第5話『バズった戦い』
「きらり先輩、ヤバいっすよ! これ見てください!」
朝の道場。雑巾がけを終えたきらりの元に、少年部のひとりがスマホを持って駆け寄ってきた。
画面には──YouTubeの動画。タイトルはこうだった。
《踊るように戦う空手少女、型で圧倒!》
映っていたのは、数日前のスパーリング。
やんちゃ系先輩・神田を「型通り」の動きで圧倒した試合。
誰かが撮影し、勝手に編集してアップロードしていた。
「えっ……これ……」
コメント欄には絶賛の嵐が並ぶ。
「これが空手?バレエか舞かと思った」
「“舞う拳”って表現がしっくりくる」
「アイドル出身ってマジ? 天才かよ」
「再生数、もう二十万超えてますよ! TikTokでも切り抜きバズってる!」
きらりは戸惑いながらも、そのコメントたちに心がざわついていた。
ステージのライトとは違う、けれどどこか似た“注目される感覚”。
でも──どこか、違う。
その日の午後。道場に一通のメールが届く。
「地方格闘技交流イベント《SHIN・SPIRIT杯》にて、女子オープントーナメントの枠が空きました。
もし“あの少女”が参加可能であれば、ぜひ出場をご検討いただければと思います」
きらりは画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。
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帰り道。夕暮れの公園。
かつてダンスの練習をしていた場所。
ブランコに座り、指先でスマホをなぞる。再びあの動画を開く。
(アイドルの頃、いつも“見られること”が怖かった。間違えたら、笑われたらって……)
でも今は、違った。
動画の中の自分は、誰かに“評価されるため”ではなく、ただ夢中で動いていた。
(型を通して、自分を表現してる。ステップも呼吸も、全部、わたしの中から出てる)
そのとき、ふと思い出したのは、ラストライブの光景。
ライトの中で踊る自分と、歓声と、拍手と──
終演後の、ぽっかりと空いた心の穴。
(アイドルとしてのステージは終わった。でも……)
画面を閉じ、立ち上がる。拳を静かに握る。
「……次のステージ、行こう」
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「出るのか、試合に?」
古賀師範が言った。きらりは静かにうなずく。
「怖いです。正直。でも……“型”の意味を、もっと深く知りたい。踊るように戦って、私の“今”を見せたいんです」
古賀は少し目を細め、うなずいた。
「よかろう。だが、これまでとは次元が違う。組手は“読み合い”だけではなく、“意志の衝突”だ。技術だけでは通じぬぞ」
「はい。でも、やってみたいんです。あのステージに、立ってみたい──“本当の自分”として」
その言葉に、古賀は何も言わず、ただ道場の中央に立った。
「──では、始めるか。“舞い”を、“技”にする修行を」
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SNSをきっかけに注目され始めた“踊る空手少女”。
だが彼女の目に映るのは、数字や称賛ではなかった。
ただ、自分自身が「何者なのか」を探すための、戦いの舞台──
──次回、いよいよ初試合へ!