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シャンプー!

俺は情けない男なのだろうか? 突然告白? され、連れ去られてみればプレゼントと言われ、あまつさえ、俺の意思介入する余地も無く、決定事項となった。俺はその間唖然とするしかなく、抗議する暇すら与えられなかった。

 柊の親父さんが言っていた。「もし唯を悲しませるようなことがあれば、君はきっと挽き肉になるだろうね」と・・・・・・挽き肉って何、おいしいの? って感じだ・・・・・・挽き肉はうまいよな、ハンバーグとかピーマンの肉詰めとか・・・・・・すまん話がそれたな。で、結局何が言いたいのかと言えば、権力に逆らえず流れに身を任すしかなくなった俺は、情けない男なのだろうか? と言う事だ。

 因みに俺は情けなくないと思う。自分の身を優先するのは当たり前だし、俺に守らなくちゃいけない人はいない。

 だからさぁ、だからこそだよ! 俺はまだ、きっと、たぶん、守られる立場にいるはずで、守ってくれる両親がいてくれるはずなのに、

「柊さんから家をもらっちゃいました! パパと二人仲良く暮らしますので、一人暮らし頑張ってね! ってどう言う事だゴラァ!」

 ・・・・・・って叫んでも虚しいだけだ。なんせ返事をしてくれる人間なんてこの家には居ない。居るはずの両親はどこかに行ってしまったようだ。

 要するにこれって俺は売られたってことだよな? 家と俺で等価交換しちまったわけだ。自分で言うのも悲しいが、俺に家の単価ほどの価値は無い。平凡な容姿に平凡な成績、友達には少し恵まれているかもしれないが、それ以外はこれといって取り柄も無い。 柊はいったい俺の何を気に入ったというのか。

 それともただの気まぐれなのか? それにしては柊父の迫力が尋常じゃなかった・・・・・・俺はいったいどうしたらいい。

 柊のプレゼントにされてからはもう怒涛の展開だったと言う他ないだろう。握り締められていた手首からはついにバキッっと言う音が響き、俺はもう笑うしかなかった。柊父もさすがに慌てた様で、すぐに医者に連れて行ってもらったが、柊がなかなか俺の手首を離さず、四苦八苦。

 やっと離してもらえたと思ったら今度は逆の手を掴れ、小気味いい音が鳴り響く・・・・・・俺はとにかく笑うしかなかった。何とか説得し、両方の手を離してもらい、医者に見せたところ、脱臼と診断され、その場で処置。骨の位置を戻すときに泣きそうになったが柊に、

「怖いのなら手を握っていてやろう」

 と、言われれば、俺は死ぬ気で痛みをこらえるほか無かった。

 今日はもう遅い、家まで送っていくから、もう帰りなさいと柊父に言われたあかつきにや、もう泣いて感謝したくらいだったのは言うまでも無いだろう。まぁこうなった責任は柊と柊父にあるのだがな。

「・・・・・・で、家に着いたらこれだよ」

 俺は深いため息を吐いた。やっとのことで家に帰れたと思えば、家内は真っ暗で、人気もしない。普段なら母が必ずいるはずなのにと少し不安に思った。もしかしたら何かあったんじゃないか? と、心配しつつリビングに出向き、電気をつければ、テーブルの上に憎らしい紙切れが一枚。

 便箋とか、ちょっと洒落た紙ではなく、広告の切れ端とかそんな紙に《一人暮らし頑張れ》とか突然書かれてあれば誰だってため息もつきたくなる。

 一般家庭とさほど変わらないであろう一軒家。一階には、リビングにダイニングキッチン。そして寝室があり、二階は六畳一間の俺の部屋と、物置と化した部屋が一つ。

 一人暮らしには少々広すぎる気がしないでもない。

「一人か・・・・・・寂しくなるな」

「一人じゃない二人だ」

 そっか、二人か。俺にはまだ家族が居たんだな、両親以外にも・・・・・・妹? 弟? 姉?兄? いんや俺は一人っ子だッ?

