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内緒なパシリ?

こうして俺達は別々の道を行く。

 と言うのが昨日の話だったのだが、果たしてその後の出来事をどう伝えるべきか。有りのままを伝えるのも一つの手ではあるが、その後の男子ども、いや女子も含めての反応が怖い。

 かと言って、今将吾や聞き耳を立てている奴らを納得させることができる言い訳をすぐには思いつかないのも事実。どう伝えるべきか悩む俺を将吾はにやにやしながら待っていた。

 俺がそのまま悩み続けているとほんのわずかだが教室がざわついた。聞き耳を立て視線を俺にぶつけることに集中していたクラスの気が散っている。気づけば将吾の視線すら俺から外れていた。将吾は俺の肩を軽く叩き、戦慄するように廊下側に指をさす。

 時刻は八時五十分。一限まで後十分というこのタイミングで柊は現れた。

 空気が凍る。誰もが柊に視線を向けそして逸らす。見てみたくもあり、しかしそれは同時に危険な行為だと知る者は何度も顔を上げては下げるを繰り返していた。それも仕方がないことだった。

 かつて柊は人一人を視線だけで失神させた。その出来事は一瞬で全校へと広まり、在らぬ噂が流れたという結果を招いた。いわく、柊は人間にあらず。いわく、視線はメデューサのごとし、いわく絶対の支配者、etcだ。

 ようは柊と視線が合えば殺されると噂がながれている。実際それに近いことは何度もしていたし仕方なくはあるのだが、俺の知っている柊は無関係に人を傷つける様な人間じゃない。それゆえに柊が見世物のようになっていることが気に食わなかった。かつての自分を完全に棚上げしているが、それでも気に食わない物は気に食わない。

 だが、将吾だけは違った。多少驚きはしているものの、俺達に近づいてきている柊から目をそらすことはなく、むしろ期待感に溢れている様だった。

 邪魔な机をどかすように柊は歩いていた。時折、女生徒が息を呑んだような悲鳴を上げるが気にした様子はまったくなかった。

「雪人に用でもあんか?」

 そんな柊に将吾は挑むように声を掛けた。それは本来してはいけない行為であり、柊に触れることなかれ、話しかけることなかれが暗黙の了解となっていた。にもかかわらず、将吾は自らその暗黙の了解を破る。

 だが俺はそれがうれしかった。柊は本当は照れやで、急に話しかけられたりするとぶっきらぼうになってしまうだけであり、俺は今朝敬語を使うなといわれたばかりだ。

 だから、柊は人を簡単に傷つけたりはしない・・・・・・そう思っていたからこそ将吾の首が突然カクンと落ちたことに驚きを隠せなかった。

 誰もが息を呑んでいる。高校生といえば、体はほとんど大人そのものであり、ましてや男なら多少は頑丈だ。

 それゆえにだ。将吾がうめき声一つ上げずに気を失った事実に皆戦慄していたのだ。

「雪人、実は話が――」

「ストップ!」

「む!」

 俺の目の前で徐に口を開く柊に待ったを掛ける。

「柊。なんで将吾を気絶させた?」

「む? そいつは喧嘩を売っていた」

「え?」

 当然の疑問だった。どちらかと言えば将吾は友好的だったはずだ。視線は多少挑む形になっていたかもしれないがそれは仕方が無いことだった。何せ柊に視線を向けることが暗黙の了解を破っているからだ。

