柊vs彼方
コトリっと、俺は小さな音を立てながら目玉焼、トースト、ベーコンの乗ったお皿を新聞を読んでいる柊の前に置いた。柊がどんな食器を使うかもわからない俺は一応、ナイフにフォーク、箸を皿の横に並べ食事の用意ができましたと柊に声をかける。
柊は俺を一見すると新聞を折りたたみ湯のみのお茶をすすってから朝食に手を付け始めた。俺ってばマジで主夫みたい。
権力者に従順な俺は、朝目覚ましに叩き起こされた後、なかなか起きてこない柊を起こしに行った方が良いのか三分ほど迷った。柊は超の付く金持ちだ。きっと実家では家政婦やら執事やらメイドやらに朝は優しく起こされていたことだろう。なら今日一人で起きてくることは無いと踏んだ俺は柊の眠るリビングへと脚を向ける。
リビングは俺も使う場所だ。ずっと寝ていられると困るからと言い訳を考えつつ、女の子がぐーすか寝ている場に踏み込むのには若干の躊躇いがあったが、思い切って扉を開く。
「って起きてたんかい!」
「うん」
柊はソファに腰をかけ新聞を読んでいた。朝から親父みたいな柊を逞しく思いながら俺はため息をついた。
「おはようございます柊さん・・・・・・起きてたなら教えてください。自分女の子の寝ているところに入って良いのか迷ったんですから」
「ッフ」
何故吹いたし!
「私物が何を言っている」
「え?」
「自分の物に寝顔をどうこう言う持ち主は居ない」
「・・・・・・・・・・・・」
「つまり私物に寝顔を見られようが、裸を見られようが、たとえオナラの音を聞かれようが恥ることはない」
「マジかよッ!」
俺は思わずツッコミながら数秒柊を見つめた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ポッ」
「本当は恥ずかしいんじゃねぇか!」
「うん」
「うんじゃねぇよ」
はぁはぁはぁはぁ、朝からテンション上がるぜまったく。俺が思いっきりツッコんでも柊が怒らないもんだから、バシバシツッコミしてるが、柊の機嫌が損なわれても困る。そろそろ自重したほうが良いのかも・・・・・・とこんなやり取りの内、いつの間にか俺が朝食を用意することになっていたわけだ。
柊がナイフとフォークを手に取っていたことにホット胸を撫で下ろす。自分だけなら箸だけで済ますが、超お金持ちの柊がナイフとフォークを使わないはずが無いと踏んだ俺はどうやら正解のようだ。
柊はナイフをうまく使って目玉焼きの黄身だけをくり貫いていた。
「一番栄養価の高いところをやる」
そう言うと黄身を俺の皿に乗せ、
「男は燃費が悪いのだ、よく食べた方が良い」
と、勝手に決めつけ、何かと黄身を自分が食べ無い理由をぺらぺらとずっとまくし立てる。
「黄身、嫌いなんですか?」
「・・・・・・・・・・・・」
柊はふるふると真横に首を振る。
「本当は嫌いなんですよね?」
首の振り方が真横から少し斜めに変わった。
「好き嫌いはダメですよ」
「・・・・・・・・・・・・うん」
ようやっと自分が黄身嫌いを認めたところで俺は柊の皿に黄身を返す。柊はしぶしぶ黄身にパクつき、もそもそとずっと咀嚼していた。
実は俺も目玉焼きの黄身が嫌いだってことは内緒だ。
「む!」
「どうしたんですか?」
黄身を咀嚼し続ける柊が突然顔を上げる。その間も口を動かし続けていた。
「人の気配が」
あぁそうか・・・・・・もうそんな時間だったか。こんな重大なことを忘れていたとは何たる不覚。
「む! 玄関が開錠された」
だろうな、あいつは俺の家もといこの家の鍵を持っている。朝食をするこの時間に入ってくるのはあいつしかいない。
「強盗か? ちょっと殺ってくる」
「ぃッ? だ、だだだ大丈夫ですから変なことしないでください! 誰が来てもしゃべらないでください! 黙っててください! 俺が良いって言うまで沈黙してください!」
「む・・・・・・」
俺は慌てた。柊なら本当に強盗が来たとしても問題なく撃退できるだろう。だが今回この家に上がってきたのは・・・・・・
「雪人、起きてるようね。何一人で騒いで・・・・・・?」
リビングの扉を開けて入ってきたのは俺の幼馴染だ。
