軍の駐屯所
ナルンというのは、リトラス王国との国境にある山岳地帯にある。
ナルザリック山脈のふもとにある鉄鉱山による採掘を生業にする町だ。農耕はあまりされていないが、鉄のおかげで製鉄や鍛冶なども盛んなため、それなりに栄えていて、軍の駐屯所もある。
先行したレジナルド殿下だったが、いまだダリン司祭の行方はわからないらしい。ダリン司祭たちがクルナンの村に入るところまでは追えたらしいけれど、クルナンの村民たちは捜査に非協力的だっただけでなく、妨害行為までされたようだ。そんなことをすれば罪に問われることくらい知っているはずなのに、彼らにとっては、皇族に逆らってでも守るべき人物と思われているのだろう。
「予想はしていましたが、ここまで難航するとは思っていなかった」
四日目。予定通り軍の駐屯所で合流した私たちに、レジナルド殿下はため息をつき、状況を説明した。疲労の色が濃い。
体力的な問題もあるけれど、どうやら精神的な面も大きそうだ。
レジナルド殿下は、魔物退治などで軍を率いる国の英雄であり、国民に目の敵にされるなんて経験はおそらくない。
それに妨害行為をいちいち取り締まれば、さらなる反発を生む。強硬しようとするのは悪手だ。単純な捕り物とは言い難く、ストレスが多かったに違いない。
現在は町の主要な街道の検問に重きを置き、直接足跡を追う人数は減らしているそうだ。
「ナルンの町の神殿は光輪派ではありませんから、お話から考えるに、まだこの村には入ってはいないでしょうね」
ナルンはこのあたりでは豊かな町だ。農耕に関しては土地がやせているせいで壊滅的ではあるが、鉄がとれるため街道は整備されており物資は集まってくるようになっている。軍の目もあることもあり、治安も悪くない。ガデリ司祭がいうには、そういった豊かさのある場所では、光輪派の信者は少なめなのだそうだ。もちろん、帝都の貴族にも光輪派の信者はいるのだから、一概に金のあるなしで語れるものではないのだけれど。少なくともここの神殿の神官長は、ガデリ司祭と親しい人が派遣されているらしい。
話によれば、マーケー地区の事件がある前は、ダリン司祭が神殿の人事権にも口を出していたそうだ。
「彼としてはナルンにも光輪派の神官を派遣したかったようですが、ここの神殿は、このあたりでは大きくて、人数が多いのですよ」
神殿に一人の神官長という小規模スタイルと違い、全員を自分の息がかかった者にすることは難しかったらしい。
マーケー地区のことがあってから、ダリン司祭は人事から手を引き、光輪派の神官のいる神殿には監査も入った。とはいえ明らかな違法行為はみつからず、各地の神官長を罷免することまではできなかった。
「光輪派そのものを悪とは断定できませんでしたし、事実、悪ではありませんから」
ガデリ司祭は首を振る。
ただ、手配されている人間を匿ったり幇助することは、罪ではあるけれど。
「御者とはどこで待ち合わせの予定だったのですか?」
「山に近い炭焼き小屋だ。見張りは置いているが、今のところ到着した気配はない」
レジナルド殿下は首を振る。
「既に相手は我々が追っていると気づいているとみていい。そうなると、このまま国境を越え、諦める可能性はないだろうか?」
「どうでしょう。国外に出る可能性はあるかもしれませんが、あの手の輩は諦めないと思いますよ、兄上」
リオンさまはふうっと息を吐いた。
「彼はもう人として越えてはいけないところを越えてしまっています。すべてを諦め、違う人生を送ることはまずできないと思います」
シーマ司祭を殺したのは、ダリン司祭ではなかったけれど、ラナスという女性が人を殺めるのをとがめようともしていなかった。
おそらくだけれど、ラナスの魂をマイラへと移す禁忌の術を使い、そのために何人もの人間の命も奪っている。
そしてマイラの名声を高めるというそれだけのために、魔道灯を落下させるという事故を起こそうともした。そして私をさらったことで、清廉潔白な司祭という仮面を脱ぎ捨てている。既に帝都に彼の戻るべき場所はない。
単に命を長らえようとするなら、国外に逃亡するべきだ。
だが、長年をかけて準備したものをすべて台無しにできるだろうか。
「それで、具体的にはどうする?」
レジナルド殿下はリオンさまに問う。
「兄上は、検問と監視をそのまま続けてください。ガデリ司祭は兄上と行動される方がよろしいでしょう。私とダビーは、アルキオーネ嬢とともに、遺跡を捜します」
「遺跡を捜す? リオンさま、正気ですか? アルキオーネが狙われているというのに?」
兄は驚いたようだった。
「虎穴に入らずんば虎子を得ずだよ、ダビー。遺跡の場所がわからなければ、警備をしようにもできないではないか」
「しかし──」
「リオンさまの言う通りです。それに、お兄さま。彼らの目的が龍を呼ぶことなのなら──たとえ私を使って龍を呼べたとしても、そう簡単に意のままに目的を達成できないと思います」
きっと司祭は龍を力の源のように思っている。確かに龍は力を持っていて、神のような存在ではあるけれど。
私の悪態に応えて、現れるくらいには、意志ある存在だ。
「安心してください。私、たぶん、黒龍に愛されていますから」
「お前なあ……」
兄は私を見て、大きくため息をついた。




