第4話『型 VS 喧嘩殺法』
「マジでやるのかよ、古賀先生。こんな子と」
やれやれと髪をかき上げながら、やんちゃな風貌の青年が道場に入ってきた。
神田翔太、十九歳。
この道場の中でも実戦派として知られ、路上での喧嘩経験も豊富。
空手歴は浅いが、腕っぷしと度胸では一目置かれていた。
「面倒見るつもりで受けろ。だが、手は抜くな」
古賀師範の一言に、神田は肩をすくめる。
「はいはい。“アイドル上がり”がどこまでできるか、見せてもらいましょうかね」
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道場内の床に赤いビニールテープで四角く囲われた「試合スペース」。
そこにきらりと神田が正対する。
「構えて」
古賀の一声で、試合開始。
瞬間──神田が大きく踏み込んだ。
威嚇に近い突き。スピードも重さも十分。
だが、きらりの身体は自然に反応していた。
右手で受け流し、左足で回り込む。
「おっ、受けはできるのか。なら、次は──!」
神田の蹴りが振り下ろされる。
その荒々しさは型の範疇を逸脱していた。
だが──
「──八方受け」
小さくきらりがつぶやくと、身体は滑るように後方へ。
腕を巻くように動かし、蹴りを受け流す。
踊るように、流れるように。だが確実に“実戦”として成り立っていた。
神田は舌打ちした。
(なんなんだ、こいつ……動きに迷いがない)
次の瞬間、彼はフェイントを混ぜた連打に出た。
左右のパンチに体当たり気味の突進。
喧嘩仕込みの“崩し”に、きらりは──
「──転掌」
ひらりと身をひるがえし、神田の肩に手刀を添える。
力は込めず、わずかに押すだけ。
神田の足元がふらついた。
「うわっ──!」
(崩された!? いつの間にっ!)
きらりの目が一瞬、鋭く光る。
それはアイドル時代、カメラが向いた瞬間に切り替える“戦闘スイッチ”。
(読めた。左足で重心をとるタイプ。右の踏み込みに一瞬“止まり”がある──)
次の攻防。神田の拳が出た瞬間──
「逆突き!」
きらりの拳が神田の腹にヒットした。
完璧なタイミング、完璧な姿勢。
打撃音は重くはない。けれど神田はぐらりと膝を折った。
「う、っ……!」
静まり返る道場。
古賀がゆっくり歩み寄ると、きらりを見て静かにうなずいた。
「見事だ。型をなぞっただけではこうはならん。お前は“型の中にある理”を、自らのものとしている」
神田は苦笑して立ち上がる。
「……俺、なにやっても読まれてた。完全に踊らされたよ」
その言葉に、きらりはわずかに首を傾げた。
「踊らせたつもりは……ないけど。でも、“動き”の意味を考えてたら、自然に流れが見えてきて」
古賀は深くうなずいた。
「これは“記憶”の型ではない。型が彼女の中で──“舞い”に昇華されておる」
道場生たちがざわめいた。
“踊るように戦う少女”。その異端の空手家は、いま静かに名を刻み始めていた。