ラブレター?
「ったくひどい目にあったぜ」
俺は、新庄に絡まれた後、彼方によって絞められた。学校では優等生で通ってる彼方は俺に暴行を降るためにわざわざ人目の無い屋上まで俺を連れて行った。
俺たちは普段からよく一緒にいるため学校では付き合っていると言うようなうわさが流れているがそれはまったくの事実無根だ。だが、このことを女子にいっても誰も信じてくれなかった。それどころかそういう嘘を言うのは男として最低だよとまで言われた始末。何度か俺に好意を寄せてくれていた女子がいたという噂はきいたことがあったが、すべて彼方との交際疑惑のせいで噂のままに終わっていた。
まったくもって不幸だ。俺は普通に生きたいのに。
「なぁ、雪人! 昨日柊に呼び出されてただろ? どうだったんだよ」
俺が一人不幸に浸っていると、もはや悪友と化した川村将吾が興奮気味に声を掛けてきた。柊に呼び出され翌日普通に登校してきた人物は俺が初めてであり、早くその詳細を聞きたいのだろう。ひそかにクラスメイトも聞き耳を立てている様だ。
「まぁどうって言われてもなぁ」
有のままを話すのは少しはばかられた。いくら柊が相手とはいえアレだけの美人が同じ家に住んでいることを知られれば男子どもの風当たりが強くなるに決まっている。
柊は学校で恐れられている。柊が恐れられ続けているのには理由がある。
あいつは基本自分から誰かに絡んだりボコしたりすることは一切無い。基本的には他人と距離を置き一人を好む性格だ。そんな一匹狼なところが格好よく、一人教室で片足組んだり読書をしていれば実に絵になる女だ。
ゆえに男子女子問わず最初は大人気だった。だが、気安く男子が話しかけ方に手を置けばその手は在らぬ方向へ曲がっていたり、いつの間にか意識を失っていたりと他にも沢山の問題があった。
何もしなけばただの美人の女は実情ただの暴力女だったのだ。
それゆえにそんな柊が俺に好意? を寄せていると知れば嫉妬に狂った男子どもにどんなことをされるかわかったものじゃない。まぁそんなことはさておき。
いつからか柊は、人から避けられるようになっていた。自分から人を遠ざけていたふしはあったから、むしろ好都合だったのかもしれない。
しかし、そのころからか柊は、他人を校舎裏へと呼び出すようになった。呼び出された人物はその日のうちに戻ってくることは無く、次の日に包帯姿で登校することが多かった。
ゆえに柊に声を掛けられたものは、死刑の瞬間まで一人恐怖しなければならなかった。
そして俺もそんな一人だったのは言うまでも無い。
毎朝の通学は彼方と一緒だった。眠気眼で覚醒しきってない俺は彼方に無理やり家から引っ張り出され、どうにか登校したその日の朝。下駄箱を開けるとそこには一通の手紙が入っていた。登校したての俺は、眠っている脳をフルに回転させ現状を理解する。
日ごろ彼方がそばにいることで春が一向に来ない俺にもついに暖かな気候に包まれる季節がやってきたと、心の中で涙を流す。あぁこれは伝説の下駄箱ラブレター! リアルにそんなものが存在するとは思わなかった俺は、ほんのりと上履き臭いその手紙を胸に抱きしめた。
ここで読むのは早計だ。俺は匂いを我慢してぐっと手紙を握り締めるとさっと制服のポケットにしまった。
「ぬふふふ」
思わずニヤけてしまう。俺のふやけ顔を遠巻きから不気味がる彼方を無視しつつトイレへと駆け込む。
まだ上履きを履けていなかった彼方がなにやら後ろで叫んでいるようだが俺はひたすら無視を通す。
ニヤ気顔を止めることのできない俺は息を切らせながらトイレのドアを閉めしっかりと施錠する。
「さてと、勇気をだしてくれた子猫ちゃんはだれなのかなぁ」
俺は期待に胸を膨らませ、ポケットに突っ込んでいた手紙を取り出した。
真っ白な封筒に黒く力強い文字はその女の子の性格を現しているように感じた。
「きっと男らしい女の子なんだろうな、俺はボーイッシュ嫌いじゃないぜ」
独り言がとまらないのはそれだけ浮かれていたからだ。喜びに震える手を押さえつつ、ゆっくりと封を開ける。
「なになに? 突然の手紙に戸惑ったことだろう。私は柊唯だ・・・・・・」
ぁ、あれ?
