるのは風の音だけでも、動物たちの鳴き声だけでもなく。


 銃声・・罵声・・も含まれるからだ…。



「止まれ!!逃げ続けるなら撃ち続けるぞ!!」



「構わん大尉、撃て!!」



「了解!!」



 背後から僅かに聞こえた会話から悪寒を感じ、少年は咄嗟にわき道へ飛びのいた。すると、案の定自分が居た場所を青白い閃光の嵐が吹き飛ばした…。もしも先ほどのように走り続けていたらと思うとゾッとする…。まず、間違いなく挽き肉ぐらいにはなっていただろう…。



(リニアマシンガン…『対魔装甲機兵団』がいるのか!?)

 


 先ほどの破壊の嵐の正体を推測し、撃った相手の正体を予測して彼は絶望した…。科学主義国家『キルミアナ帝国』の精鋭部隊の恐ろしさは身を持って知っている。たった一小隊で、こちらの一個大隊を壊滅させられたこともあったのだ。


 とにかくこの場を切り抜けようと思考をフル回転させようとするが、それを遮る様に敵の隊長の声が響いた…。



「さぁ、大人しく投降しろ!!そうすれば命までは奪わん!!」



 八方塞りに近いこの状況…だが、彼の選択肢に降伏の二文字は存在しなかった。飛び込んだ草むらに隠れながら既に詠唱を済ませ、反撃に移る。




「…我々マルディウスの民に、貴様らキルミアナの猿共に垂れる頭は無い!!【Elenue korumo・いでよ鎧蟲】!!」



 その瞬間、彼と敵部隊のちょうど真ん中あたりに魔方陣が出現した。魔方陣は一瞬だけ光強く輝き、その場に居た全員の視界を遮る。やがて光が収まるとそこには、戦車並の巨体を持った蜘蛛とカマキリを混ぜたような蟲の怪物が立っていた…。


 彼の切り札とも言える『次元生物召還魔法』。その技は帝国兵を動揺させるだけの脅威を持っていた。相手方のどよめきがこっちにも聞こえてくるくらいだ…。



「しょ、少佐!!」



「落ち着け馬鹿共!!総員、密集形態。一斉射だ!!」



「「「「了解!!」」」」



 指揮官は優秀のようで、部隊に走った動揺を瞬時に収めてしまった。だが、彼は嗤う…。この『鎧蟲』にそれは悪手だと…。


 彼の無言の命令に応え、鎧蟲は帝国兵に向かってゆっくりと歩み始めた。同時に帝国兵達も自分たちの銃口から火を吹かす。そして、最初に悲痛な声を上げたのは帝国兵だった。



「駄目です!!まるで効いてません!!」



「諦めるな、撃ち続けろ!!」



「く、くそおっ!!」



 彼らの放つ銃弾は鎧蟲の甲殻を貫くことができず、全て跳ね返されてしまっていた。まるでジワジワと精神的に嬲り殺すかのごとく、鎧蟲はゆっくりと帝国兵達に近づいていく…。



「……愚かな猿どもに神の裁きあれ。さらばだ…。」



 帝国兵達の目前まで迫った鎧蟲を見やり、己の勝利を確信した緑髪の青年。彼は片手で十字架を切り、敵に背を向けてその場を立ち去ろうとした…。


 やがて自分の耳に聞こえてきたのは、何かを切り裂く音と…








『ぎぎいいいいいいぎぃいいぃぃいいっっっ!!!?』






---鎧蟲の断末魔だった






「な、なに!?」



 慌てて後ろを振り返るとそこにいたのは、先ほどまで絶望の色に染まっていた筈の帝国兵役12名と…。自身の召還した鎧蟲を手刀・・で貫いている…







『全員御無事ですか、少佐?』





---紅い装甲機兵が居た…





「で、でかした大尉!!」






 音声機越しに聞こえてくる高めの声からは、完全に余裕の雰囲気を感じられた…。あの紅い装甲機兵は自分の切り札を、片手間にハエを追い払うかのように片付けたというのか?


 少年が激しく動揺しているのを余所に、紅い機兵は貫いた鎧蟲を無造作に投げ捨てた。そして装備していたダガーナイフを手にした。



(いや、待て…紅い装甲機兵?)