固まっている。俺の幼馴染は固まっている。西島 彼方十七歳は固まっている。柊を和の美人とするならば、彼方は洋の美人だ。母親がイギリス人でハーフな彼方は日本人離れしたスタイルのよさと、ブロンドの髪を持っている。ボンッキュボンッもさることながら、その勝気な目力の強さと大胆不敵な性格は柊に勝るとも劣らない。
だがそんな彼方でも固まることがあるのだ。そうだろうそうだろう。俺が逆の立場なら固まるどころか逃げ出している。
今この時この空間では誰もが口を閉ざしている。柊にはしゃべるなと俺が言った。彼方はきっと状況理解にいそしんでいるはずだ。俺は、彼方が爆発した時の為の言い訳を考えている。
俺にとって彼方は怖い存在だ。俺に対する当たりは強く、少し口答えするだけで叩かれる。それも女の子がふざけて叩くようなレベルではなく男がガチで痛いと思うレベルだ。そして何より問答無用な性格も合わさってか、とにかく俺に容赦が無い。つまり俺は逆らえない・・・・・・そもそも俺が権力者に弱くなったのは彼方が原因だろう。
「ふぅ・・・・・・で、これは?」
彼方は、硬く閉ざしていた重い口を開く。
「まぁ聞いてくれよ・・・・・・俺は権力者に弱いってことは彼方も知ってるな? 見てわかるように柊さんは大きな権力を持ってらっしゃる御方だ。事実俺たちの学校では誰もが知ってる有名人であり、無敵超人だ。噂によれば不良さんのグループをいくつも潰してらっしゃるだろう? それだけじゃないんだぜ! 家も超金持ちで、ほらあれそのそれ、最近超テレビでてる会社の社長さんの娘で、まぁそのつまりあれであれなわけよ! 言いたいことわかる? つまり俺は権力者に弱くて、それは彼方も知ってるよな? 見てわかるように柊さんは大きな権力を――」
「黙りなさいッ!」
「はい!」
俺は彼方の一括に高速回転させていた口を閉じる。俺にとって彼方はやはり権力者であり、逆らえない相手なのだ。
「話がループしそうになっていたわ・・・・・・あと、私が言い訳って嫌いなの雪人も知ってるはずよ? 何故言い訳しようとしたのかしら?」
「ぇと、それは、その・・・・・・」
俺は今、正座していた。彼方は俺の前に仁王立ちし俺を鋭い目つきで見下ろしている。そんな中、柊は未だに黄身を咀嚼していた・・・・・・ドンだけ苦手なんだよ卵の黄身。
「もういいわ」
「うぐ」
「彼女の存在を十文字以内で表しなさい」
でた! 死のメイクアンエキューズフォーテンワーズ・・・・・・余計なことをすべて省かなければ答えることができなくなるほど簡潔すぎる十文字以内の言い訳は今まで俺にどんな苦痛を与えて来た事だろうか・・・・・・だが、ここで何も言わなければもっと痛い目にあうのは自明の理。結局俺は弱い男なんだ。っふ、もう言い訳しないぜ。
「同棲相手です! グハッ!」
平仮名にして感嘆符つけてもジャスト十文字! だが殴られた。
「っひ、ひどい何す、ベフォ! ゆ、ゆるし、ゲバァッ! ご、ごめんなさ、キョゲェ!」
彼方は蹴る、殴る、叩く、打つ。暴力の嵐が一方的に俺へと降り注ぐ。だがそんな暴力も普段より圧倒的に少ない手数でピタリと止まった。
俺が恐る恐る顔を上げるとそこには、
「止めろ」
と柊が彼方と俺の間に割り込んでいた。柊ぃ、お前、お前って奴は本当に・・・・・・天使のような悪魔だぜ。
止めていただけるのはうれしい。暴力から逃げられるのは助かる。だがなぁ? それなら俺は柊に黙っててくれなんて言わないんだぜ。俺はある程度予測していたんだ。柊はきっと私物の俺が手を出されれば口を挟んでくるだろうと・・・・・・でもだからこそ俺はしゃべるなと、そう言ったんだ。
彼方の視線が鋭く俺を突き刺す。今までに無いくらい強力な視線だ。
「あなた、雪人の何なにかしら、止める権利があるとでも思って?」
「ある」
柊はきっぱりと言い放つ。あまりの堂々とした立ち振る舞いに彼方は少し圧倒されたようだがすぐに気を持ち直した。
「・・・・・・あなた、柊 唯よね? とても有名だから知ってるわ」
彼方は俺に向けていた視線をゆっくりと柊に合わせ臆することなく睨みつける。
「ケンカめちゃくちゃ強いんでしょ? でも関係ないわ。私はそこの腰抜けと違ってあなたみたいな人にちゃんと意見できるの。だからもう一度言うわ・・・・・・あなたは雪人の何かしら?」
まずい。まずい、まずい、まずい、まずい!
