敬礼!
「って考えてたはずなのに・・・・・・いつの間にか放課後かよ」
一限から、放課後までフルに使って生き延びるすべを考えた俺だが、どうにもいい案は浮かばなかった。
休み時間、頭を抱え悩む俺に彼方は何度か指をパキパキならし変なアピールをしていたがすべて無視。だが今となっては彼方の案が最善策のような気もしていた。
「が、彼方はすでに帰宅済みだ。柊と俺が会ったらどうなるか、結果が気にもならないとは薄情な奴だ」
唯一俺を気にしているのは、ニヤニヤと笑う将吾のみだった。相変わらず憎たらしい顔をしている。
「なぁなぁ、行くのか? ついに行くのか? 行っちゃうのか?」
「お前、楽しんでるな? 自分のダチがひどい目に合うかも知れないってのに楽しんでやがるな!」
「っふっふっふ~、人の不幸は蜜の味! ましてお前の不幸なら蜂蜜の味だぁ! ならば楽しまなければと思ったまでさぁ。っても蜂蜜・・・・・・俺は嫌いだけどね」
「なら、楽しんでんじゃねぇよ!」
「それとこれとは話が別じゃん?」
「っぐ」
普段から俺と将吾は事あるごとに貶し合う関係だった。本当にくだらない些細なことでも相手に落ち度があればそこをっ手低的に攻め相手の地位を悪くする。それが俺とコイツのコミュニケーションの取り方。
最初こそ、みんなマジ喧嘩してるんじゃないかとはらはらした様子で俺たちを見守っていたが、今ではクラスの名物でもあった。
しかし、現状そのコミュニケーションはひどく腹立たしくもあった。いくらなんでも本当にピンチな時まで俺を攻めなくても良いじゃないか!
俺が苛立ちをあらわにし始めたとき将吾はふっと笑った。教室の入り口に手を掛け、俺に背中を向け口を開く。
「でも、まぁ本当はさ、お前が本当に苦しいって時助けてやれない自分が恥ずかしいんだぜ? もしお前がどっかの不良に呼び出されたってんなら俺も出張って行けるけどさ、呼び出された相手が女の子ってんじゃ、それがいくら柊って言っても俺は着いてく事できないしさ。ほらもしかしたら愛の告白かも知れないだろ? でもお前が結構マジに凹んでるからさ、俺は少しでもお前のテンション上げたかったんだよ。暗い会話する俺たちなんか詰まんないだろ?」
「将吾、お前・・・・・・」
「なんて、俺らしくないこと言っちまったな」
「いや・・・・・・なんかありがとな」
俺がそう言うと、将吾は少しはにかむように肩を揺らし扉に掛けていた手を動かすと、教室から一歩踏み出し、振り向いた。そして満面の笑みで、
「な~ちゃって嘘だよ~ん。バーカ、マジにしてやんの! お前なんか柊にボロ雑巾にされればいいんだよ」
「なっ! お前!」
俺が何を言う間も無く将吾はその場から逃げ出した。
全身からどっと力が抜ける。それが甲をなしたのか、緊張のしっぱなしで凝り固まっていた肢体からも入れすぎていた力が抜け自然体の自分になれたような気がした。
「ったく、あいつ最後照れてやんの。嘘ってのが嘘だろうがバーカ」
俺は覚悟を決め死地への一歩を踏み出す。将吾の後を追うように教室から廊下へ出るとあいつは俺に敬礼をしていた。
「たく、最後までバカやってくれるぜ」
そう言うと将吾はニカっと笑った。
そんな将吾に敬礼を返し、背を向けると右手をあげ背中越しに軽く振った。
「なぁ、明日も会えるかな・・・・・・」
「会えるよ絶対。だから雪人、俺はさよならは言わない。」
「そうだな・・・・・・だったら、また明日で、いいんだよな」
「うん、それでいい・・・・・・また明日」