 彼は視線の先にいる装甲機兵を凝視する。ボディスーツの上に防弾チョッキとヘルメットを装備しただけの一般帝国兵とは違い、対魔装甲機兵団は全身を機械的なアーマーで覆っており、さらにフルフェイスのメットを装着しているのが普通である。


 目の前の機兵も例外なく同じような形をしているのだが、全身が紅い。バイザーから除く水色の光と、各部に付けられたセンサー類の緑色以外とにかく紅い…。



(ま、まさか…)



 そこで彼は思い出す。かつて、王国軍一個師団を一人で壊滅に追いやった災厄の死神。王国にすら一際轟く帝国軍最強と名高い紅のエース…。幾人もの魔導師を屠り、装甲の色が変わるほどの血を浴びたとさえ言われる死神、『返り血の鉄騎』。通称…。




「まさかお前は『クリムゾン・ストライカー』!?」



『ほう、私のことを知っていたか…。』



 今度こそ彼は絶望した…。ただの一般魔導兵が帝国の精鋭…しかも最強と名高いエースに勝てる道理なんてあるわけないのだから…。



「う、うわわわ…!!」



『どうした?私たちキルミアナの猿に裁きを与えるのではなかったのか?』



 いつの間にか立場はすっかり逆転していた…。紅い死神は、まるで彼が恐怖で絶望する様子を楽しむかのように、ナイフを片手に徐々に歩み寄っていった。哀れな若き魔導兵は腰を抜かしてしまい、その場から動けなくなっていた…。




『少佐、この者は生け捕りでよろしいですか?』



「あぁ、構わん。頼むぞ大尉。」



「く、来るなぁ!!」



 戦意を喪失した彼に、戦う気力はもう無かった…。彼の視界に移る紅い死神に向かって、ただ叫びながら這うように逃げるしかなかった…。


 だが、やはりそれも長くは続かなかった。すぐに追いつかれ、紅い死神はナイフを振り上げ…。




『諦めろ。そして終わりだ…。』



「う、うわああああああああああああああああああああ!!」



 

 それを振り下ろした…。






---ガキンッ!!





「ッ!?」



『なっ!?』



「馬鹿な!?」



 その場に居た全員が動揺の声を出した。何故なら、若き魔導兵に向かって振り下ろされた刃が横から突き出された何かによって防がれたからである。鎧蟲を貫く腕力を持った紅い装甲機兵の一撃をだ…。



(こ、これはいったい?)



 若き魔導兵は自分を守った何かを凝視した。よく見るとそれは、自分の杖『ジュエル・スタッフ』と同じものであることが分かった。ただ、違うところが一つだけあった…。


 スタッフには魔法の補助のために鉱石や宝石を埋め込んだりするのが普通である。そのため彼も自分の杖に小粒のエメラルドを埋め込んでいるのだが…。



「なんだ、このサイズは…?」



 目の前の杖の先端に付けられた、槍の刃を模した水晶は横幅5cm、縦幅30cmはあった。



「お~い、大丈夫かい?」



「はっ!!すいません、ありがとうございま……っ!?」


 目の前の杖にばかり視線がいってしまい、持ち主のことを全然見ていなかった…。声を掛けられ、ようやく視線をそちらに移すと、彼は再び戦慄した…。


 杖の持ち主はフード付のローブを身に纏い、控えめな装飾の付いた軽鎧を身に着けていた。この格好はマルディウス王国最強を冠する、とある部隊の格好なのだが、彼が驚いたのはそこではない…。


 深く被ったフードから覗く黒い髪と妖しくギラつく黄色い瞳。そして、槍に模した形のスタッフと巨大な水晶…。これらの特徴は、彼の記憶にある猛者の特徴と一致していた…。




「あ、あなたは『魔法近衛騎士隊』の『アスト・フランデレン』!?」



「ん、そうだけど?」



---『マルディウスの黒牙』と恐れられた彼の返事は軽かった…。










(さてと、どうしようかな?)




 駆け出しの一般魔導兵であり、貴族の息子であるこの少年を救出しにきたものの、目の前にいる彼女・・が簡単に逃がしてくれるとは思えなかった…。現に今も彼女はアストが杖で防いでるナイフに込める力を緩める気配が無い…。


 ここ最近会えなかったから怒ってるのか? 




