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彼方 過去1

 彼方が始めて雪人とあったのは小学校低学年の時だった。

 彼方にとって小学校の勉強は退屈以外の何者でもなかった。授業を聞けばまともにノートを取らずともできた勉強。それこそ品行方正でいるために家で予習をしていた彼方からすれば、小学校の授業などお遊びにしか過ぎない。

 つまらないずっとそう思っていた。こんな時間があと数年続くのかと思うとげんなりする。友達はみんなバカ。幼稚な女の子、すぐにちょっかいを出してくる男の子。少しは成長したら? 彼方ずっとそう思っていた。だが決して表には出さない。いつだって笑顔を振りまき、ちょっかいを掛けてくる男の子には少し口を尖らせて怒る。それが小学校を過ごす彼方のスタンスだったのだ。

 彼方は賢い。だから知っていたのだ。自分がもし周りのみんなと違う態度をとればそれだけで敵にされる。愚かな子供たちは自分と違う存在が許せない。だから彼方は取り繕う必要があった。だから学校生活はつまらなかった。

 そんな時、彼方の通う小学校に転校生がやってきた。それが雪人だった。教壇に立ち、黒板に名前を書いてペコリと頭を下げると調子よさ気に自己紹介を始める。何度もお惚けをするように話す雪人を彼方は内心見下していた。

 ふざけた言動をし、自分を貶めそして笑いを取る。この男にプライドはないのか? 彼方はそう思い雪人を好ましく思わなかった。

「じゃあ、雪人君の席は彼方さんの隣ね」

 窓際一番後ろの席は彼方が座っている。その隣に空席があったため彼方は予めこうなるだろう事はわかっていた。

 先生の言葉に従って雪人はへらへらしながら、自分の席までやってきた。一瞬彼方を視界に捉えると、雪人の顔がふにゃりと崩れた。うざったい。人の顔を見てニヤケ面をする雪人を見た彼方はよりこの男が気に食わなかった。

「よろしくね、彼方」

 彼は笑顔で握手を求めてくる。クラスのマドンナ的存在である彼方に握手を求め一瞬男子共が殺気を放つが雪人はまるで気にしていないようだった。

 彼方は雪人に笑顔で握手を返す。本当は握手どころか顔も合わせたくなかったが、これが小学校を過ごす彼方のスタンスであるため仕方がなかった。

「うわぁ~こわいなぁ」

 雪人の言葉に彼方はぎょっとした。彼は何を見て怖いと言ったのか。クラスの男子の視線か? それとも彼方が本性を隠していることがばれたのか。もし後者だったとしても彼方には関係ないそう思った。例え雪人が彼方の事をどう言おうが雪人の言葉を信じるものは居ない。何故なら彼方はずっとみんなを騙し続け信じさせていたからだ。ひょっと出の雪人に彼方は負けるつもりなど一切なかった。だから彼方は堂々と笑顔で「何が」と言ってのけた。

 雪人は一瞬戸惑うように逡巡し、

「男子の視線?」

 と疑問系で答える。彼方はわずかばかり安心した。この男はわかっていない。私は自分をちゃんと造れている。ならこのまますごしていても問題はない。やはり簡単に見抜けなどしないのだ。何故なら今までだって誰一人私の本性を知るものは居なかったのだから。彼方はそう思うと握手していた手を放し、前を向いた。視界の端で雪人が苦笑している所を見ると、少し不安になった。

「ねぇねぇみてくれよ」

 雪人が席に着くと早々に授業が始まった。退屈な社会の授業。雪人も退屈に思っているのか、教科書に載っている歴史的人物の顔の落書きを彼方に見せると、どう? と顔で訴えてくる。

「おもしろいね」

 彼方は笑顔で言った。だが何が面白いのか、こんな事をして何になるのか、まったく下らない。そう思っていたが決して表には出さない。

 雪人は彼方の内心を知らず、満足そうに頷くと、次から次へと落書きした人物絵を見せてくる。そのつどクスリと笑ったフリをして彼方は雪人に合わせていた。だから、

「彼方はおもしろい子だね」

 その言葉に彼方は反応することが出来なかった。おもしろい子・・・・・・本来なら彼方が雪人に向かって言う筈の言葉。だが雪人はその言葉を彼方に向けて言った。

「ぇと、何が・・・・・・かな?」

 雪人はう~と考え込むように悩むと、

「人の気持ちを考えられる所。だってさ、この落書きの何処がおもしろいのか僕にはまったく理解できないんだけどさ、彼方は笑ってくれたよね。それって僕が傷つかないように・・・・・・いや、僕に不快感を思わせないようにするためじゃないの? そのほうが敵、も増えないし」

