決着の行方はみえている
「私が空手を習った理由・・・・・・朝の柊さん、あなたなら少し分かってるのよね」
柊はピクリと眉を動かす。
「違うか・・・・・・口に出して言う勇気がなければここにいる資格が無いってあなたは言いたいのよね」
柊は無言で頷いた。彼方はふうっと息を強く吐くと緊張をほぐすように深呼吸をした。
「私が空手を習ったのは雪人を守るため」
「ぇ・・・・・・」
言葉が出なかった俺にちらりと視線を向けた彼方は、少し照れくさそうに笑っていた。彼方と居て初めて心臓が高鳴った。
「私は大好きな雪人を守るために空手を習い始めたのよ」
「なっ・・・・・・」
「だから、あなたに雪人はあげれない」
そして彼方は無言で、流星の構えを取る。腰を深く落とし、左手を腰に引きつけ強く握りこむ。右足を前に出し、その足に沿うように腕を伸ばすと肘を曲げ、作られた拳は万力のように絞り込まれていた。
彼方は本気だった。この構えは彼方がもっとも得意とし、尚相手を確実に昏倒させる時、そして彼方が空手の全国大会の決勝で使った型だった。相手の攻撃を捌くのではなく受け、攻撃後の隙をつく絶対の一撃はまさに肉を切らせて骨を絶つ。至ってシンプルだ。だがそれだけに難しく打ち負ければ自滅は確実だった。
本来打撃力の高い相手に取る型ではない。特に柊の持ち味は怪力だ。肉を切らせたら骨ごと持っていかれるなど予想も付きそうだったが何故・・・・・・
「不思議そうな顔をしてるわね・・・・・・でも私はこれでずっと勝ってきた。だから私はこの型を信じるわ。空手と同じよ。ポイントさえ取られなければいくら打たれてもいいのよ。最後に私が打ち込んで決めればね。それに、リスクを恐れて安全を取ってたりしたらあの女には勝てないもの。今日は絶対負けられないから」
彼方はそっと微笑むと、また柊へと目を向けた。その目は鋭く敵を見据え、必ず勝と信じて疑わないものの目だった。しかし決して油断はなく、自分の持てる警戒心から相手の力量を推し量ろうとしていた。
対する柊も目つきは鋭かった。特に決まった構えはしていない、完全なる我流の構え。しかしそれだけに力強く、勇ましくも見えた。
だが俺はこれだけを見て先が読めた気がした・・・・・・それがひどくつらい現実であり、二人が傷つけ合って得られる物など、俺からしてみればたかが知れてるのだ。こんな言い方は不謹慎かもしれない。
二人は真剣で・・・・・・真剣に俺を思ってくれている。だから俺も本気で応えなくちゃいけない。だから本当は見守ってやらなくちゃいけない。二人の決着を。
だが、もう一度言う。俺には決着の行方が見えてるんだ。分かってしまってる。二人が戦うことでどうなるのか。それが分かってて、この勝負見てることなんかできるはずがない。俺にはそんな勇気はなかった・・・・・・・・
「頼む」
俺は二人に許しを請うように頭を深く下げ言った。
「部屋が荒れるから止めてください!」
沈黙が舞い降りる。たった数十秒の沈黙は、されど数時間のようにも感じられた。二人の冷たい視線が突き刺さる。俺は顔を上げられず誰かが口を開く事を願った。
「っぷ、っくくくあ、あははっははははぁ~。はぁ~あ・・・・・・やっぱり雪人ね」
「ぇ?」
俺は、突然笑う彼方に戸惑った。
「いえ、雪人にこういう空気は、似合わないと思っただけよ。ぁ~あ熱が冷めちゃったわ。あなたもそうでしょ?」
見れば柊も笑いながら肯いていた。
「あぁ・・・・・・女二人が男をかけると言うのに、本人は部屋の心配。あきれた」
「なら手を引くかしら?」
「それは嫌だ」
そして二人はまた笑いあった。
さっきまでのギスギスした雰囲気はまったくなく、特に二人は旧知の仲と、思わせるほど仲良く、笑いあっていた。
だから俺も笑った。
二人が俺を賭けるのは好きにしても良いが、俺の気持ちをまったく考えてなかったことが、男として情けなく俺は笑ったのだった。