メルダナ公爵家3
私の婚約発表の時、兄がフィーナ皇女をエスコートするなんて話が冗談交じりであったことは事実ではあるけれど、現実問題として、兄がフィーナ皇女の婚約者候補に挙がっているなんてことは、本当にあるのだろうか。
「お言葉ですが、さすがにあり得ませんよ。そんな話は聞いたことがございません。いくらリオンさまが臣籍に下られる予定であっても、妹のアルキオーネが嫁ぐことになっているのです。アルマク家と皇室がそこまで強いつながりを持つことに何の意味もありません。それに、それでなくても皇女殿下とは、年もかなり離れております」
兄は首を振る。
私もそう思う。陛下のご冗談に尾ひれがついて、まことしやかに噂され始めたのではないだろうか。
もちろんアルマク家は侯爵家だから、フィーナ殿下が降嫁してもおかしくはない家格ではあるのだけれど。
「心配しなくても今の段階なら、ただの世間話のレベルだよ」
メルダナ公爵は口角をあげて笑う。
ただ目は真剣だ。
私や兄から見ればあり得ない話だけれど、本当にそんな話が水面下で持ち上がっている可能性はある。
つい忘れがちだけれど、兄は学院でも意外とモテる優良物件なのだ。
「びっくりですよ。メルダナ公爵はご冗談がお好きなのですね」
兄は心底ほっとしたようだった。
「しかし君は欲がないね。皇女との話があるのなら、エミリアとの話は再考すると言ってもいいのに」
「お父さま!」
エミリアさまが抗議の声をあげる。
「今日の訪問がご不快で、ご令嬢への求婚がご不満とあれば、直接そうおっしゃっていただきたい」
兄は苛立ちを感じたのか、きっぱりと意見する。
「宰相閣下と違い、私は政治的で婉曲な駆け引きを好みません。ご令嬢の他のご縁談相手に比べて見劣りが激しく許可できぬとお考えであれば、はっきりそうおっしゃってください」
自分を持ち上げる体で、縁談を退けようとしていると兄は感じたのかもしれない。
「すまない。そんなつもりはなかった。私としては、君なら大歓迎だ」
メルダナ公爵は慌てたように首を振る。
「アルマク家は名家だ。ダビー君のきっぱりとした物言いは、非常に気持ちがいい。さらに両殿下の信頼も厚く将来有望だ。君が望んでくれるというのであれば、娘の嫁ぎ先としてこれ以上ない相手だと思っている。こちらからぜひお願いしたい」
「え?」
手放しに褒めちぎられて、兄は困惑の表情を浮かべた。
兄としては候補の一人になろうと思っていたのであって、とんとん拍子に縁談に進むとは考えていなかったはずだ。
私もさすがに驚いたけれど、エミリアさまの方を見るとあまり驚いた様子がなく、ある程度は予想済みだったのかもしれない。だとしたらエミリアさまは相当な策士だ。
「そうと決まれば、求婚状はこちらから侯爵へと送っておこう。陛下にも早々に話を付けておくから、安心したまえ」
メルダナ公爵はてきぱきと話を始める。
「あの……妹の私がこんなことを言うのもなんですが、そんなに簡単に決めてしまわれて大丈夫なのですか?」
さすがに心配になって、私は口をはさむ。
あれほど皇族との縁談を避けていたメルダナ公爵だ。私とリオンさまとの縁談があることも難色を示す材料になりかねないと思っていたのに。
「ダビー君は、エミリアの命の恩人でもあるからね」
メルダナ公爵はにこりと笑う。先程とは違い、目も笑っている。
ああ、そういえば舞踏会の時に魔道灯が落ちてきたとき、兄がエミリアさまを担ぎ上げて逃げたとか何とか言っていたっけ。
シチュエーションはともかく、絵的にロマンスのはじめにしては美しくないのだけれど。
「そう思っていただけるのは非常に光栄です」
兄は恐縮する。兄的には、緊急時における当たり前の行動をしただけであって、助けた意識もないかもしれない。
「他の令息なら、何とか恩に着せようとするところなのに、ダビー君はそうではない。あまりに何も言ってこないので、てっきり、アルキオーネ嬢とエミリアが友人であるというだけの関係なのかと思っていたよ」
「お父さま?」
エミリアさまは首を傾げる。
「リオン殿下を追いかけていた時とは違ってエミリアの方もそんなそぶりはなかったから」
「……私も大人になったのですわ。お父さま。余計なことをおっしゃらないで。ダビー先輩が変な誤解をしてしまいますから」
エミリアさまは口をとがらせる。
「アルマク家のお二人は、なぜか自己評価が極端に低いのですわ。そのようなことをおっしゃったら、私が命の恩人だからダビー先輩を選んだと誤解なさってしまいます」
「ふむ?」
メルダナ公爵は興味深そうに娘を見る。
「ダビー先輩に惹かれたのはもっとずっと前からですわ。それこそリオンさまに失恋したあとすぐですもの」
「え?」
その告白に驚いて、私と兄は思わず声をあげる。
「……初耳です」
全く気が付かなかった。兄もきっと寝耳に水だろう。言葉も出ないようだ。
「はじめて言いましたもの。でも、きっと、お二人以外はご存知だと思うわ」
ふふふと、エミリアさまは妖艶に笑んだ。