 彼方は絶句した。この男は私を試していたのか? 小学校低学年の分際で人の本質を見抜こうとしているのか。いや、見抜かれていた。完全に。

 私の方が手玉に取られていた。見下した相手にすべて見抜かれていた。愚かなのは自分の方、雪人の事を子供だと思っていたが、子供だったのは自分の方。

 自分の顔が急激に熱くなった。恥を掻いた気がした。彼方は雪人から顔を背けると、赤くなった顔を見られないように俯くが、このとき自分の耳が真っ赤だったことに気が付かず、雪人にクスリと笑われるとより一層自分が子供のように感じられた。

 雪人が転校してきてから何日も立つが、クラスの彼方に対する視線や関わり方すべてが今までと同じで、それが少し気に入らなかった。いや、自分の本質を見抜き、それでもなお普通に接触してくる雪人、そしてクラスのみんなに何も言わない雪人が憎たらしかった。自分が一番大人だ。みんなガキばっか。そう思っていた彼方に取ってこんなに屈辱なことはなかった。

 ただそう思えば思うほど自分がガキなんだと思い知らされて余慶に雪人をわずらわしく思った。

 それからさらに数日すると雪人の家と自分の家が近所にある事を彼方は知った。それもお向かいさんだった。今まで気づかなかった自分は気づいたその日に雪人に話しかけた。

「あなた、知ってた? 私とあなたの家がご近所さんだったって」

 彼方は雪人に対してはもう取り繕うのを止め少し冷たさを感じるような口調で話す。自分が取り繕うたびに笑顔になる雪人を見ると、自分が情けなく思えてくるからだ。

「知ってたよ」

 雪人は当然の様に言った。

「もしかして今まで知らなかったの?」

 少し笑みを含んで言う雪人の態度に彼方はムっとした。少しバカにされたような気がしてならなかった。この時からどうにかして、雪人の弱点は無いかと考えるようになった。この男を見下し、跪けさせたい。そう心から思うと、案外すぐに雪人の弱点がわかった。

 帰りのホームルームが終わった放課後、彼方は教室に忘れ物をしていたことに気が付いた。すでに下駄箱から靴を取り出しはき終わっていた彼方は一瞬教室に戻るのが面倒だとも思ったが、明日の宿題提出に必要なプリントだったため取りに行くことにした。

 教室付近に近づくとなにやら教室から騒がしい音がしていた。何かと思い扉の窓から中を覗くように見ると、雪人と二人の女の子の姿が見えた。何故だか心にもやっとした苛立ちを感じたが、頭を振るうことで苛立ちを拭い去り、再び彼らの動向に目をやった。

 雪人はどうやら小突かれていた。少し困ったような表情をした雪人と、楽しそうに雪人を小突く女の子。いったい何をしているのかよくわからなかったが、雪人は抵抗するそぶりを見せなかった。一瞬イジメなのかとも思ったが、三人の雰囲気を見ている限りそうではなさそうなことがわかった。

 彼方は、思う。雪人は暴力に弱いのだろうか。困ったように目を伏せ、決して抵抗しないそのそぶりは弱者そのもだった。その日はなんとなく教室に入りづらく、結局、もと来た道を引き返し帰路に着いた。

 家に着くと教室の出来事が思い出された。どうしても確かめたい。そんな思いが彼方を突き動かす。自分の家の窓から外を眺め、雪人が帰ってきたことを確認すると、すぐに家から飛び出し、とりあえず近くの広場まで連れてきた。

 そして、何もわからず困惑している雪人の顔面を、またまたとりあえず何も言わずに全力で殴る。我ながらなんてバカなことをしたのだろうか、彼方はそう思った。

 ぐへっと、変な声を出して倒れる雪人を足蹴にすると懇願するような表情で見上げてきた。

 勝った。心の中で浅ましくも醜い感情が流れ出す。今、自分は、あの雪人を足蹴にしているのだ。

「許して欲しいの?」

 自然とそんな言葉が出てきていた。雪人に願わせ謝らせることで、自分が上の存在だということをわからせる。それこそ子供のやる事だったが、この時の彼方にはそんなことを思う余裕など一切なかった。悔しい思いをありったけ雪人にぶつける事だけが、今の彼方に取って、もっとも重要なことだったからだ。

