第3話『身体が覚えている』
「突き、構え、戻し!」
古賀師範の声が響くなか、きらりは木剣の前で息を整えた。
地味な反復練習──突き、受け、突き、受け。
見よう見まねでは済まされない。力の入れ方、腰の締め、視線の置き方。すべてに意味がある。
「……難しいな」
ダンスと似ているようで、根本が違う。
“見せる”のではなく“効かせる”──それが型の目的。
だが、きらりにはひとつ確信があった。
「身体で覚える」ことには、自信がある。
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「きらり、また覚えたの? いま見ただけだよ!?」
幼い頃、友達に驚かれるのが当たり前だった。
テレビで見たダンス、アニメの変身ポーズ、アイドルの振り付け……。
一度見れば、なんとなく、できてしまう。
中学でスカウトされ、オーディションを受けたときもそうだった。
振付師が一回見せたステップを、秒でコピーし、審査員がざわついた。
「それ、もう出来るの?」「……本当に初見か?」
──たぶん、私は“見る”より“感じる”人間なのだ。
動きの中にあるリズム、体重移動、筋肉の流れ。
頭でなく、身体が覚えていく。踊りは“考える”より“染み込む”ものだった。
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道場では今、「受け」の練習をしていた。
相手の突きを腕で流し、足で角度を変える。
ダンスで培った体幹が、ここで思わぬ強みとなる。
(突きは、ビート。受けは、リズムの崩し……)
その瞬間、きらりの頭の中で「型」と「踊り」の線が結ばれた。
「形じゃない、動きの“流れ”を感じて……」
汗が落ちても止まらない。身体が、自然に答えを導いていた。
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その夜、帰り道。
きらりは道場の後輩・ナオ(小柄な中学生)と駅まで歩いていた。
自販機の前で別れようとしたとき、背後から怒鳴り声が飛んだ。
「おい、お前ら、カツアゲしてんじゃねーのかよ!」
見ると、不良風の高校生2人がナオに絡んでいた。
制服の襟を掴み、「お前、偉そうな面してんな〜?」とニヤついている。
きらりは、息を呑んだ。
(怖い──でも……身体が……)
気づくと、彼女の足は自然と前に出ていた。
「やめてください」
低く、落ち着いた声。まるで“舞”の入りのようだった。
不良たちがきらりを見て笑った瞬間、
ナオに向かって腕を伸ばした1人の手を、きらりは自然と「崩しの型」で払った。
力じゃない。重心の傾きと角度をずらし、動きを流す。
相手の体がふらつくと同時に、きらりの手刀が肩口をピタリと止めた。
「……っ!?」
威嚇でも攻撃でもない。だが、その一撃には“緊張”が宿っていた。
不良たちは顔を見合わせ、何も言えず立ち去っていった。
ナオが震えながら礼を言う。
「きらり先輩……あんなの、初めて見た……!」
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翌日、道場にて。
古賀はきらりを呼び出し、静かに言った。
「ナオから聞いた。……恐怖に呑まれず、正しく“型”を使ったそうだな」
「……怖かったです。でも、身体が勝手に動いて」
古賀は少し笑う。
「それが“型”の本質だ。“身体で覚える”というのは、そういうことだ」
そして、彼は道着を持ってきて、きらりの目の前に差し出した。
「見習いは今日で終わりだ。これからは正式な弟子として、学べ」
きらりは目を見開いたまま、道着を両手で受け取った。
「……はい!」
その白い布は、まるで新しいステージ衣装のようだった。