第1話『最後のライブ』
「ありがとう! これが、Stella☆Novaのラストステージです!」
ドームの中心、光に包まれたステージで、星乃きらりは笑っていた。
それは完璧な笑顔だった。何千回と練習した表情、何千人もの前で披露してきたパフォーマンス。
──そして、これが最後。
「行くよ!みんな、ついてきてねっ!」
軽やかなステップと鋭いターン。
18歳にして芸能界の頂点を駆け抜けた少女は、その場を支配していた。
歌、ダンス、表情、そのすべてが一糸乱れぬ完成度で、会場を熱狂の渦に巻き込んでいく。
しかし。
ライブが終わった瞬間、ステージ裏で、きらりはそっとマイクを置いた。
楽屋に戻るなり、椅子に深く沈み込む。
メイクの隙間からのぞく瞳には、空虚な色が浮かんでいた。
「終わったんだね……」
隣で衣装を脱いでいた仲間たちも、どこか寂しげに笑っていた。
「これからどうするの?」
「女優やってみようかな〜」
「私は海外留学!」
きらりは笑って頷いたが、自分の胸の内は誰にも話さなかった。
マネージャーに聞かれた時も、ただ一言だけ答えた。
「……まだ、決めてないです」
•
数日後、東京の片隅、午後の公園。
夕方の風が木々を揺らし、ベンチに腰掛けたきらりは、ぼんやりと空を眺めていた。
スマホも見ず、何も考えず、ただ風の音に耳を澄ませていた。
ふと、向こうの広場で人だかりができていることに気づく。
「……?」
近づいてみると、白帯の少年が道着姿で立っていた。
向かいに立つのは、黒帯の空手家らしき中年男性。
観客の中に「おおーっ」という声が上がる。
「型だ……」
男が深く息を吸い、ゆっくりと正面に礼をした。
そして──鋭く突き、しなやかに受け、流れるような連続動作。
まるで、踊っているようだった。だが、明らかに違う。そこには”力”があった。
(綺麗……だけど、すごく……強い)
きらりの目が、瞬きを忘れる。
白帯の少年も続くように型を披露する。ぎこちないが、真剣だ。
男が「よくやった」と頭を撫で、少年が笑顔になるのを見て、きらりの胸が何かに触れた。
「……振り付けみたい」
思わず呟いたその言葉は、自分でも驚くほど自然だった。
•
その夜。
自室の鏡の前で、きらりは動画サイトを開いていた。
《【基本の型】平安初段》
《【フルスピード版】黒帯の型演武》
動画を何度か再生し、画面を止め、立ち上がる。
腕を突き、腰を落とし、足を引く。
リズムは、どこか懐かしい。ライブ前に何百回も繰り返したルーティンに似ている。
何度か試すうち、きらりの体が自然に動きを繋げ始めた。
「……あれ?」
自分でも驚いた。初めての型なのに、呼吸のリズムまで体が覚えているようだった。
ダンスとは違う、でも根っこは同じ。
身体で音を奏でる。身体で心を語る。
「これって……“踊る”ってことじゃない?」
きらりは、鏡の中の自分を見つめた。
汗が額をつたう。でも、心地よい。
何かが、はじまろうとしていた。
──“型”という名の、踊りが