「私はこいつのかのじ――むぐ!」
「あぁぁあぁぁ! あっ! うおぉ!」
今こいつなんて言おうとした、なんて言おうとしたんだ! 彼女って言おうとしなかったか? 俺はそんなの認めてないし聞いたこともないぞ!
俺は叫んだ。柊の口を手で塞ぎ在らん限りの気合とともに高らかに叫ぶ。この先は言わしてはいけない。俺の中の対彼方専用緊急回避警報がギンギンと音をたてエマージェンシーとサイレンを鳴らし、赤灯がくるくる回りながら光る。ゆえに俺は叫び続ける。
「うおぉぉ! ふおおぁ! ああっぁあああああ――グヘッ!」
「うるさい!」
彼方のボディブローが俺の脇腹にめり込んだ。あまりの苦痛に脇腹を押さえしゃがみこんだ俺に彼方は追い討ちをかけるようぬ上から踏みつける。
「ゲコォ」
この日、俺は人生で初めてカエルの鳴き声のようなうめき声を上げた。
「わ・・・・・・足をどかせ」
「何かしら?」
やめろ! 言うな! 柊たのむ! お前が何かを言うたびにその幅寄せが俺に来るんだ!
「私の男から足をどかせ」
「・・・・・・・・・・・・何ですって? 私の男? 何それ、誰の事言ってるの? もしかしてこの腰抜け男のことかしら?」
「あぁ。コイツは私の誕生日プレゼント。私のものだ」
「誕生日プレゼント?・・・・・・ちょっと待ってなさい」
そう言うと彼方は俺の頭を踏みつけていた足をどかし、しゃがみこみ俺の耳もとに顔を寄せた。
「雪人ぉ~、あなたいつから他人の者になって良いなんて許し貰ったのかしら? 知ってる? あなたは私のおもちゃだから勝手に他人の所行ったりしちゃ行けないのよ。毎日優しくお世話してたつもりなのにどうしたのかしら? 躾がちゃんとできてなかったのかしらね? ふふふっ、そんなに怯えちゃって怖いの? でも私は優しい女だから今回は許してあげるわ。次は無いわよ? ほら、自分で言いなさい。ちゃんと柊さんにごめんなさいしなさい。ほら、早く・・・・・・いつまでしゃがんでるのよ。あ、もしかしてもっと痛い目見なきゃ分からないのかしら?」
「ぃ、いやそういうわけでは・・・・・・」
っく、何故だ。何故俺がこんな目にあわなくちゃならないんだ! 俺は何も悪くないんだぞ。俺が権力者に逆らえないことを彼方だって知ってるだろ? 確かに俺は柊と暮すことが嫌じゃない。正直これから楽しい事が起こりそうだとか府抜けたことを考えていたことも否定しない。でも、でもな? これがすべて俺の望んで起こった事じゃないことだって彼方は理解できるはずだ!
くそ、修羅場だ。 俺にどうしろと?
