第7話『はじめの一歩、はじめの一撃』
試合開始のゴングが鳴った。
リングの中央に立つきらりの視線の先には、派手な赤いトランクスを履いたキック系ファイター、嶺井ユウ。場慣れしているのか、余裕の笑みを浮かべ、グローブを打ち鳴らしながら前に出てくる。
「遊びに来たんじゃねーんだろ? 元アイドルさんよ」
きらりは無言で構えた。呼吸を整え、足裏の感覚を確かめる。空手の中段構え──けれど、柔らかく、しなやかに。
ユウは早速ローキックを放ってきた。重く速い。
(鋭い……!)
脛にあたれば終わる。きらりは最小限の動きで体を捻り、回避。すかさず突きを繰り出すが、軽く払われた。
「ほら、踊るならもっと華やかにやれよ!」
観客の笑いが、耳の奥で遠く響いたような気がした。けれど、きらりはその声に飲まれない。むしろ、その“リズム”のような揺れの中に――ある法則を探していた。
(呼吸が……浅くなる前に動いてくる。タイミング、ある)
再びユウが右ミドルを放つ。きらりは跳ねるように距離を取り、避けながらその動きを目で追った。
——次は、右のフェイントから左のハイ。
視線の揺れ、わずかな肩の沈み。
きらりの中で、すでにユウの動きは「振り付け」のように見えていた。
(わかる……!)
次の瞬間、きらりは自ら前に出た。相手の得意とするリズムに、自ら飛び込むように。
「なっ……?」
ユウの左ハイキックを、わずかな後傾と腕の払いでいなしたその瞬間――
“模倣”が発動した。
きらりの体が、無意識にユウの蹴りの軌道を真似ていた。だが、それはただの真似ではない。
体重移動、踏み込み、体幹の旋回――すべてが、きらり流に最適化されていた。
「えっ!? あの蹴り……!?」
観客がざわつく。
ユウは焦りながらも詰めようとするが、きらりの次の動きはもっと速かった。
一度模倣した動きから、「逆のテンポ」でリズムをずらし、空手の型に戻った。
(今……ここ!)
相手の体重が右に偏った、その一瞬。
きらりは踏み込み、腰を切り、体の芯から突き出すように拳を繰り出した。
「中段突きッ!!」
腹部にめり込む直撃。ユウの体が一瞬くの字に折れ、膝をついた。
「ダウン! 一本勝ちーッ!」
会場が一瞬静まり、やがてどよめきが広がった。
「なんだ、あの突き……」
「空手? でもなんか違う……」
「いや、踊ってるみたいだったぞ……!」
実況マイクが興奮気味に響く。
「これは空手……なのか?」「いえ、“きらりスタイル”と呼ぶべきでしょう!」
きらりは深く息をつきながら、軽く礼をしてリングを降りた。汗が頬をつたう。でも、その顔には、確かな自信が宿っていた。
リング下の観客席――その隅で、朱音という少女が静かにその戦いを見ていた。
長い黒髪を結い上げ、深紅の瞳でじっときらりの背中を見つめる。
(あれが、空手……?)
だが、朱音はすぐに首を振る。
(いや。あれは――“舞う者の拳”。)
朱音の目に、興味と闘志の火が灯った。