書斎
ここがどこだか確認しないと、どこへ逃げたらいいのかわからないのは事実だけれど。地下室に入るのは逃げ場がないという面において愚の骨頂である。
しかも夜明けは間近だし、私の様子を見に来た神官が戻ってこないとなれば、そのうち誰かが様子を見に行くだろう。一刻の猶予などない。ないのだけれど。
私は自分が思っている以上に好奇心が抑えられない人間なのかもしれない。
金属にそっと触れると、魔力線が走りゆっくりとふたが開いた。
ひょっとしたら龍の力が関係しているものだろうか。ぽっかり空いた穴には、金属の梯子が下まで続いている。
降りるかどうか一瞬ためらったが、好奇心には勝てず、私は梯子をおりることにした。
入口は私が入ると勝手に閉じてしまった。ちょっとまずかったかもとは思ったけれども、乗りかかった船だ。
「光よ」
光玉を呼び出して、ゆっくりと下に降りた。
そこは、誰かの書斎のようだった。
壁面にびっしりと本棚がおかれていて、入ってすぐのところに執務机がある。
書棚の本は古代言語と帝国文字のほか、リトラス王国語のものもあるようだ。
机はずっと使っていないのかうっすらとほこりが被っている。部屋の奥には、さらに下へ降りる梯子があった。
机の引き出しを開くと、日記のようなものが何冊か入っていた。
「ダルケーン・シーマ?」
どこかで聞いたような名前だ。
あまり時間はないけれど、ぱらりとページをめくる。一番古い日付は三十年前だ。
几帳面な綺麗な字。高い教育を受けている人だろう。
この部屋は、シーマ家の先祖のものらしいが、日記の主以外に入れたのは、彼の高祖父(祖父の祖父)と彼しかいないようだ。
龍石の記述はないところを見ると、おそらく二人は龍の寵児か巫女だったのだろう。
シーマ家の先祖はどうやら魔術王国から来た、ナスランの一人だったようだ。魔術王国の負の遺産を持つ赤い月を追ってこの地まで来て、魔術を無効化したあと、ナスランは解体された。故国へと帰った者、帝国の建国にかかわりプロティア教団を作った者、別の国へと向かった者などいろいろいたようだが、シーマ家の先祖は帝国建国のメンバーの一人だったが、政治の一線に立つことは望まず、子爵家と領地を賜って、密かに魔術の研究を続けたそうだ。
先祖は、禁忌の術そのものは忌むべきだが、『人工の龍や人工の龍石』については、研究を捨ててしまうのは惜しいと考えた。
実際のところ、通常の魔石よりもはるかに強力な力を持つ龍石は、人間が使用可能な魔力をはるかに越える力を持っていて、それを使えば理論上でしか可能ではない魔術も展開できたらしい。たとえば、干ばつの時に雨を降らすなどの天候操作の術も局地的ではあるけれど可能だった。
まあ、捨てるには確かに惜しい技術ではあるかもだけれど。
全部読むのはたいへんなので、今度は一番最新と思われる日記をめくる。日付は、ちょうど十五年ほど前になっていた。
日記の主であるダルケーン・シーマ氏は、神力も持っており、神殿で司祭を務めるようになったようだ。
そこまで読んで、十年前に行方不明になったという司祭の名がそんな名前だったことに気づいた。
司祭になったダルケーンは、神殿で封書を読んだものの、手掛かりになりそうなものはみつからなかった。
彼は非常に落胆したらしい。
研究も行き詰まり、手掛かりもないことに気づいた彼は、その研究の第一人者であった『赤い月』の研究記録を探すしかないということになったようだ。
ちょうどそのころ、ローバー・ダリンと彼は出会い、かなり親しくなっていく様子が書かれている。神殿内で彼の才能を高く評価し、支援もしていた。
最後のページでは、ダリンとともについに『赤い月』の遺跡に入ると記されている。
日付はちょうど十年前。
つまり、ダルケーン・シーマ司祭は、遺跡に探検に出かけた後、失踪したのだろう。
そして。
ここはシーマ司祭の屋敷のようだが、私をここに連れてきたということは、ダリン司祭はここを自由に使っているということになる。シーマ司祭の安否は不明だけれど。
ひょっとしたら今回の事件の黒幕は、シーマ司祭なのか、と考えて。
それはない気がする。
日記を読む限り、シーマ氏は祖先がナスランであったことを誇りに思っているし、禁忌の術を忌んでいる。ただ、純粋に人の領域を越えた魔術を使うことで、人を救うことができないかと考えていた。
それに、シーマ氏は龍から力を生物を介さずに得られないかを研究していた。
もちろん絶対はないけれど、間違っても孤児を集めて龍の巫女を捜したりしそうもない。彼の目的はあくまでも『人工的な龍と人工的な龍石』の作成なのだ。
「まあ、このくらいにしておこう」
私は日記をもとの場所にしまう。
龍の力がなければ開かない扉だったということは、ここに入れる人間は限られている。闇雲に逃げるより安全かもしれないけれど、いつまでいたら救助が来るのかもわからない。うん。我ながら悪手だったかも。
「さて。下を見て、これからどうするか考えよう」
ひょっとしたら他の出口もあるかもしれない。
そんな淡い期待を抱いて、梯子を下りていく。
下の部屋はどうやら実験室のようだ。
様々な実験道具が置かれている。
誰もいないことで少し注意力が落ちていたのだろう。
つるりとした床で滑って、不用意に床に描かれていた陣に足が触れてしまった。
「これは……移動の陣?」
突然、あたりが光に包まれ、体がふわりと浮く──そして、すとんと、床に落ちた。