「私に眼を飛ばしていた」

「・・・・・・・」

「盆短ズボンのリーゼントはいつも眼を飛ばし喧嘩を売る。そして私は幾度となく買った。だがまさか雪人の友人が喧嘩を売ってくるとは思わなかった。喧嘩は常に先手必勝」

 そういうことかッ! つまり柊は勘違いして将吾に手をだした。ならばいままで向けられていた視線をすべて喧嘩の売り買いと勘違いしていたわけだ・・・・・・そんなバカな。

 唖然とする中、クラスは依然平静を保っており、誰一人口を開く事無く静観していた。

 彼方に目を向ければ、さも興味なさそうに窓の外も見ていたが、窓に反射するその視線は確実に俺を刺していた。

「そう、私は何時だって、静観するの。何をするでもなく、ただただ視線を向けるの」

 若干一名はどうやら静観の意味を知らないようだった。

 さて、雑音のない空間とはどうも居心地が悪かった。それは柊も同じなのか、はたまた気にならないのか。表情の変化が乏しく、声に抑揚があまりないためわからなかった。

「で、話って?」

 俺が暗黙の了解をあまりにも軽々しく破ったことに誰しもが驚きを隠せていなかった。先の将吾を見ただろう。何故そこまで愚かなのか、お前は自殺志願者か、それともガチで殴られ喜ぶエムなのか・・・・・・皆がそういう顔をしていた。だからこそ、柊が何のアクションも起こさず、普通に会話している様に唖然と口を広げているものが多かった。

「実は、弁当がない」

「は?」

「弁当をいつも持たせて貰っていたが今日はなかった。どうしたのだ?」

 柊は俺に手を伸ばしキョトンとしていた。自分が弁当を渡されなかったことが何故なのか、分らないと言った。

「まぁ待て柊」

「待つ」

「そうだな、仮に今まで、柊は弁当を持たせて貰っていた。それを俺がわかっていたとしよう。だが、だからと言って俺がお前に弁当を作り持たせるとは限らないだろう?」

「そんなことはわかってる」

 柊は心底あきれた表情で俺を見下げていた。愛も変わらず柊の方が背が高い。むしろ一日二日で三センチの差がある柊よりでかくなっていたらホラーだ。きっとその日の夜は骨の伸びる音で眠れないことだろう。

「私が言いたいのはお前が弁当を作ることは当たり前であり、私に弁当を持たせることが当然の義務であるということだ。お前の言う仮定の話は聞く価値はなかった。お前は私の望んでいることをする・・・・・・という当然の義務を忘れている」

 柊の傍若無人ぶりにはもうなれた・・・・・・というよりは、昔から俺のすぐ近くに我侭で力の強い子がいたためそういった言動の女の子にはなれていた。今更むかっ腹も立たない。

「わかった。それはわかった。今度からそうしよう。で、今は俺に何を求めて手を伸ばしてる?」

 柊は深いため息をつき、あきれていた。俺は何か間違ったことでも言ったのだろうか。いや、今の一言の中に間違いがあるとすればきっとそれは俺の知ったこっちゃないはずだ。相変わらず俺には柊がよくわからなかった。

「お前はバカか。私は弁当をよこせと言った」

「お前がバカだ! 弁当無いって言ったろ?」

「む!」

 柊は眉間に眉を寄せた。少し困っているようにも見えた。

「む、ぬぬぬ。じゃ、今日は私は昼抜きにしろと言うのか」

「いや、ほら学食とかあるだろう? 購買だってあるんだから」

「ぬッ! 私はさっきから言っている! 学食や購買の使い方がわからないからお前が教えてくれと。そして弁当をよこせと!」

「言ってねぇよ! いつ言ったよ! どこにそんなレクチャー頼む的な言動があった? 俺には伝わらなかったぞ!」

「ぬ! むむむ。自分の彼女の心くらい察しろ!」

「誰が彼女だ!」

 そのとき、クラスが驚きから絶叫したのは言うまでもないだろう。誰もがあいた口を塞ぐ事無くおっぴろげ、目を点にしていた。

だが、将吾は違った。いつの間にか復活した将吾はニヤニヤとした嫌らしく浅ましい笑みを浮かべると、

「ププッなんかうける」

 と言った。再び将吾の頭がカクっと落ちるまでにそうそう時間はかからなかった。一度眠れば深く、もう二度と起きないんじゃないかと思わせるほどに静かな寝息をたて、起きている内は、生意気で腹の立つ顔もこう眠っていると、これほどまでに可愛らしい寝顔なのかと関心した。

