それは舞い散る
柊が俺たちの教室から帰ると入れ替わりで一限国語の教師が入ってきた。授業の始まるほんの前に彼方はぼぞり「最低ね」と呟いていた。心にグサリと何かが刺さった気もするが、自分が今日と言う日を無事に過ごすためにはこうするしかなかった。不本意ながらも俺はこの策が最善なんだと自分に言い聞かせることで罪悪感を拭っているフリをした。実際のところは罪悪感などほんの少ししか感じていない。
柊の好意を利用する形となってはいるが、どうだ。昨日からの奴の行いに比べれば俺の悪意など善意と変わらない。言うなれば、柊に購買の使い方を教えた対価として俺の分のパンもついでに買ってきてもらう。ただそれだけのことだ。
起立礼の掛け声と共に一限の授業が開始された。
教壇の上では万年女日照りのハゲ教師三十歳が巧みににチョークを使いこなし、恐ろしく達筆な字で板書していた。相変わらず達筆すぎて読めない字を自慢するかのようにカツカツとチョークの音を響かせリズムに乗って暗号を書き続ける。
「そう私は我慢できる女なの。美しくも儚い先生の字はノートに書くのは恐れ多くあり、何より、生徒の気持ちを一番に考えている先生の気遣いに涙がでそうになる。それでも私は我慢しないといけないの。何故なら・・・・・・私は我慢できる女なのだから」
新庄だ。相変わらず突然しゃべりだす奴だが、先生が叱ることはなかった。それどころか新庄の言葉に若干浮かれているようにも見えた。それはそうだ。新庄は綺麗だ。純水にそう思えるほど綺麗だ。新庄自身は彼方より劣っていると口に出しているところを多々耳にするが、実際男子の評価は五分五分と言える所だろう。
そんな女生徒に褒められれば誰だって浮き足立ってしまう。まぁそれが本当に褒め言葉ならだが。
俺たちは、浮き足立っている先生をあきれた目で見ていた。生徒に背を向けひたすら板書する先生の顔はだらしなく緩みきっていることだろう。
しかし、実際新庄が言いたかったことはそうじゃない。わかりやすく言えば「私はそろそろ我慢の限界だ。醜く汚いその字は解読はおろか、そのままノートに写すこともままならない。何より生徒の気持ちをまったく考えていない先生の愚かな心の持ちようには涙すら流すのはおしい」とまぁこういったところだろうか。
ゆえに俺はそのまま、新庄の言葉を訳し、先生に伝えることにした。すると先生のハゲ頭からわずかに残る髪の毛数本が抜け落ちた。きっとストレスでも感じたのだろう。
ハゲ頭のハゲ部分に怒りマークを浮かべ強く拳を握り締めイライラを溜め込んでいる様子がよくわかった。
「先生。ストレスを溜め込むのは良くないと思います。ハゲに悪いですよ?」
「ハゲじゃなくて髪だろうが長谷川! あまり先生をからかうのもいい加減にしなさい」
からかったつもりは一切なく、勘違いをしている先生に生徒が失笑していた。
「っそ、それにな、新庄の言葉を曲解して言うなんてな、長谷川お前そのうち新庄に嫌われるぞ?」
「いいえ、先生。私は彼のそういうところが好きなの」
少し得意げにになっていた先生の肩がガクッと落ち、その衝撃で髪が数本抜ける様はさすがに可哀想でもあったため俺は見てみぬ振りをした。
その授業の間、国語教諭のテンションはガタ落ちし、その字はさらに達筆となった。