「って、何で柊がここにッ?」

「わかりやすいボケだな」

「う、すみません」

 突然の声に驚きつつも後ろを振り向けば、ほんとこれいかに? と言いたくなるほど柊は俺の真後ろに立っていた。

 ここまで近くに居ながら俺に気づかせない柊に戦慄しつつ、自分の鈍さに落胆する。

「いつからです?」

 俺は権力者には屈する人間だ。いくらタメ歳と言えど、暴力において右に出るものがいない柊の前では、自分の身の安全を最大限確保しなければならない。ゆえに低姿勢。

 それだけならまだいい。柊父は暴力ではなく、実質的な権力を持っている予感がするのだ。要するに超金持ちっぽいのだ・・・・・・いや、あぁ、もう認めてしまおう。

 俺はビルに入った時点で本当は気づいていた。でもそれを認めてしまうと、俺は諦めてしまうしかないわけで、これから起こるすべてのことを認めるしかないわけで・・・・・・だがこうなっては最早認めるしかないわけで!

 即ち、柊の父であるひいらぎ 宗久むねひさは、柊ファンドの代表取締役であり、柊ファンドの社長であり、政界にも強い結びつきがあり、ニュースにもよくでており、つまりはお金の前では人は無力なわけで・・・・・・

 俺に歯向かうことは最初っから許されてなかったってことだ。

「私がいつからお前の後ろにいたか聞く必要はあるか?」

 あるか無いかで言われればあるのだと俺は思う。だが柊の求めている返事は違う。よって俺が出せる解答は一つしかなく、

「ないです」

 と言えば、満足そうに柊はうなずいた。

「じゃ、じゃあ、いつ帰るんですか?」

「・・・・・・それは聞く必要があるのか?」

 っそ、そっか。俺に求められてる解答は常に一つ。つまりそれは柊が求めている解答である必要があり、ってことは、聞く必要は無い・・・・・・って

「あるだろ!」

「む!」

 しまった! 思わずタメ口を利いてしまった。柊の様子をそっと伺えば、眉間に眉をこれでもかと言うほど寄せている。っく、強く出すぎてしまった。自分の軽率さに振るえが止まらない。

 俺の命の灯火は消えるのか?

「なら、言う」

「へ? あ、はい」

 柊の返答が予想に反して軽い物だったことに俺は少し安堵する。しかし、これもつかの間の・・・・・・仮初めの平安だった。

「お前は、私の物だ」

「えっと・・・・・・そう、ですね?」

「うん」

「え?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 それだけ? それだけで俺に理解しろと? 無理だ。俺には、理解できない。わからない、柊・・・・・・俺にはお前の考えていることがわからないよ!

「すみません、もう少しヒントを」

「む・・・・・・私物は傍に置く」

 そ、っか。確かにそうだった。私物は傍に置く。当たり前のことじゃないか。認めたくなくて、わかっててもわからない振りをして・・・・・・自分が無様じゃないか。俺は、柊と校舎裏で出会った時から敗北していた。最初から俺がプレゼントだって決まっていたんだ。

「一応確認なのですが、帰っていただくことは?」

「む、何を言っている? ここは私の家だが」

「・・・・・・ですよねぇ」

 母と父よ。ここはもう俺の家では無かったらしい。俺は柊の私物だ。ゆえに俺の私物は柊の私物・・・・・・恐るべきジャイアニズム思考。そもそも柊に一般常識が通じないことは、予めわかっていたことだ。校舎裏に呼び出されてからというもの、俺の意見がまかり通ったことが一度も無い。だから今更、意見を通そうとも思わない。

 俺は権力者には屈する人間なんだ。反抗して酷い目にも会いたくないしな。

「ぇっと、では家事などは分担するという形で?」

「???」

 柊は困惑していた。その顔は・・・・・・え? なに言っちゃってんのコイツ! 見たいな顔だ。俺は何と無く悲しい気分にさせられた。一緒に暮らすに当たって当たり前のことを言ったつもりだったのだが、どうやら違うようだ。

