Phase 7-01:辞令交付「水星支社長(強制)」
※この作品は生成AIを使用して作成されたものです
私の名前はミナト。
地球人で、ムゲン・システムズのクレーム処理係――のはずだった。
最近はもう、肩書きが追いつかない。
「物理的に正しいが、社会的にヤバい」案件の後始末をする係。
あるいは、宇宙人ザルグの暴走を“現場で止める係”。
(……いや、止められてないけど)
第6話の“監査官襲来”から数日。
東京はいつも通り、夜景が戻っていた。
タワマンの灯りが、今夜も誇らしげに点滅している。
――尊厳が何ワットかは知らないが、とりあえず光っている。
ムゲン・システムズのオフィス。
いつものように私は出社し、いつものように「新しい地獄」を探すように自席へ向かった。
そして。
デスクの中央に、白い紙が一枚、きっちり置かれていた。
(……いやな予感)
紙は、あまりにも“会社の紙”だった。
フォントが硬い。
行間が冷たい。
そして、必要な言葉だけが淡々と並んでいる。
私は恐る恐る、上から読んだ。
―――――――――――
辞令
発令:太陽系第1惑星(水星)開発事業部・支社長への出向を命ず
期間:ダイソン・スウォーム第一期工事完了まで(未定)
帰任:未定
―――――――――――
「……え?」
声が出たのは、私が一番驚いた。
(支社長……?)
(栄転……?)
(いや待って、会社に水星支社って何……?)
私は紙を二度見し、三度見し、四度見した。
見直しても、文字は消えない。
むしろ“未定”が増殖しているように見える。
「……支社長!? 栄転ですか!?」
私は、思わず笑ってしまった。
人は極限まで追い詰められると、現実逃避で明るい解釈を始めるらしい。
その瞬間。
背後から、あの低く乾いた声が聞こえた。
「おめでとう」
(いた……!)
振り向くと、ザルグが立っていた。
いつもの青白い顔が、今日はなぜか妙に“普通”だ。
昨日までの「監査官ショック」から、回復したのか。
あるいは、心が壊れたまま平然としているのか。
「ザルグさん! これ……水星支社長って……!」
「ああ、栄転だ」
(やっぱり栄転!?)
(うそでしょ!?)
私は一瞬だけ、人生が好転した可能性に賭けた。
「部下は何人いるんですか? 支社長ってことは、チームで――」
「部下は十万いる」
「……十万?」
「自動増殖型採掘ロボットが十万体だ」
「……ロボット」
「大所帯だ。お前は今から管理職だぞ」
(管理職の定義が、地球と違いすぎる……)
私は辞令を握りしめ、最後の希望に縋った。
「じゃ、じゃあ……人間の部下は……?」
ザルグは、まるで気温を読み上げるような平坦さで言った。
「お前一人だ」
「……一人!?」
声が裏返った。
「支社長って、普通は……普通は……! 現地に人がいて、引き継ぎがあって、歓迎会があって、せめて……せめて“前任者”とかが――」
「前任者はいない。支社が存在しなかったからな」
「ゼロから支社を作るんですか!? 私が!? 一人で!?」
「正確には“ゼロ”ではない」
ザルグは指を立てた。
「現地には住居がある。プレハブだ」
「プレハブ」
「酸素もある」
「酸素」
「食料もある」
「食料」
(必要最低限の“生存要件”しか言ってない……!)
(会社の辞令って、“生きられます”が基準だっけ!?)
「……いつ出発なんですか?」
私が聞いた瞬間、ザルグは当たり前のように言った。
「今からだ」
「今から!?」
オフィスの時計を見る。
午前九時。
通常なら、ここからメール地獄が始まる時間だ。
しかし今日の私は違う。メール地獄どころか、水星地獄である。
「荷物……荷物とか……!」
「必要ない」
「え?」
「向こうにある。すべて現地調達だ」
「現地調達って……水星ですよ!? コンビニないですよ!?」
「氷はある」
「氷が何の役に立つんですか!!」
ザルグは、私の机の端を指でトントン叩いた。
辞令の紙が、嫌になるほど静かに揺れた。
「いいか、ミナト。これは“出向”ではない」
「……え?」
「生存の最適化だ。地球は騒音が多い。クレームも多い。監査官にも見つかりやすい」
「だからって水星に飛ばす理由にはならないでしょう!」
「見つからない場所で、成果だけ出せばいい」
(それ、現代で言うと……どこかの島に左遷されて“結果だけ出せ”って言われるやつ……)
私は辞令の“未定”を見つめた。
期間:未定。
帰任:未定。
この二文字が、じわじわと視界を侵食してくる。
「……これ、片道切符じゃないですよね?」
「片道切符だ」
即答だった。
「えっ」
「帰りの燃料は積んでいない」
「えっ」
「帰還は、現地でインフラを作ってからだ」
「えっ、えっ、えっ……」
言葉が追いつかない。
脳が“拒否”している。
そんな私をよそに、ザルグは淡々と続けた。
「大丈夫だ。人類は順応する。お前も順応する」
「いや、順応の前に――」
「ほら」
ザルグが、私の肩を軽く叩いた。
「支社長。挨拶は?」
「……は?」
「水星支社長としての最初の仕事だ。宣言しろ」
私は、辞令を握りしめたまま立ち尽くした。
喉が乾く。
頭の中は、真っ白だ。
それでも――
社会人の体は、反射で動いてしまう。
「……水星支社長のミナトです……よろしくお願いいたします……」
声が震えた。
ザルグは満足げに頷いた。
「よし。では行くぞ」
「ちょ、ちょっと待ってください! 引き継ぎが! 会社のPCが! 私の観葉植物が!」
「観葉植物は不要だ。水星に葉緑体はない」
「そういう問題じゃない!!」
私は机の引き出しを開け、意味もなくペンを掴んだ。
持っていってどうするのかも分からない。
ただ、“地球の物”を握っていないと、心が崩れそうだった。
ザルグは歩きながら、振り返らずに言った。
「なお、出向先では日焼け止めが必要だ」
「日焼け止め?」
「推奨SPFは――」
私は、息を呑んだ。
「……いくつですか」
ザルグは、いつもの調子で答えた。
「SPF五千万だ」
「バカなんですか!!」
叫んだ声が、オフィスに虚しく響いた。
しかし誰も驚かない。
この会社では、宇宙絡みの怒号は日常だ。
ザルグは、振り返って微笑んだ。
「安心しろ。計算済みだ」
(その“計算済み”が、一番信用できないんだよ……!)
私は辞令を胸に抱えたまま、オフィスを後にした。
ドアの向こうに待っているのは、宇宙。
そして、水星。
そして、片道切符。
(……社畜の出張、ついに“惑星間”になったか……)
私は心の中で深いため息をつきながら、ザルグの背中を追った。