「やぁ、フィノ。元気だったかい?」



『……。』



「…あれ?」




 とりあえず挨拶くらいはしておこうかと思い、一言喋ってみたが無反応…。否、ナイフに込める力が増した。ちょっと辛くなってきたかも…。


「フィノ?」



『…アスト。』



 ようやく言葉を返してくれた彼女…『フィノーラ・ヴェルシア』の声は異常に低かった。ほんの一瞬だけ怯んでしまい、杖を落としそうになる。



「な、何かな…?」



『取り敢えず久しぶりに会えて色々話したいことがあるが、まずは聞かせろ…』



 ツバ競り合い状態なため、互いに至近距離でボソボソと会話する2人。周囲の人間には2人の会話は聞こえない。









『どこぞのお嬢様とお見合いするって話は本当なのかしら…?』







「ぶっ!?」



「おわ!?」



 激しく動揺してしまい、力が緩んでしまったせいで押し負けて吹っ飛ばされてしまった。そのままフィノーラのナイフは救出対象の少年兵に向かって振り下ろされたが、彼はギリギリで回避したようだ。鎧蟲を貫いた腕力を持って振り下ろされたナイフは、地面にクレーターを作り出した…。


 だが、依然として…むしろ一層のこと強烈な殺気を纏ったフィノーラにアストは恐怖した。どうやら久々に本気でキレているようだ。その様子に衝撃を受けたのは彼だけではないようで、帝国兵達も顔面を蒼白にしていた…。




「ま、待つんだ大尉!!標的は殺してはならんぞ!?」



『止めないで下さい少佐。私は今すぐにでも目の前の馬鹿と、マルディウス王国の貴族娘を全員フクロ叩きにしなければいけないのです。ご安心を、標的は多分・・死なせません。』



「多分!?……駄目だこれは…総員、魔衛士は大尉に任せて我々は標的を確保するぞ!!」



「「「「「りょ、了解!!」」」」」」




 触らぬ神に祟りなし…そんな雰囲気をかもし出しながら、帝国兵達は護衛対象である少年兵に向かって駆け出そうとした。だが、それを黙って見過ごすほどアストも甘くは無かった…。

 


「【Qourumu Desutia Jeharde Roumu 跳べよ兵士】!!」



『クッ!?遠距離転移魔法…!!』



「マズイ!!逃がすな!!」



 アストが詠唱を終えた瞬間、少年兵の足元が輝きだした。少年兵がアストの方に顔を向け、感謝の言葉を紡ごうとした時には既に遠くへ転送され、消えていた…。


 自分たちの任務が失敗したことを悟り、歯軋りする帝国兵の指揮官。その恨みを晴らすべく、敵意をアストに向けた。




「おのれ…。せめて奴だけでも仕留めろ!!遠距離転移魔法は連続して使うことは出来ない筈だ、ここで生きて帰すな!!」



(さて、彼は部下たちに指定しといた場所で保護してもらった筈だから、これで任務終了だな…。)




 だが、仕事を終えたアストは既にオフモードに入りつつあった…。帝国兵の怒気など何処吹く風とでも云わんばかりに帰ってからのことを考え始めていた。 



「…と、その前にフィノ!!」



『何よ…?』



 女口調になってるってことは、本気の本気で怒って…いや、これは拗ねてるのか?下手すると泣いてる?心なしか『グスッ』と聞こえたが…。


 魔法で彼女の無線に割り込みながら、彼女の仲間達に聞かれないようにしつつもハッキリと伝える。



『お見合いはただの社交辞令だから!!絶対に最後は断るから!!』



『ほ、本当!?』



 ヘルメット越しの彼女の表情がキラキラと輝いたものになっていくのが容易に想像できて、アストは少しだけ悶えそうになった…。



『本当だから!!3人で遭難したあの日から僕は…』









---君だけを愛してるから!!










『……ふぇ…///』




「スキあり!!」 



 もう何度か聴かされた筈の言葉にも関わらず、フィノーラは自分の装甲のカラーリング並に顔を真っ赤にしていることだろう…。ぶっちゃけ、アストの顔も真っ赤だが…。そのまま思考が固まって動けなくなった彼女を放置し、彼は駆け出した。


 まさかフィノーラが敵を素通りさせるとは思わず、帝国軍の指揮官は声を荒げた。



「何をしているんだ大尉!?」



『はっ!!しまった!!』 



「じゃ、またねフィノ!!いつも言ってるけど、あれは本心だからね?【Hikurulaito】!!」



 去り際に残した言葉と詠唱が終わった瞬間、転移魔法とは違う明らかに目潰し用の閃光が輝いた。その場に居る全員が目を抑えてしまい、気づいたときには既にアストの姿は無かった…。


 残っていたのは地団駄を踏む帝国兵達と、まだ顔が赤いままのフィノーラだけだった…。










「…フィノに誤解するように話したのは、アイツかな?今度あったら殴っとこう……。」



 かつての…もう一人の遭難仲間に恨み言を呟きながら、アストは王国への帰路へとついた。まさか、殴ると決めた本人が帰還場所で彼のことを待ってるとは思わず…。

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