龍
残酷表現あり。そこまで描写はしておりませんが、苦手な方は、空行以下はスルーでお願いします。
横倒しの馬車が見える。
雷が馬車の後部に直撃したらしく火がついて燃え始めていた。
突然の事故に驚いた兵が大声を上げる。
馬車が転倒した衝撃で馬は逃げ、御者台に乗っていた男は、這いつくばって逃げようとしていた。
その様子を見ていて、ふと気づく。
私はまだ木箱の中にいるはずだ。
実際、木箱は倒れた荷台から転げ落ちたものの、ふたは閉まったままだ。
「おい! 干し草の下に木箱がある!」
兵が声を上げ、慌てて駆け寄るのが見えた。
その時になって、私は自分の体を見下ろす。
体が透けている。
そして。私の足の下に龍の背があった。黒い透き通った鱗。とてつもなく大きい。
「嘘」
前世で言うところの東洋の『龍』の背に私は立っている。まるで、たつの子太郎だ。
「ど、どうゆう状況?」
兵たちによって木箱のふたが開けられると、そこには私がいた。
え? つまりこれはいわゆる臨死体験というやつ?
『我を無理に召喚したのだ。暫くは魔力が枯渇するはずだ』
頭に声が響く。
「え? 待って。召喚? 私が?」
意味が分からない。
焦ったあまりに、神や龍に文句を言った気はする……けど。
『本当の危機を見せろと言ったか?』
えっと。まあ、そんなことを思った気はする。
『だが、未来は常に流動している』
つまり、常に変わり続けているから、危機も変化すると言いたいのだろうか。未来視は必ずしも絶対ではないと聞いている。自分の選択で回避可能だとも聞いた。
『何が見たい?』
「それなら、未来でなくていいわ」
たとえ今、新たに未来を見たところできっと変わる。
知りたいことはたくさんある。魔術王国で何があったのか、とか、赤い月がどうなったのかも。
でも、今はそれよりも知っておきたいことがあった。
「行方不明になったダルケーン・シーマ司祭はどこで何をしているの?」
兵によって運ばれ手当てを受けている自分の体をぼんやりと眺めながら、私は龍に訊ねた。
『承知』
ぐらりと何かが歪む気がした。肉体がないのに、感覚があるって不思議だ。どういう仕組みなのかすごく気になる。
三人の人間がいた。小さな民家の前に立っている。辺りに民家はなく、かなり郊外のようだ。
「シーマ司祭、こちらがリトラス王国から来た、ラナスです」
一人はダリン司祭。今よりずっと若い。ラナス、と紹介されたのは五十代くらいの女性だ。かなりやせ細っていて、顔色が悪い。病気なのだろうか。
もう一人は立派なひげをたくわえた男性だ。司祭服を着ているところから見て、彼がシーマ司祭なのだろう。
「おお。悠久の時を経て、祖先を同じくする我らが集うのは不思議なえにしでございますなあ」
しみじみとシーマ司祭が顎髭をなでた。
「それにしても帝都の地下遺跡があるなんて知りませんでした。その地図がまさかはるかに遠いリトラスの地にあるとは」
「我が先祖は地図を持ち帰りはしたものの、誰に伝えることもしませんでした。この地のものだとわかったのは偶然ですよ」
ラナスという女性は淡々と語る。
「まあ、立ち話もなんですから、中にお入りください」
「ええ。ありがとうございます」
シーマ司祭は招かれるままに家に入る。すすめられた椅子に司祭が腰かけようとした時だった。
ひらりと銀の刃が一閃する。
「え?」
次の瞬間、飛び散る鮮血を目にして、私は思わず息をのんだ。
「な、なぜ……?」
司祭は自分が何故、斬られたのか理解しないまま、床に崩れ落ちる。
ラナスと呼ばれた女の持つ剣が赤く染まった。
「ラナスさま。もう少し話を聞いてからでもよかったのでは?」
「聞けることはそなたが全部聞いたのであろう? 何を研究していたのかは知らぬが、所詮、神殿の教義とナスランのルール内での研究。聞く必要などない」
女は首を振り、飛び散る血を気に留める様子もなく、剣を司祭の体に突き立てる。そして司祭の胸から青く輝く石を取り出し、血まみれのままにやりと口角をあげた。
今の私に肉体の感覚があるのはおかしいのだけれど、あまりにグロテスクな光景に吐き気をもよおす。
見たいと言ったのは自分だけれど、あるはずのない肌が粟立つ。
「思ったよりも大きな龍石。これでようやく、この肉体を捨てられる」
女は狂喜の色を瞳に宿し、血まみれの石にキスをした。
たつの子太郎って今はもう知らない人の方が多いかなあ……
日本昔ばなしのOPのアレです。




