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私を殺すラスボスは兄の親友  作者: 秋月 忍
高等部編

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学院の赤い月

 ナルンまでは馬車でほぼ四日。御者が自白したところによれば、森や農村部を遠回りして抜けていく予定だったようで、かなり遠回りをし、七日の日程だったらしい。七日間も私を木箱に閉じ込めておくつもりだったようだ。一応は、水と食事はさせるつもりだったみたいだけれど、かなり劣悪な環境だ。助かってよかったとしみじみ思う。

 ダリン司祭たちは、帝都の市街地を抜け、帝都近郊の光輪派の神殿を経由しつつナルンまで五日で到着予定だと御者は聞いていたらしい。ただ、追われている身であることは彼らも理解しているだろうから、先をかなり急いでいるかもしれない。先行したレジナルド殿下は騎兵中心だから、相手が馬車であれば、計算上ではナルンにたどり着く前に確保できる。ただ、ダリン司祭は庶民に絶大な人気があるため、匿ってくれる信者はかなり多いだろう。むしろ、捜査を強行すれば、皇室の方の信用がガタ落ちする危険もある。

 彼がどんな悪いことをしたのか、ほとんどの人はよくわかっていない。この世界にも一応は新聞はあるけれど、農村部では新聞など売られておらず、しかも識字率も低くなる。

 ガデリ司祭によると、大祭司の命令で各地の神殿にダリン司祭の悪行は通達されたとはいえ、光輪派の中には、ダリン司祭の無実を信じる者も多そうだ。

「クルナンの村は立ち寄られない方がよろしいかと」

 休憩で立ち寄った帝都の神殿の神官長ヴァルさんが、私たちに教えてくれた。

「あの村は熱心な光輪派ですから、何をするかわかりません」

「同じプロティアさまを崇める者であるというのに、心苦しいですな」

 ガデリ司祭がため息をつく。

「人間、辛い時ほど過激な思想に染まりやすい。産業の少ない貧しい村ほどそうなるのだろうな。それは政治の責任だ。皇族として反省すべきことだろう」

 再び馬車に乗りこむと、リオンさまが肩をすくめた。

 ただ、闇雲に過激な思想を取り締まれば、さらに火をつけることになりかねない。長い年月をかけ、国を富ませていくしかその頑なさを解す方法はないのかもしれない。

「でも、三年前、もし、母の病気が治らず、ダビーやアルキオーネ嬢がいなかったら、私も光輪派にはまっていたかもしれない」

 リオンさまの周囲にいた家令や家政婦長は、光輪派の信者だった。椿宮の予算を横領されていることに気づかず、ルシアーナさまがあのまま亡くなるようなことがあれば、リオンさまは追い詰められたかもしれない。それこそ、私を殺して、龍石を奪おうとしたかも。

「龍が言うには、未来は常に流転するそうです」

 本当の危機をみせろと言った私に、龍はそう答えた。

「おそらく、リオンさまが私を殺そうとなさった未来は、リオンさまが光輪派として生きられた場合の未来だったのだと思います」

 ルシアーナさまを救えず、椿宮が荒れ果てた未来。

「その場合は、きっと、リオンさまの心を救うのはマイア・タランチェ子爵令嬢だったのかもしれません」

 前世に読んだ『学院の赤い月』の世界でのリオンさまは、完全に闇落ちしていた。

「ちょっと待て。どうしてそこであの女が出てくるんだ?」

 兄が首を傾げる。

「幼い頃に見た未来視です。うまく話せるかどうかわかりませんけれど」

 前世に関することは、話そうとしても制約があるのか声にならないことが多いけれど、未来視として話すなら、話せるかもしれない。

「まず、未来視では、私はレジナルド殿下の婚約者候補でした」

「な?」

 リオンさまがビクンとしたのが分かった。

「あくまで、既にあり得ない未来です。もはや何の価値もない話なので気になさらないでください」

 赤い月の世界ではアルキオーネはレジナルド殿下に夢中だった。でも、私はそうじゃない。

「リオンさまは赤い月という結社を作っていて、お兄さまもその結社の一員でした。私はレジナルド殿下と恋に落ちたマイアを疎み、赤い月にマイアを害するように依頼しましたが、リオンさまがマイアに恋してしまって──」

「ほほう。それは随分と現実と違いますなあ」

 ガデリ司祭にやにやと笑い、リオンさまは苦虫を嚙み潰したように渋い顔をしている。

「腹を立てた私はマイアを殺そうとして、リオンさまに殺されました。その後、リオンさまとレジナルド殿下がマイアを巡って戦って、レジナルド殿下が勝利するという……今では、おそらくあり得ない未来視です」

「よくわからないけれど、私はアルキオーネ嬢を二度も殺そうとした男というわけか」

 沈痛な面持ちでリオンさまが呟く。

「君が……なかなか婚約を了承してくれなかったのも納得だ」

「いや、でもその話あり得ないだろう? アルキオーネはそんな盲目的な恋をするタイプじゃないし」

 兄は苦笑する。

「その未来視があったおかげで、私は私になったのだと思います」

 前世の記憶を取り戻さなかったら、私はもっと普通の令嬢だったかもしれない。

「私が私になり、そのせいでたぶん、家族も変わったのかもしれません」

「そして、私の運命も大きく変わった、と」

 リオンさまは得心したというように大きく頷き、ほっとした笑みを浮かべた。

 ああ、きっと。

 リオンさまが赤い月を名乗り、私を殺すことはもうない。

 そう信じられた。

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