牢獄
「光よ」
フードを被ったものたちがひらりと舞い降りるのを見て、私は即座に辺りを明るく照らした。
どうせ追われるなら、異常があったことを周りが分かるような形の方がいい。
さすがに、ダリン司祭は飛び降りてこないようだ。
舞踏会のホール周辺に警備が集中しているとはいえ、これだけ派手に中庭でやれば、ほどなく警備の人間が駆けつけるはず。もっとも、ある程度のことがおきても逃げおおせる自信がなかったら、司祭はここまで大胆な行動はとらないだろう。
「塔へ!」
「ええ」
ここで戦って時間を稼ぐという方法もあるけれど、今の私はそれほど魔力に余力がない。
私たちは魔術師の塔に向かって走り始めた。そこに警備の人がいるという保証は全くないのだけれど、魔術師の塔なら、常に人が常駐しているはず。
ちなみに私は、ベッドで寝ていた関係で、靴を履いていない。
エミリアさまはエミリアさまで、ヒールのある靴を履いている。どちらも走って逃げるのに向いているとは言い難い。
体力がないとか、それ以前の問題だ。
「誰だ! 何をしている!」
巡回の兵の誰何の声が聞こえた。
ほっとしたのもつかの間。エミリアさまが転倒した。
「エミリアさま!」
「アルキオーネさん! 逃げて!」
奴らの狙いは私だけれど、エミリアさまに危害を与えない保証などない。
私は、踵を返して、奴らの方へ向かって走り始めた。
「散水!」
私の前に立ちふさがる奴の顔をめがけて、術をぶつける。攻撃用でもなんでもなくて、ただ、顔に水鉄砲をあてるくらいの効果しかないけれど、意表をつくことはできた。
私は、全力で、追手の横を走り抜ける。
自分の術のせいだけれど、ドレスが泥水を吸って重い。
うまく追手をすり抜けたと思った時だった。
ふくらはぎに鋭い何かが走った。どうやら足を刃物で切られたようだ。
「──ッ」
痛みのあまりに私はその場に倒れた。
「アルキオーネさん!」
エミリアさまの悲鳴とともに、私は追手に口を何かでふさがれ、そのまま担ぎ上げられる。
なんとか逃れようと手足を動かしたが、強烈な薬品の香りとともに意識を失ってしまった。
冷たくて固い石の感覚で目を覚ました。
目をあけたけれど、薄暗くてよく見えない。
どうやら私は、後ろ手に縛られ、おそらく床に転がされているようだ。口には猿轡を噛まされている。
周囲に人はいないようだ。
血臭がするけれど、ひょっとしたら自分の血かもしれない。
暗闇に目をならし、ゆっくりと辺りを観察する。
それほど広い場所ではないようだ。粗末な寝台のようなものがある。
扉のようなものの上部に鉄格子があった。
どうやら牢屋のようだ。
ここにいるのは私一人。エミリアさまは無事だっただろうか。
奴らの狙いは私なのだから、あえてエミリアさまに害を与えてはいないと信じるしかない。
それにしてもあれからどれくらいたったのか。ここはどこなのか。
ダリン司祭の狙いは私の体内にある『龍石』だろうから、今、命が無事であったからと言って、これからも大丈夫とは限らない。
事実、私を捉えるためとはいえ、足を容赦なく切るようなやからだ。長いドレスの裾のおかげで、そこまで深い傷ではなかったようだけれど、足の傷だって失血死の原因になることだってある。
出来れば何とか自力で逃げたい。
まず、手を自由にすべきだ。
私は地道に手首をこすり合わせ、縄を切ろうと試みた。何度かやっている時に、自分の頭から、髪飾りが床に落ちた。鋭利ではないけれど、簪ふうなので、少しだけ先がとがっていたはずだ。私は身をよじり、転がりながら、なんとかその髪飾りを手にした。そして、手首を縛り付けている縄を切ろうと必死になる。
どれくらいたっただろうか。
暗いせいか時間がわからないけれど、半日近い時間がたったような気がする。
そして。
何度か自分に刺したりしてかなり痛いが、縄を切ることができた。
手の感覚が戻ったところで、猿轡を外す。
足は痛むけれど、立てなくはなかった。走って逃げられるかどうかはわからないけれど、とりあえず歩けることは歩ける。
さて、どうするか。
不意に、足音が近づいてきていることに気づいた。
とっさに、私は扉のすぐ裏に体を隠す。
扉の前に止まった足音はどうやら一人。鍵をガチャリとあける音がした。
「光よ」
私は、扉を開けた男の目の前に光玉を出現させた。