「えと・・・・・・柊さん、そう言う事なんで」
「む? 安心しろ。私物を守ることくらいできる・・・・・・この女からお前を守ればいいんだろ」
ちっが~う!
「っへ、へぇ。雪人そんなこと頼んだのね?」
俺はふるふると首を横に振り、ゆっくりと近づいてくる彼方に、俺は許しを請い怒りを治めていただけるよう必死に頭を下げる。
だがそれでも彼方は怒りを納めない。土下座をする俺はひたすら頭を下げるしかなく、床に頭を打ち付け何度も何度も謝った。しかし、そんな俺の頑張りも無駄でしかなく、一度怒り出したらなかなか機嫌を直さない彼方は、もう一度俺に体罰を与えようと、その足を持ち上げ俺の頭へと振り下ろす――
「っひ!」
だが振り上げられた足はいつまでたってもふりおろされることは無く、不安に狩られながらも俺はゆっくりと顔を上げると、柊が彼方の足を右手で押さえつけていた。彼方はその足を振り下げようと力を込める。それに伴って振り提げさせまいと柊は押さえつけている手により力を込めていた。
「なんのつもりかしら」
「人のものに勝手に触るな」
「・・・・・・・・・・・・」
彼方の額に青筋が浮かぶ。完全にぶちぎれる寸前だ。二人は互いにガンを飛ばしあいその真ん中では火花がパチパチとはじけているようだった。俺はそんな二人の様子に口を挟めるはずも無く、ひたすら行方を見守るしかなかった。
「柊さん? 一つ言って置かないといけない事があるわ」
柊は小首をかしげる。
「雪人は私の奴隷で家来で下僕なの。決してあなたのものではないわ。それと口の中の黄身を飲み込みなさい。さっきから喋るたびに黄身が飛んでいるわ」
「むぐ、ごっくん・・・・・・しかし、私は昨日父からこいつを貰った」
柊は黄身を無理やり飲み込むと何事も無かったかのように続ける。
「は? 意味がわからないわ」
「む」
柊が有りのままを語るが、彼方にはうまく伝わってはいなかった。俺がもし反対の立場であれば彼方とまったく同じ反応をする自身がある。
柊は戸惑っていた。自分の言葉がうまく伝わらず、どうして良いかわからないようだった。そんな柊の態度にへきへきとしたのか彼方は言葉を交わす相手を俺へと変える。
この間ずっと足を上げたままの彼方と、足を押さえ続けていた柊は真剣そのものだったが、俺にはどうにも滑稽にしか見えなかった。
「雪人、発言権を与えるわ。懇切丁寧に説明しなさい」
「それが人へ物を尋ねる態度――」
「そうね・・・・・・私が悪かったわ。もっとはっきり言わないといけなかったわね。早いとこ説明しなさい。でなければ今日中にあなたのポークピッツは無くな――」
「ぇっとですね実は、かくかくしかじかで」
俺は彼方が言い終わる前に事情を説明する。
彼方も柊同様俺の大事な息子を人質に取り俺を脅すようだった。そして同時に俺の息子を小さい呼ばわりするところは性格が似ているからなのだろうか・・・・・・事情説明の最中、涙を流しそうになったのは言うまでも無いだろう。
俺はひたすら説明する。ありのままを話し、すべて柊のせいなんだと強く主張した。
「雪人・・・・・・本人を目の前にしてよくそこまで人のせいにできるわね。雪人のゲス具合が伺えたわ」
「事実ですので」
俺はもはや開き直っていた。
「柊さんはこんなのを側に置いといていいわけ?」
「うん」
「即答したわね」
「女たるもの心は広く持つ」
「のわりには、よく暴力を振るっているようだけど? 理由があるのなら言って見なさい」
「変な男達に声を掛けられた。正当防衛をした」
「割と普通の理由ね」
「うん」
バカなッ! どこが普通だって言うんだ。声を掛けただけでボコられたら悪意も沸くはずだ! 不良さんが復讐するのもうなずける。
二人の常識のなさに俺はたじたじだった。
「ちょっと話がずれたわね。ただ、あなたがどう言おうと雪人は私のものよ」
「違う私のだ」
お互い、にらみ合いが続くが決着がまったく見えてこない。
「あの・・・・・・そろそろ」
「あんたは黙ってなさい!」
「はい!」
彼方の一括に俺はまたしても口を閉ざす。
「そうね・・・・・・このままじゃラチがあかない。あなたのことを力を持ってねじ伏せないといけなくなるけどいいかしら?」
「望むところだ」
望むな!
