招かざる客
気が付いたら、私はまたベッドの上にいた。
前にもあったような気がする。
見るからに宮廷だとわかる凝った装飾のある天井。どうやら、客室のようだ。
「目が覚めました?」
傍で見守ってくれたのだろうか。
エミリアさまが私の顔を覗き込んできた。少しほっとした顔だ。
「はい。ひょっとして、私、気を失ったのですか?」
「ええ。起き上がれるようでしたら、お水をお飲みになります?」
「はい」
頷きながら、私は体を起こす。若干、頭が痛くて、少しだるい。
広い部屋にいるのは、とりあえずエミリアさまだけのようだ。
部屋は魔道灯がついていて明るく、窓にはカーテンが掛けられているので時間はよくわからない。
聞きたいことは山ほどあったけれど、まずはエミリアさまが差し出してくださったカップを手に取った。
カラカラの喉を冷たい水が潤してくれる。とても美味しい。
「今はまだ、外に出ない方がいいと思うの。ちょっと騒然としているから」
エミリアさまの話では、魔道灯が落下して、舞踏会はパニックになったそうだ。
もちろん、私が水の護りでくるむ形で着地させたのだから、大きな破損があったり、落下そのものでのけが人はいなかったのだけれど、だから平静でいられるかというとそんなことはなかった。
すぐにリオンさまや陛下の指示で、群衆が雪崩れ打つような状況は回避されたらしいけれど、大騒ぎになりかけはした。
「今、陛下の指示で軽く聞き取り調査が終わった人間から、帰宅するように言われて、まだほとんどの参加者が会場にとどめられているの。ダビー先輩の話では、アルマク侯爵夫妻があとで迎えにいらっしゃるらしいわ」
「そうですか。ご迷惑をおかけいたしました」
公爵令嬢に介抱させてしまうなんて、非常に申し訳なくて、思わず頭を下げる。
「あらやだ。迷惑じゃないわよ。そもそも、アルキオーネさんが、みんなの命を救ってくださったのですもの。私の方がお礼を言わなくては」
エミリアさまは優しく微笑む。
「ひょっとして、すごく私、目立ってしまいましたか?」
あまり目立つことをするのは得策ではないと思ってはいたのだけれど。
「ああ、心配しないで。あの魔術をアルキオーネさんのものだと気づいた人はそんなにいないと思うの。何しろ突然のことだったし、隣でリオンさまも派手に魔術を展開なさっていましたし。そもそも、何が起こったのかわからない状態でしたもの」
エミリアさまはちょうど、兄とダンスを踊っていたらしい。
何故、兄と? とは、思ったけれど、私と別れたあとそのまま話をして、ダンスをする流れになったみたい。
「私、ダビー先輩に荷物みたいに肩に担ぎ上げられて、避難しましたのよ」
くすくすとエミリアさまは笑う。
「異変をすぐ気づかれる当たり、さすが剣士でいらっしゃるのね」
「……そうですか」
エミリアさまは怒っていないみたいだけれど、妹としては少し残念だ。
兄よ……とっさにエミリアさまを連れて逃げたのは騎士として正解だけれど、なぜ肩に担ぐ? そこはお姫さま抱っこをして逃げるところではないのだろうか。
とはいえ。兄としてはおそらく、利き腕をあけておきたかったのだろう。正確に何が起こっているのか、兄も理解していなかっただろうから、襲撃に備えてということかもしれない。
「すぐにリオンさまが光の魔術で、光量を調整なさったから、薄暗かったのは一瞬のことでしたし、魔道灯が落下したとすぐに理解はできました。それでも人に押されたりして転倒などでけがをした人はそれなりにいました。幸いローバー・ダリン司祭がマイアさんと率先して治療していたようですのでそこまでの混乱にはなりませんでしたわ」
「大ごとにならずによかったです」
あの時。何も気づかずに魔道灯が落下したら、それこそ死者が何人も出るほどの事故になっていたかもしれない。
「私がアルキオーネさんが魔術を使ったとわかったのは、ダビー先輩がそうおっしゃったからですわ」
「ああ、なるほど」
兄は、とにかく勘の鋭い人だ。魔力量では私の方が上だけれども、魔力の感知能力は、ひょっとしたら兄の方が上かもしれない。
「それなら……大丈夫ですね」
もちろん、ザナン伯爵は状況を完全にわかっているのだから、陛下やレジナルド殿下には筒抜けだろうけれど、それ以外の人は気づかなかったかもしれない。もちろん、現場の検証作業などが始まれば、全て明るみになってしまうことではあるけれど、公表のさじ加減は教え長であるザナン伯爵が判断してくれるはずだ。
トントンと、ドアをノックする音がした。
「あら。アルマク侯爵夫妻かしら。少し待っていて」
エミリアさまが立ち上がり、ドアの方へと向かう。
「どなたですの?」
「ローバー・ダリンでございます」
思ってもみない相手の名に、エミリアさまと私は顔を見合わせる。
「司祭さまが何の御用ですの?」
エミリアさまはドア越しに声をかけた。
「こちらにケガ人がいらっしゃるとお聞きしました」
「ケガはしておりません。お気遣いなく──」
断りの言葉をエミリアさまは発していたのに、なぜか、ドアノブがガチャリと音を立て、扉が開いた。
「ちょっと、司祭! 入っていいとはいっておりません!」
ドアに立ちふさがろうとしたエミリアさまを投げ飛ばし、ローバー・ダリン司祭とフードを被った怪しげな人間が数名、押し入ってきた。
「エミリアさま!」
私はベッドから起き上がって、エミリアさまに駆け寄る。
「何をなさるおつもりです!」
「メルダナ公爵令嬢には用はございません。用があるのは、アルマク嬢、あなたの方だ」
ダリン司祭は、右手をあげると、私たちは完全に囲まれてしまった。
「私の方は用なんてないのですけれど」
言いながら、体が震える。怪しげな人物たちはおそらく、ただの人間ではない。なんというか。死のにおいがする。
「つれないことを。さんざん我らの邪魔をしておいて、何をおっしゃる。ただ、あなたは龍の巫女だ。あなたが我らとともに来て下さるのなら、すべてに帳尻が合います」
にたり。と、ダリン司祭は背筋が凍るような笑みを浮かべたのだった。