「まどろっこしいことが嫌いな私は単刀直入に言わしてもらう。放課後校舎裏へこい。以上・・・・・・って行くかバカ! でも行かないと後がこわい!」
自分をこれほどまでに愚かと感じたのは今日が初めてかもしれない。ラブレターだと思った真っ白な手紙はただの果たし状じゃないか。むしろこれだけ簡素な手紙をラブレターとか勘違いした自分が情けない。情けないだけですむならまだいい。
今後のことを考えるとどんな目にあうのか恐ろしすぎて心臓が爆音を打ち鳴らす。
さて、柊に呼び出されたものの末路はいたって説明しやすく、言ってしまえばただのボロキレとなる。
使い古したようなボロ雑巾のように、汚く擦り切れ、ゴミ箱に捨てられても問題ないあの雑巾だ。
俺は無言でトイレに手紙を流した。何度も何度も破り、決してトイレが紙詰まりを起さぬようできる限り丁寧に破り千切った。
水に流れ行く手紙がまるで自分の末路のように思えたのは、校舎裏に打ち捨てられた哀れなぼろ雑巾を想像してしまったからだろう。
俺は静々とトイレのドアを開きその場を後にする。
「さて、教室に行こう。すべては夢だったんだ。下駄箱に手紙が入っていたことも、浮かれてにやけた事も、トイレにダッシュしたのも、全部全部夢で教室に戻ったら何もかもがいつも通りのはず・・・・・・さぁもう教室は目の前だ。開け俺! そしていつも通りの日常へ! 開いたぁ! 開きました! 今まさに教室のドアが開かれました――」
「雪人ッ! 大変だ。柊がお前を訪ねてきてる」
「そんなバカなッ!」
将吾の一声に俺の些細な希望は夢へと消え、うな垂れた。
だが、いつまでも顔を下げてるわけには行かない。俺は覚悟を決め俯いていた顔を上げると目の前で、とてつもない美人が仏頂面で俺を睨んでいた。
「ハロー柊、朝から俺を訪ねて来るなんてなかなかハードな心を持っていらっしゃる」
俺はなかなか勇者だった。
「ハロー・・・・・・・・・・・・・・・ぅ、ごめんなさいふざけました」
もう一度言う。俺はなかなか勇者だった。だが所詮それも最初だけ。柊の強い眼力の前では俺の陽気な口調でうやむや作戦も一瞬で瓦解した。
「手紙、見たか」
「見ました」
「そう、ならわかっているな」
「ばっちりです」
俺がそう応えると柊はひとしきりうなずき俺の肩を軽くパシっと叩いてこの教室から出て行った。
俺がドアの前で放心していると将吾がニヤケ顔で近寄ってくる。
「呼び出された? ぇ? もしかしてマジで呼び出された? うっそ呼び出された?――――ってイデッ」
「うるせぇよ! そんな連呼すんなバカ。殴るぞ」
「もう殴ったじゃんか!」
「今度は本気だ」
「う、わかった、わるかったってば」
と、将吾は謝るものの、その目は興味津々で、人の不幸を喜ぶそんな憎たらしい顔をしていた。
クラスのみんなも例外ではないようだ。誰もが興味を持っている様子で遠巻きに視線を俺へと向けている。
ったく、みんな人事だと思いやがって。
そんな中自分の席へと足を向けると彼方と新庄が話していた。
「そう、私は我慢のできる女なの。私の大好きな彼は人の物。そしてまた一つ遠くへといってしまう。そんな気がするの」
「っへ、へぇそう。私には関係ない話ね」
「どうして? だって呼び出された彼はあなたの彼氏でしょう」
「ぇ、彼氏ではないわ。ま、まぁ彼氏くないわけでもないけど」
「そう、ゆえに私は遠巻きに見つめることしかできないのね」
「よ、よくわからないわ」
俺は謎な会話をしている二人に割り込む形で自分のイスに着席すると、新庄が徐に立ちゆっくりと俺の膝へと腰を下ろそ――
「どこが遠巻きなのかしら!」
うとしたところで、彼方が新庄を引っ張り上げた。
「心がね・・・・・・遠い」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
彼方と俺はうまく反応することができず、彼方は焦った様に話しを変える。
「っと、ところで、雪人。あなた大丈夫かしら? 柊さんに呼び出しされてたみたいだけど、もし雪人がいいっていうのなら、柊さんの所にボロ雑巾の状態で連れて行ってあげてもいいわ」
「誰が許可するかッ!」
「さすがに、柊さんもボロ雑巾をさらにボロボロにする趣味はないんじゃないかしら」
「まてまてまて! かといって今ここでボロにはされたくないから!」
「そう、私よりも柊さんがいいのね」
「バカなッ! 何故そうなる」
っくそ、まぁ常日頃からボロ雑巾にされている俺は柊の拳を受けるよりは彼方の方が安心できるのだが、かと言って、はいそうですかと素直にボロ雑巾にはされたくない。まだ放課後までには猶予がある。それまでに策を練って柊の制裁からどうにか逃れられればそれでいい。