だが、そんな俺を他所に二人は構えを取り始める。柊相手に無謀にもほどがある・・・・・・普通だったらそう言いたいところだった。だが彼方には柊に力でタメを張れるほどの力があった。柊が喧嘩最強とするならば、彼方は空手最強なのだ。
彼方は中学のころから空手の道場に通っており、その実力は折り紙つきだ。ったった三年足らずで極慎空手の全国大会で優勝した実力を持つ彼方は、柊に力で持って対抗しても負けない自信があった。それどころか勝気でいる。
もう何度も言ったかもしれないが俺は権力者に弱い。俺が彼方の言いなりなのもそこに繋がるのだ。暴力を振るわれたら絶対に勝てない俺は、彼方の言うことを素直に聞き入れるしかない。もし機嫌を損ねたりでもしたら俺は死の危険にさらされる。そんな俺がどうして彼方に逆らえようか、いや逆らえまい。
俺にはこの喧嘩は止められない。ならばやるべきことは一つしかない。
俺は二人をよそに一杯の牛乳を飲む。口の周りに白髭を蓄えカバンを手に取った。
「じゃ、俺は遅刻したくないから先いきますんで――グハァ くるぢぃ首根っこを掴まないで」
「黙りなさい。逃げようなんて甘いんじゃないかしら。私たちはあなたみたいなクズのために争っているのよ?」
やるべきことは一つも無かったようだ。一人いそいそ逃げる算段も失敗に終わり俺は、またしても正座をする羽目になった。俺は二人の観客だ。ここで二人のどっちが勝つかを見届けなくてはならない。
ただ・・・・・・できれば家の中で争わないで欲しいな。
「行くわよ」
「む!」
彼方が先に動く。一歩で空いていた間合いを詰め、鋭い 正拳突きを放つ。
「むむ!」
柊は驚いたように一歩下がり、その拳を前腕で逸らすようにはじく。だが彼方の攻撃はそこでとまらない。一歩分の距離はまだ彼方の間合いだ。彼方は効き足を軸にそのスラリとした長い足をブンと振り回し、正確に柊の顔面へと吸い込ませた。まわし蹴りだ。
隙の大きい技だが、その分威力も高い。そして彼方には回し蹴りを行う際にも隙を生まないだけの技量があった。
「っぐ」
だが柊も負けてはいない。ある程度予測していたのか側頭部を守るように腕を固めていた。
回し蹴りが失敗に終わると彼方はすぐに柊から距離を取り反撃に備えた。
「へぇ、喧嘩が強いってのは伊達じゃなかったようね」
「むぅ」
柊が追い込まれていた。たった二回の攻撃は柊をうならせるものがあったようだ。喧嘩最強と歌われていた柊に反撃を許さないとは恐るべし幼馴染。
「一つ勘違いして欲しくないから言っておくわ」
「?」
「私が力を付けたのわ、自分の身を守るためでも不良を懲らしめるためでも・・・・・・ましてや空手の大会で勝つためでもない!」
彼方は視線を俺のほうへ向けた。
「む!」
柊が驚くのも無理は無い。彼方が言ったことはあながち間違いじゃないのだ。言うなれば俺のせいでこの幼馴染はここまで強くなってしまった。たぶんあの時のことが余ほど悔しかったのだろう。俺が彼方に逆らえなくなったのはすべて自己責任なのだ。まぁ空手を習う以前から逆らえなかったのだが。
だが、ここで彼方がそれを言う必要があるのか俺にはわからなかった。ただ柊には伝わったようだ。柊は自分の拳を何度か開け閉めし、握り具合を確かめるようにうなずいた。
「そうか・・・・・・ならその思いに全力で答えなければなるまい」
柊は静かに動く。彼方が静の力だとすれば、柊は動の力を振るう。荒々しく床をけり動きには雑なところが多々伺えた。普通なら彼方に触れることすらできまい。しかし柊は違った。それは誰にも追随を許さない圧倒的な一歩を埋める力。彼方が柊から離れようとした一歩。そしてもともと空いていた一歩。計二歩分を一歩踏み込むだけで埋める。
