登校!
俺たちは通学路を歩いていた。
「完全に遅刻だ・・・・・・」
「何、私たちのせいだとでも言う気かしら?」
それ以外の何者でもないと俺は思う。
俺が土下座したあとは、話がうやむやになり柊と彼方の決着は次回に持ち越された。俺の必死さがきっと伝わったのだろう。人が二人で争えば大して広くない部屋はかき回される。俺の目の前で部屋がどんどん荒らされていくのは見るに耐えなかった。
片付けるのは俺なんだ。どうせ柊は家事をしないし、彼方は俺を下僕だと思っている。そんな中だれが片付けの手伝いをしてくれようか。
俺はため息をつく。
「朝からため息は、幸せが逃げる」
「なら俺を幸せにしてください」
「・・・・・・・・・・・・ッポ」
何故照れたし。
「あなた、あたしの目の前でよく他の女を口説けるわね」
「確かしだがしかし俺は彼方の彼氏ではない」
「っそ、そうかも知れないけど・・・・・・雪人は昔から私の物なのよ勝手に動かないでほしいわ・・・・・・そうじゃないと昔から色々邪魔してたのがゴニョゴニョゴニョ」
「あ? なんだって」
「なんでもないわ!」
「っそ、そうか」
彼方の突然の大声に戸惑いながら俺は日の光に目を細める。
今日もいい天気だ。道すがら空を見上げれば白い雲がまるで綿菓子のよう。できることなら飛行機から飛び降りて雲という名の綿菓子の塊に溺れたい所だ。これはもはや一種のロマンだ。きっと誰でも一度は思うところがあるだろう。
ま、俺は綿菓子嫌いだけどな。
「急がなくていいのか?」
遅刻を気にしていた俺に柊は小首を傾げながら言う。
「もう遅刻してるし急ぐ必要もないっすよ」
「むぅ」
俺が返事をすると柊は何故か唸る。俺を恨めしそうに睨み、圧力を掛けてきた。
「あの・・・・・・俺、何かしましたか?」
柊はただ頷いた。俺は彼方に視線を送る。いわゆるアイコンタクトだ。
《俺、何した?》
《知らないわ。とりあえず謝ればいいんじゃないかしら》
「あ~、あのなんかごめんなさい――ぁ痛ッ。ぇ? なになに、なんで自分殴られたんすか」
俺が柊に拳骨された頭部をすりすりさすると、柊はもう一度俺の頭に拳骨を落とす。
「なんでですか!」
もう一度。
「ちょ、痛いッす」
もう一度。
「ば、止めてくださ――」
もう一度。
「お願いしますかんべん――」
もう一度。
「いい加減にしろやッ! 痛いんじゃ」
「止める」
「え、マジすか?」
そして再び拳骨が落とされる。
「いや、さっき止めるって言ったじゃん!」
「止める」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「そですか――ってその振り上げた手は何ッ?」
俺がそう指摘すると柊はピタっと動きを止め振り上げたを降ろした。
「何か気に食わないところがあるなら言えよ! 痛いのは勘弁してくれ」
俺は必死すぎて自分が所々敬語を使っていなかったことに気がつかなかった。本来ならこれで柊の機嫌を損ねていたかもしれない。だが柊は俺の予想に反して少し顔を朱色に染め目をそらすと徐に口を開く。
「彼方には敬語を使っていない」
「ぇ・・・・・・だからなん」
「私にも敬語を使うな。その方が近い・・・・・・気が、する」
「ぁ、っそ、そうか。そうですな。そうしよう。それがいい」
ほんの少し心臓が高鳴った。敬語を使うななんてこんな簡単な話を、だけど柊にとっては簡単なんかじゃなく、頬を恥ずかしそうに染め、目をそらさなければ言えない難しい言葉を言う彼女はすごく女の子女の子していた。
そういう顔もできるのか・・・・・・学校では怖がられていたりするが実際はどうだ。ただの女の子じゃないか。むしろビビって敬語を使っていた俺は失礼なことをしていた気さえする。
はは、みんな敬語を使わないで柊に話しかけたら案外仲良くなれるんじゃないか?
「もう学校だ」
柊は俺を試すように話かけてきた。俺たちは校門を通り抜け校内へと入る。そして俺は柊の期待に応えるために口を開く。
「到着だ。じゃ柊、また後でな」
俺は軽く手を振り上げると、柊の手も俺に応えるよう振り上げられ、そして俺の頭部へと振り下げられた。
「敬語を使え愚か者」
・・・・・・そんなバカな。
「冗談だ」
そう言うと柊は、満足そうに俺の元を去って行った――って、
「冗談なら叩くなよ・・・・・・」
俺の抗議は虚しくも空へと溶けていった。そして、悟る。
「結局俺は殴られるんだな。さて彼方、俺たちはクラスも一緒だし行くか」
俺はそう言いながら彼方へと視線を向けると彼方は頬をパンパンに膨らましながらむっすりと俺を睨み付けていた。
「あ~、どうした?」
わかっている。この顔はすごく怒っている。だがな、俺は認めたくない。少しでも痛い思いを減らせるのなら、リスクだって厭わない。
でも、そのリスクはリターンになったことが一度も無いことを俺は知っている。ゆえに俺は自分がいかにバカなのかを知る。だが、バカはバカなりに今を精一杯生きているんだ。せめて怒っている理由くらい聞いておきたい。殴られるにしても次回からは同じミスをしないよう頑張れる。
「雪人、あなた私が隣にいながら柊さんといい雰囲気になるなんていい度胸ね」
「だろ! 俺もそう思うぜ」
俺は今までで一番いいスマイルをして見せた。
彼方の額に青筋が浮く。
怒られるってわかってても怒らせたくなる俺はエムなのかもしれない。まぁこの後の結果は言わずもがなだろう。