古龍の谷
龍がいなくなった後。
簡易担架を作って、ひとまずはダリン司祭を連れて帰った。
その後の治療と捜査はレジナルド殿下とガデリ司祭に託し、私たちは再度龍の寝床の遺跡に入り内部調査と、隷人として亡くなった遺体の運び出しをすることになった。
ちなみに、マイア・タランチェはダリン司祭とともに古龍の谷の入り口から入ろうとしたが、中に入れず意識を失ってしまって意識が戻らなくなってしまったらしい。彼女は下男と一緒にいるところで確保されたが、体は日に日に衰弱していっている。詳細はわからないけれど、魂が弱くなると、肉体も弱るものらしい。神の力による治療でも医術でも、魂の治し方なるものはわからないから、どうしたらいいのかわからない状態だ。
遺跡は非常に広く、召喚の陣がある場所以外には、工場のような施設が残っていた。執務室と思われる場所に残っていた記録によれば、赤い月はここに龍を呼び、その力を魔物の卵に注入して人工龍をつくっていたようだ。どこにも卵らしきものはないし、施設を動かすには特殊な魔術が必要らしいから、それがわかったところで龍が作れるわけではない。
「それにしても、赤い月って、相当な財力があったのだろうな」
施設を見て回りながら、兄が感心する。
いくつかのブロックに分かれているけれど、この施設はとにかく広い。寮のような宿泊用と思われる施設まであったりする。残念ながら書物的なものは、ここの営業日誌のようなものだけだけれど。なんにしても、たくさんの人がここで働いていたようにもみえる。
ここには龍石を持っているか龍の巫女、もしくは龍の寵児しか入り口を開けることはできないけれど、赤い月は龍石を人工的に作る技術を持っていたのだから従業員にはそれを持たせていたのかもしれない。
「これだけの穴を掘るだけでも、国家予算規模だな」
リオンさまが頷く。
「帝都の遺跡もそうだけれど、ここも含めて調査研究に、どれだけかかるか……」
「魔塔の人間が悲鳴をあげそうですね」
ここにある技術や知識は全て現在では失われている。ナスランによって消されてしまったせいだ。
「この技術をどうするか、まずはその議論からですね」
この龍の召喚場所は使えなくなってしまったけれど、おそらくこの世界には他にも存在している可能性が高い。ここは封じても、また、ダリン司祭のような人物が出てこない保証はない。永遠の命は人類の悲願でもあるのだから。
「封をしてしまえるなら、そのほうが簡単ではあるのだけれどね」
リオンさまは苦笑する。
「ただ、それを完璧にやり遂げたはずのナスランは結果として失敗してしまったことを考えると難しいな。人は秘したものほど、暴きたくなるものだから」
「そうかもしれませんね」
シーマ司祭の先祖だってそうだ。
すべて封じることで救えるものも救えなくなるのではという危惧を抱いて研究を子孫に託していた。
「アルキオーネ嬢はどう思う?」
「私は……研究は続けたほうがいいとは思います。そこからまた悪用しようとする者が現れる可能性もありますけれど、すべてをなかったことにしたところで、帝国だけの問題ではなさそうなので」
魔術王国時代、中心だったのは、現在のリトラス王国のあたりだ。帝都にあった遺跡やこの遺跡は、そこから追放された『赤い月』が作ったものなのだ。
もちろん、国の中心ではなかったからこそ、残っているものもあるだろう。だが、帝国にしかないという保証はない。
「そうだよなあ。おっちゃんがいってたように、プロティア教の封書みたいに残しておくことも大事なのかも」
「その辺は難しいところだな。魔塔の場合、神殿のように倫理観で読む人間を限定する手段がない。どちらかといえば、能力的な側面で階級が作られているから」
プロティア教の封書は司祭にならなければ読めないというルールが存在した。もちろん魔塔にも閲覧に注意する本などは存在するらしいけれど、どちらかといえば、魔術の実力によるところが大きい。
「上級魔術師になるのに必要なのは、魔力と知識。魔術の技術だ。本人がよほどのクズだとさすがに放逐されることはあるけれど、人間性は関係ないからなあ」
「ああ、でもさ。ダリン司祭だって、司祭だったわけだろう? 結局のところ、倫理観とかそういうのって、持っているかどうか判断するのは難しいってことだと思うんだよね」
兄は肩をすくめた。
「それに普通の人間は、人の肉体を奪って長生きしたいと思ったところで実行には移さない。結局のところ、奇異な行動を起こさないようにする監視体制をしっかり作っておくことなのだろうなあ」
人を信じることは大事だけれど、人は欲望を抱くものだという前提でそれを頓挫させるための『障害』をあらかじめ作っておく必要がある。
「ダビーはそういうところ合理的でびっくりするよ」
リオンさまは感心したように頷く。
「ああ、そろそろ出口ですね」
私たちは龍の寝床ではない側の出口を発見する。
古龍の谷と呼ばれたそこは、幽谷と呼ぶにふさわしい山の中だった。