「なっ」
焦りの表情を見せたのは彼方。格闘技経験のある彼方は間合いを読む力が人並みはずれていた。ゆえに読み違いを自分がすると・・・・・・いや柊が彼方の予想をはるかに超える力を持っていたことに驚きを隠せなかったようだ。
「むん」
柊は自分の人並みはずれた怪力をただただ振るう。狙いを付けず、当てに行くだけ。それゆえに回避しがたい。それゆえにまともに受けてしまえば深刻なダメージへと繋がる。
バゴォ! と聞いたことの無い音が人間の体から聞こえたことに俺は思わず立ち上がった。さすがにもうただの喧嘩じゃ済まされない。だが俺の心配は無用だった用だ。
「っくぅ~さすがに痛いわね」
彼方は平然と立っていた。
「っだ、大丈夫なのか!」
「あら、心配してくれるの? うれしいわ」
「な、ふざけてる場合じゃないだろ」
俺が二人の間に立ち入ると柊も彼方も一旦構えをといた。彼方は軽く肘をさすっている。どうやらぎりぎりのところで柊の拳を受け止めていたようだ。
しかし、その肘は一目見てわかるくらいに変色していた。赤くはれ上がり見るだけでも痛々しい。
「っちょ、柊やりすぎだっ――」
だが、俺は途中で口を閉ざす。柊の拳もパンパンに腫れていたのだ。それはそうか、あんな硬いところに思いっきり拳をぶつけたんじゃいくら怪力とはいえ拳を痛めることくらいするだろう。
「お、おい、柊も平気なのか?」
「痛みを顔にださない私は大人」
そのネタまだ続いていたのか・・・・・・
「さて、第二ラウンドと行きましょうか」
「うむ」
「まてまてまて! やめろってさすがに冗談じゃ済まされない。俺の為に争うなんてやめてくれよ!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
あれ? なんすか二人の冷めた目は。
「今、自分がそれなりにキモイ発言したことわかってる?」
「うんうん」
柊も同調するようにうなずいていた。
「うっ」
わかってる。わかってるけど、そこまではっきり言われると傷つくぜ。
「さてじゃあ第二ラウンドと」
「だから止めろって言ってるだろ!」
「黙りなさい! 私がやるって言ったらやるのよ」
彼方が俺を突き飛ばし、二人は再度構えを取る。俺はその光景を見てふつふつと怒りがこみ上げてきた。
彼方が柊に因縁をつけようとするのはわかる。ずっと自分の子分だと思っていた俺をぽっと出の奴に取られたらそりゃ腹も立つだろう。柊だって自分の私物を守らなくちゃいけないそう思っている。
だから二人がいがみ合うのも何と無くわかる。自己主張の強い二人だ。ぶつかることもあるだろう。けど、けどな、俺はコメディが好きなんだ。でもこの二人は違う。マジで喧嘩しようとしている。そんなことを俺の目の前でやって欲しくは無い。
バンッ! 俺は思いっきり机を叩く。その音に二人は一瞬驚くと視線を俺へと寄越す。
「お前らいいかげんにしろ」
俺は抑揚の無い低い声で静かに言う。
「な、なに怒ってるのよ」
彼方が茶化すように言うが俺は視線で一蹴する。
「っう」
次に柊を睨みつける。
「む、むむむ」
柊は少し動揺したように視線を逸らした。
「別にお前らが喧嘩しようが何しようが知ったことじゃないけど、俺の目の前でそういうことすんなよ」
俺は怒りに身を震わせながら床に膝をつけ正座する。そして頭を床にこすり付けた。
「もう、俺んちボロボロなんだよぉ~」
読んでいただき、感謝感激雨霰です。今後ともどうぞよろしくお願いします。