 俺は再び彼方に視線を送ると、やはり鏡越しにだが俺を鬼の形相で睨み付けていた。あの顔は俺以外の人には決して見せた事のない顔のはずだ。それどころか学校でアレほどまでに凄まじい形相の彼方を俺は始めてみた気がした。

 しかし、俺にはどうすることもできなかった。ここで言い訳は非難を呼び、柊の機嫌を損ね、あまつさえ彼方にまで飛び火すればもう収集の付けようがないのは明白だ。よって俺は、話の方向を戻すことにする。

「あ~あれだ。それくらい普通に頼めば教えてやんのに」

「バカめ。常に上目線の私だ。普通に頼むのは難しい」

 あ、そうですか。てか、常に上目線で話していると言うのは自分でも分っていた事なのか。

「しょうがねぇな、柊。手だせよ」

「なんだ?」

 柊がおとなしく手を差し出すと俺は、その手に千円札を一枚握らせた。疑問符を浮かべる柊に俺は優しい笑顔を送る。

「これで購買にでも行くといい。いいか? 昼休みが終わったらダッシュで、一階学食横の購買まで行くんだ。あそこは無法地帯だから横入りとかそんなん関係ない。人の山を掻き分けその頂にいる購買のおばちゃんに一声掛けるだけでいい。購買のおばちゃんにはこう言うんだ――おばちゃん、焼きそばパン二つとチョココロネ二つ。後、お~い粗茶を二本――こうだわかったか?」

 柊は俺のレクチャーを真剣に聞き何度も頷くとわかったと応える。

「ただ、何故すべて二つなのかわからない。私はひとつづつで、十分だ」

「確かに・・・・・・確かにその通りだ。お前ならそれで十分満足するだろう。けどな、もしかしたらすごくおいしくてどちらも二つづつ食べたくなるかも知れない。言うなれば保険だ。一度購買からでて、あとからもう一度購買に向かっても、もう何も残ってないからな。お前がつらい思いしないようにって、ちょっとした配慮だ。もしお腹いっぱいだったら半分は俺にくれればいいさ。お前の分も食べてやる。あとこの金は貸してやるから今度返してくれたらそれでいい。どうせお前カードしか持ってないとかそういった思考の持ち主だろ? 今度から気をつければいいからさ」

 柊ぎゅっと自分の制服の端を握った。クシャリと千円札のつぶれた音がする。

「お前は優しい。そこまで気を回してくれたか・・・・・・(私物と言うのは取り消して素直に・・・・・・)」

 柊は本当に感謝している様子だった。素直になれなかった私にここまでしてくれてありがとう。こんなに気を回せるお前はやはり優しいなとそう言っていた。

心が少し痛む。全校に恐れられている柊が素直に、そしてしおらしく感謝の意を示されるとそのたびに、俺の荒んだ心にチクチクと待ち針を刺したかの様な痛みを感じた。

 だがそれがどうした。普段弁当を作っている俺だが、今日は柊や彼方のせいでそんな時間もなかった。以前にも学食、購買に足を運んだことがあるが、あそこは素人が踏み込んでいい場所ではなかった。少なくとも俺にはあの山を登り、山頂までたどり着くなど不可能に感じられた。学食も同じだ。席取り合戦から食券の購入までが争いだ。人気メニューはうまいが、その分競争率も高くなかなか獲得できず、だからと言って不人気メニューはまずいし食えたものじゃない。

 しかし、柊ならどうだ。コイツならその圧倒的力と支配力で、バーサーカーとかし購買商品を目指す、愚かな者を苦ともせずその頂に立つことができるだろう。だからこそ俺は逆に感謝の意を込めて言おう。

「いいや、当然のことだよ(俺がメシを獲得するためにもな!)」



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