第6話『リングに立つ理由』
「……ここ、本当に地方大会?」
会場となるアリーナに足を踏み入れた瞬間、きらりは思わず声を漏らした。
鉄骨が剥き出しの天井に、スポットライトがいくつも吊るされ、仮設とは思えないリングが中央に鎮座している。周囲には各地の格闘技ジムや道場の名が刻まれたのぼりが並び、すでに控室前は殺気立っていた。
空気が違う。
「……なんか、場違い?」
道場の師範・古賀に誘われ、天翔館の代表として《SHIN・SPIRIT杯》に参加したきらり。だが控室で待機する中、周囲からの視線は冷たかった。
「なんだ、アイドル?」「パフォーマー枠かよ」「パンチ受けたら終わりじゃね?」
誰もが無遠慮に囁き、失笑を浮かべる。
壁の端に貼られたトーナメント表には、太い筆跡で書かれた「朱音」「一ノ瀬」「佐伯」の名。そしてその下に、小さく「星乃きらり」と添えられていた。
——アイドル崩れが何しに来た。
その空気が、言葉にせずとも会場全体からにじみ出ていた。
「ちょっと、外出てくるね」
きらりは控室を抜け出し、裏の通路から屋上へ向かった。
吹き抜ける風の中、きらりは壁にもたれ、深く息を吐く。
「別に、有名になりたくて来たわけじゃないけど……舐められると、さすがにムカつくなぁ……」
スマホを取り出し、ふとSNSを開く。
《踊る空手少女、参戦決定!》という記事に、いいねとリプライが並ぶ。
【え、元アイドルの子じゃん】
【ビジュだけはいいな】
【勝てるわけないでしょw】
【つーか格闘技舐めすぎ】
胸の奥に、また重いものが沈む。けれど、それでも画面を閉じずにいたのは、自分の中にまだ“誰かに見ていてほしい”という気持ちが残っているからだ。
そのとき、背後から足音がした。
「きらり」
「……古賀先生」
古賀師範はゆっくりときらりの隣に並び、空を見上げた。
「悔しいか?」
「……はい。でも、怖くもあります」
「それでいい。怖いというのは、己の未熟を知っている証だ」
きらりは視線を落とし、拳を握った。
「私、ただ“踊ってるだけ”って思われてる。パフォーマンスだって」
「違うか?」
きらりははっとして、古賀を見つめた。
「確かにお前は、踊るように戦う。だが、それが“お前の型”だ。誰が何を言おうと関係ない。……お前が立つ場所は、客席でも、対戦表の端でもない」
古賀はきらりの肩に手を置き、ゆっくりと言葉を刻んだ。
「お前が立つべきは、相手の“正面”だ」
その言葉が、きらりの胸の奥にすとんと落ちた。
──戦う理由は、誰かの評価じゃない。
──私は、“舞うように戦う”ことで、私自身を証明する。
その夜、宿舎の鏡の前で、きらりは黙々と型を繰り返していた。照明の下、柔らかく流れるような動きの中に、静かな闘志が宿る。
「私は戦える。“舞うように”じゃない、勝つために舞う」
鏡の向こうで、リングに立つ自分が、確かに笑っていた。