メルダナ公爵家 1
その日のうちにエミリアさまに誘われ、私と兄はメルダナ公爵家へと招かれた。公爵家に学校帰りに寄るなんて気楽な訪問をしていいかといえば、たぶんマナー違反ではあるだろうなあとは思いつつ。
エミリアさまとしては、兄の気が変わらないうちに公爵さまと話をしたいというところなのだろう。
アルマク家は一応侯爵家であるし、私がリオンさまに嫁げば皇室とつながりのある家門になる。エミリアさまの縁談の相手としてそれほど悪くはないはずだ。相思相愛だという話であれば、反対はされないと思う。
「それにしても、なんか展開が速くないか?」
馬車で向かう途中、兄はずっと頭を抱えていた。
「親父とか、リオンさまに相談とかしておきたいのだけれど……」
「メルダナ公爵からの圧がそれだけ大きいということなのでしょう。エミリアさまとしては断れない相手から話が来る前になんとかしたいってことなのでしょうね」
もっとも皇族で適齢期にあるのはレジナルド殿下とリオン殿下だけだから、公爵家が断れない相手はそんなにはないはずだ。ただ、それこそ商売上とか政治的なつながりのある相手とかだと、エミリアさまの気持ちひとつでどうにかなるという問題ではなくなる。
「メルダナ嬢は俺を候補にして時間を稼ぐのはいいけれど、後戻りできるとは限らないし……」
兄は引き受けたものの、事の重大さに今更気づいたようだ。
「お兄さまはエミリアさまの本当の婚約者となるのはお嫌ですか?」
「あのな……」
兄の顔を覗き込むと、複雑な表情をしている。
「ひとたび婚約するとなれば、普通の令嬢は破談になることを恥と感じるものだ。解消を前提に話をすすめたお前は特殊だとわかっているな?」
「特殊事情があったのは事実ですけれど」
リオンさまとの縁談は、私が龍の巫女であったから持ち上がったものだ。リオンさまはそれだけでないと言ってくださったけれど。あの時の私は、まだ龍の未来視にこだわってもいた。
「候補になるのは構わない。だが、正式な婚約となると話は別だ。俺はメルダナ嬢の力にはなりたいが、彼女の経歴に傷をつけたいわけではない」
「お兄さまも傷がつくのはお嫌ですか?」
「俺は……別に。そもそも俺には高すぎる高嶺の花だ。一時でも夢を見たと思えばそれで済む話だ」
兄はそれだけ言うと、車窓に目をやる。
「俺は彼女から初恋を奪ったも同然だ。リオンさまが望んでいなかったというのもあるけれど、彼女を遠ざけ、アルキオーネをリオンさまに近づけた。本来なら恨まれてもおかしくないと思っている」
「エミリアさまは……もう、リオンさまのことはふっきれたとおっしゃっておられます」
私の前だけ強がっているのではないと思う。
「それは──俺もそう思う」
リオンさまを見つめる目が違うからと、兄は頷く。
「思ったより、お兄さまはエミリアさまをよくご覧になっているのですね」
「そりゃあ、お前の親友だし……」
兄は肩をすくめる。
「最初はもっと高慢で我儘なお嬢さまだと思っていたのだが、そんなことは全然ないし、誰に対しても公平で、しかも頭がいい。メルダナ公爵があれほど頑なでなければ、皇子二人の婚約者候補筆頭だったはずだ」
「それは……そうですね」
名家で優秀で、しかも美しい。非の打ち所がない人なのだ。
「だからこそ、俺を縁談除けに使う意味がよくわからない。もちろんやると言ったのは俺だから、彼女がやめたいと言わない限りするつもりだけれど、本当に好きな男が他にいるのなら、なぜそんなまどろっこしいことを……」
兄は腕を組んで考え込む。
兄の頭の中には、自分がエミリアさまの想い人であるという可能性は欠片も感じていないようだ。
少し考えれば、エミリアさまが好きでもない人を婚約者候補として縁談除けに便利に使うなんてことはしない人だって、気づきそうなのに。
「答えはエミリアさま本人からお聞きになられた方がいいですよね……」
いくら兄妹とはいえ、恋愛に口を出すのはほどほどにしたほうがいい。
そもそも兄は、自分の気持ちをはっきり自覚しているのかも怪しそうだ。
そして。空が夕日に染まる中、私たちはメルダナ公爵家へと到着した。
兄の恋愛話、もう少し続きます。




