秘密部屋
ゆっくりと周りを見回す。辺りは薄暗く、四方は壁に囲まれていてパッと見たところ出口はない。
「……で、見つかったのか?」
人の話し声が壁の向こうでしている。
この声はダリン司祭だ。かなりイライラしているのか口調が荒い。
「ラミネの森は深い。逃げ切ることは不可能だろうが、どこかで野垂れ死なれては厄介だ。生死は問わぬから、早急に捕まえろ」
随分と物騒な話だ。
つまり、龍石さえ手に入ればいいということなのだろうけれど。命の保証もなかった。
バタンと扉の閉まる音がして、部屋を歩き回っている足音がしている。随分とその音が近い。
今私がいる場所は一辺の壁に隙間のようなものがあって、そこから光が差し込んでいるせいか、目が慣れてくるとほんのりとものの形が見えてきた。
床には移動の陣。明かりの入ってこない壁際に金庫があった。
おそらく、貴族の書斎にありがちな『秘密部屋』だ。取り立てて珍しいものではないので、秘密でも何でもない。たぶん明りの漏れてくる方の壁のどこかに触れると、隣の部屋に出られる仕組みだ。
私は息をひそめる。
ダリン司祭がこの秘密部屋を知らないはずがない。物音を立てたら、絶対に見つかってしまう。
ラミネの森は広い。帝都近郊もあれば、ヴァンス村のように随分と遠い場所もある。もう少し情報が欲しいところだ。
それにしても、秘密部屋に移動の陣。この陣はいったい誰が描いたのだろう。シーマ家のご先祖なのか、それともダルケン・シーマその人なのか。
ナスランの使命を考えると、移動の陣をこんな風に残しておくのはらしくないけど。
「ったく使えない奴らめ」
ぶつぶつとダリン司祭が呟いている。高名な司祭とも思えない口の悪さだ。
ノックの音がした。誰か入ってきたようだ。
「ねぇ。いつまでここにいればいいの?」
声の主は、マイラのようだった。
「逃げた巫女が見つかればすぐにでも移動します」
「こんな田舎、嫌だなあ。全然面白くないし」
マイラは不服そうだ。
「そもそも、舞踏会でプロティア教の巫女として注目されるっていうから頑張ったのに」
「名を売るチャンスをつぶされたのだから仕方がない。まあ、そのぶん、探す手間はなくなったけれど」
「あの巫女を手に入れたら、本当に私、お姫さまになれるの?」
「魔術王国の最大の遺産を手に入れれば、それも可能です」
ダリン司祭はふぅっとため息をついた。
「まったく。そんなことも思い出せないのですか?」
「知らない。だって私は私だもん」
「はぁ。自我の大きい奴め」
ダリン司祭が呟く。
はっきりとした確証はないけれど、話を聞く限り、舞踏会での魔道灯の落下はダリン司祭の手のものが行ったことなのだろう。事故を起こし、そしてケガ人をマイラが治療する。
もしそうなったら、確かにプロティアの巫女として皆が感謝し、崇めるようになったかもしれない。
逆に言えば、たったそれだけの為に、大変な事故を起こそうとしていたということになる。仮にも神につかえるものとしてそれはどうなのだろう。
「いい加減、思いだしてください。ラナス」
ダリン司祭は呆れたようにため息をつく。
「もういや。そればっかりなんだから。私はマイラだもん!」
パタンと、扉が大きく音を立てた。どうやらマイラは腹を立てて部屋を出て行ったらしい。
「くそ! 失敗するにしろ、もう少し頭の良い奴ならよかったのに!」
ダリン司祭の声が苦々しい。
ガツンと、壁を叩く音がして、ぎぎっと壁が開き始める。
やばい。
私は慌てて移動の陣に入ったけれど、反応がない。ひょっとすると時間制限があるとか、もしかすると一方通行なのかわからないけれど、移動の陣で逃げることは出来なさそうだ。
諦めて無駄かもしれないと思いながら、斧を握り締めて壁際に張り付いた。
だが。壁は思った以上に開き、隠れる場所などなかった。
「みつけた……」
ダリン司祭の片側の口の端がにたりとあがった。