 わけもわからずうなずく雪人に彼方は優越感を覚えた。

「なら、私を見下した事、大人ぶってる事、ちゃんと私の方が大人だって認めた上で謝りなさい!」

 雪人を口を開く。だがそれは、彼方の欲していた言葉ではなかった。

「僕は、彼方を見下したりしてないし、大人ぶってるつもりもないよ。でも何やら誤解があったみたいだね。だから謝るよ。ごめんなさい許してください」

 みんなの前ではおと惚けする態度も彼方の前ではまるで紳士のような振る舞い。それが余計に彼方の苛立ちを募らせる。

一瞬で自分の本性を見抜いた雪人は本当に大人であり、みんなの前では自ら笑いを取りに行くような役をわざわざ買って出ている。そんな気がしていた。だから彼方は無言でもう一度雪人を足蹴にした。

「あ、あれ? 謝ったよ?」

 そんなことを口にする雪人に彼方は容赦なく蹴りを入れた。

「ぐへ、ちょ、まって、痛っ、」

 何度も何度も蹴ると雪人の体がぷるぷると振るえ始めた。

「泣くの? 泣くのかしら? 女の子に蹴られてピーピー泣くのね」

 そしてもう一度蹴りを入れると、

「痛いって言ってんじゃ――――!」

 そう言って勢いよく立ち上がる雪人に彼方は驚き尻餅を付いた。立ち上がった雪人は唖然と見つめる彼方に二の句を継ぐ。

「ったく、可愛いから少し紳士に話しかけてみたらこんなに真っ黒だったのかよ。マジ最悪。っくっそ、超イテー」

 彼方はそんな雪人を見ると立ち上がり全力で殴り、そして蹴りを入れた。

「あ、ちょイタイ。あ、あれ、怒ったの? ゴベン、マジごべんって。あ、うぐ、ちょもうゆるひて」

 彼方は気が落ち着くまで雪人を殴り倒すとボロ雑巾のようになった雪人を広場に捨て置き一人家へと帰宅した。

 玄関のドアを開け、ただいまの言葉を言うと、母親の「どこ行っていたの?」という言葉を聞き流し自分の部屋の扉を乱暴に開け閉めしてベットに飛び込んだ。軋むベットの上で彼方は頬がにやけるのが止まらなかった。

 あぁそうか、自分は勘違いをしていただけだった。あいつが大人に見えたのは大人のような振る舞いをしていたからだ。自分とは逆の事をしていたそれだけだった。彼方と話す雪人は大人ぶり、そしてクラスのみんなと話す雪人は笑い役を買って出ているのではなく、単純にそれが雪人の本当の性格・・・・・・本性だったのだ。やっぱり自分の方が大人だった。しかも雪人は暴力を極端に怖がる。面白い。

 それに気づいてから彼方はひたすら雪人に絡むようになった。教室では、いつものように品行方正な生徒として話しかけ、誰もいなければ本性をさらけ出し、気に食わないことがあれば雪人を殴った。

 雪人は殴られるたびに、痛い痛いと、面白おかしく騒ぐのだ。それが彼方に取って、たまらなく楽しいことに感じられた。

 そのうち、学校の往き帰りも雪人とともにするようになった。今日も今日とて雪人を虐める彼方に雪人は観念したように言った。

「ったく、なんだ彼方お前・・・・・・そんなに俺のことが好きなのか」

「っな!」

 彼方は空いた口がふさがらず、何故だか顔が急激に熱くなる。まるで凄い恥を掻かされた時のようだ。

「だってよ、好きな子にちょっかいを出すなんて典型的な小学生スタイルだろ」

 お前も小学生だろ! 一瞬彼方はそう思ったが、雪人の言葉があまりにもふざけたものだったため直に反論する。

「バ、バカを言わないで! 誰があなたみたいなへなちょこ好きになるのよ」

「良いって、良いって、照れなく――っぐぼぉ!」

 何もかも分かったと言うような雪人の言葉に思わず拳を突き出していた。そして彼方は、この恥ずかしい頭の持ち主をこれでもかと殴り気分を落ち着けた。

「ったく、変なこといわないでほしいわ」

「ごべんなざい」

 タコ殴りにされた雪人は彼方の後ろをとぼとぼと歩く。そんな雪人を見て彼方は満足していた。


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