「女は外へ出稼ぎに、男は家を守る」

「・・・・・・家事は俺の仕事だと?」

「うん」

「・・・・・・ですよねぇ」

 あぁ惨めだ。今日はですよねぇしか言ってない気がしてきた。しかし、人の人生というものはいつどんな事が起こるか分からないとはよく言ったものだ。

 俺もこんな状況に陥るだなんて全く思わなかった。

「じゃ、じゃぁ今からご飯つくります」

「いい」

「ぇ?」

「もう寝る。もう九時。寝ないとダメ」

 今日誕生日だったんだよな? もう大人になったんだよな? 自分で言ってたよな? でも二十一時って寝るの早すぎじゃないかッ――

「めっさ子供やん!」

「む! 子供じゃない。私はもう大人。なら十時まで起きる・・・・・・いつもより一時間も長起きする私、大人」

「そっすね」

 俺はもうとことん軽い返事で済ませた。本気で柊に付き合うのは疲れる。俺も早い内に寝てしまおう。

「俺風呂に入りますんで」

「うん」

 一応柊に許可をへてリビングを後にし、脱衣所で服を洗濯機に放り込む。今日一日の疲れをやっと癒せるのかと思うと、風呂も楽しみになってきた。

 俺はまず、髪の毛から洗う。髪を水でぬらし、水もしたたるまずまずの男になってから、シャンプーを泡立てて揉みこむように髪の毛を洗った。

「やっぱ、美容院で洗って貰う方が気持ちいな」

 思い出すのは美容院のお姉さんの綺麗な手。優しい手つきで、痒い所は在りませんか?と尋ねられれば、永遠に痒いですと言いたくなるほど、髪の毛を洗ってもらうというのは気持ちがいい。

「なら、私がやってやろう」

「お、マジですか、ありがとうございま――ッて柊?」

「わかりやすいボケをありがとう」

「う、どういたしまして」

 目は開けていない。だが柊の声がした時点で柊が風呂に侵入してきたことは事実だ。因みに俺はスッポンポンだ。一人で風呂に入るとき秘所をタオルで隠したりするはずが無い。即ち、柊には今・・・・・・

「もしかして見えてますか?」

「何が?」

 それを言わせるのかお前は!

「あぁ・・・・・・いや、今気づいた」

「・・・・・・」

「小さすぎて気づかなかった」

「うわ~ん!」

 俺はあわてて自分の息子を隠す。

「あの! すんませんが出て行ってください」

「お前はバカか? 何故私物が私に命令する」

 今、柊は俺の事をものすごい見下していることだろう。誰か助けてください。

「お前の髪を私が洗ってやると言った」

「いや、でも――」

「小さいにもほどがあるソーセージを潰すぞ」

「うわ! マジスカ? 是非洗ってください! 柊さんに洗っていただけるとマジ幸せっす!」

「うん」

 再三言うが俺は権力者には屈する人間だ。ましては息子のピンチに、抵抗するほどバカじゃない。

「目開けていいですか?」

「許可する」

 俺が目を開くと柊が制服姿でシャンプーボトルに手を伸ばしているところだった。数度キュポキュポと手の平にシャンプーを出し、平手で伸ばすと俺の頭に手を乗せた。お互い向き合っているため柊の胸付近が視界にドアップとなり少しだけ心の蔵がとくんと音を立てる。

「行くぞ」

「はぃ」

 俺はほんのり頬を染めつつ、返事をする。柊さんて男らしい。いつもいつもリードしてくれて・・・・・・少し強引なところもあるけれどそこがまた、

「っ痛ぁ! 痛い痛い! ストップストップ」

「どうした」

「どうしたじゃねぇよ! 洗うの強すぎだバカ! 大事な髪の毛が抜けたらどうすんだよ!」

 あまりの力強い洗い方に、俺は少しでも柊の心象を良くする妄想を止め普通に怒鳴ってしまった。

「ぁ・・・・・・すまん」

「うぐっ」

 俺の言い方が強すぎたのか、普段強気な柊が微妙にションボリし、気まずい雰囲気が流れた。

「・・・・・・髪の毛よ、すまん」

「って、髪の毛に誤ったんかい!」

「うん」

 心配した俺がバカだった・・・・・・

 風呂場では一騒動あったが、気がつけばもう十時。柊の就寝時間となっていた。

 俺は風呂から上がり、柊に一声かけてから自分の部屋へと向い、何をするでもなく布団に潜り込む。本日は色々あったが、寝て起きたら全部夢でしたってことに成っていたらなぁ、なんて甘い考えを打ち消すようなことがありすぎて困る。

「ったく、明日から大変だなぁこりゃ」

 リビングの明かりが消えた。扉の隙間から漏れていた一階の明かりも無くなり、家全体が暗闇に包まれた。俺もそれに伴い少しずつつ意識を落としてゆく。

 明日になったらまず何をしようか・・・・・・きっと柊に悩まされる事になるだろう。だが、平凡な日常から一転した今日日はわりと楽しくもあった。なんだ・・・・・・俺楽しんでんじゃねぇか。

上辺では嫌がって俺だが自分の内心を知ると不思議と胸が高鳴った。もしかしたら平凡な日常に飽きていたのかもしれない。そう考えると明日が楽しみだ・・・・・・今日はもう寝よう。

お休み・・・・・・・・・・・・柊


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