逃走
「何をおっしゃっているのか、よくわからないのですけれど」
私はエミリアさまを助け起こしながら、ダリン司祭を睨みつけた。
少なくとも、光輪派の宗教活動を邪魔したことは一度もない。熱心なプロティア教徒ではないのは事実だけれど、司祭に注意されるほどのことは何もしていないはずだ。
「私が何かを邪魔をしたというのなら、謝罪いたしますが、そもそも何を邪魔をしたというのか、お教え願えますか?」
人数は司祭を含めて四名。
この部屋に来るには、それなりの警備をかいくぐってきたはずだ。
ここは宮殿であり、今日は見張りの兵も多い。ダリン司祭であれば、ある程度顔パスで素通りできたのかもしれないけれど、ここまで誰にも見とがめられずにこれたとは思えない。ということは、かなり強行突破してきた可能性がある。
司祭は私のことを龍の巫女と呼んだ。
ということは、魔道灯の落下を防いだところを見たのだろう。ローバー・ダリン司祭は、話によれば、決闘時に私が施したリボンも見ている。
出口は、彼らが入ってきた扉の他は、ベッド側にある窓だけ。
「いえいえ。私はあなたの謝罪が欲しいのではありませんよ。それはあなたもよくご存じのはず」
ダリン司祭はにこりと微笑む。
「あなたができるだけ時間を稼ごうとなさっているのはわかっています。ただ、こちらといたしましても、他の方がお見えになるまで待つつもりはありませんので」
ダリン司祭の言葉に合わせ、他の者たちが手にした剣がきらめいた。ローブをまとったこの者たちは、何者だろうか。
何かの香りをかき消すような強い香を焚き込めたにおいがする。
走って扉から逃げるのは、まず無理だろう。
入口は狭く、今の立ち位置から距離がある。
それに、私一人でも無理だが、エミリアさまもいる。彼らの狙いは私だけれど、私にしか害を与えないという保証はない。
私を連れ去るのに邪魔となれば、エミリアさまに危害を加えることにためらいはないはずだ。
私が逃げられなくても、せめてエミリアさまは無事に逃がさないといけない。
「あなたがナスランなのですか?」
エミリアさまの体を支え、じりじりと少しずつ後退をする。
それにしても、自分でしておいて、今更な質問だ。
ダリン司祭がナスランであろうと、赤い月であろうと、もはやどちらでもいいことだ。
結局のところ、彼が求めているのは、私の体内にある『龍石』なのだろう。こうして堂々と私を攫いにやってきたということは、もはやすべてを秘めるつもりもない。目的は、遺跡にある何か。はっきりとそれが何なのかはわからないけれど、かなり利己的なものだと思われる。
「かつてそう呼ばれた集団の末裔ではあります」
ふふふっと、ダリン司祭は笑う。
「ナスランは、魔術王国の負の遺産を消すために生まれた集団なのでしょう?」
封書の記載が正しいのであれば、ナスランは魔術王国で禁じられた術を消し去るために動いていた集団だ。もしそうなのであれば、龍石を欲する理由はないはずなのに。
「よくご存じですな。ただね。何百年もたてば、人は変わるものですよ。当然組織もね」
「つまり、ナスランから受け継いだものを、ナスランの意思に反してお使いになるということですね」
じりじりとフードを被った者たちが距離を詰めてくる。
「ナスランの名を名乗るものとしても、プロティアの司祭としても、恥ずかしいとは思わないのですか?」
私はわざと煽る。
「無駄ですよ。私がその程度のことで動揺すると思いましたか?」
くすくすとダリン司祭は笑う。煽ることによって、ダリン司祭から何らかの情報を引き出そうと思ったのだが、ダリン司祭には全く響かないようだった。
「エミリアさま。合図をしたら呪文で窓を破壊してください」
「ええ。でも、ここは三階よ?」
「平気です」
こっそりと囁いた私にエミリアさまは頷く。
どうせならば、二人で逃げる道を選ぼうと思う。
「雨飛!」
「石の礫!」
私の大雨の呪文と、エミリアさまの石の礫の呪文が同時に発動した。
閉まっていたカーテンごと外に向かってつぶてが飛び、窓が破壊される。
「いきます!」
私はエミリアさまの手を引いて、窓から飛び降りた。
「水の護り!」
自分たちの体をまとうように、水でくるみ、落下の衝撃を抑える。
降りた先は宮廷の中庭だ。人の気配はなく、薄暗いが、かなり離れた場所に魔術の塔が見えた。
「なっ!」
さすがに窓から飛び降りるとは思っていなかったのだろう。ダリン司祭が驚きの声を上げた。
「追え! 逃がすな!」
ただ。
フードを被った者たちが高さをものともせず、ひらりと身を躍らせるのがみえた。




