舞踏会 3
一通りの陛下の言葉が終わると、陛下と皇后陛下のダンスを皮切りに音楽が始まる。
そして。私はリオンさまと、フィーナ皇女はレジナルド殿下とそれぞれダンスする。
正直、こんなに注目されてダンスすることなんてないから、大緊張だ。
一応、侯爵家の令嬢として恥ずかしくない程度には踊れる。
「そんなに固くならなくても大丈夫だよ」
リオンさまが私の様子を見てくすりと笑う。
「ええと。はい」
楽団の演奏に合わせ、一歩足を踏み出す。
リオンさまのリードがとてもうまいのだろう。かつてないほど軽やかに足が動く。
「今日のドレスもとても素敵だね」
「ありがとうございます」
ダンスをしながら相手を褒めるのは、基本中の基本で、挨拶みたいなものなのだけれど、リオンさまの目がいつもに増して優しい気がして、胸がドキドキする。
相変わらず、罪なほど色香のある微笑み。頭がくらくらしてしまう。
「リオンさまも、とても素敵です」
「うん。今日は君を意識して黒づくめにしたんだ」
「えっ」
エミリアさまの言った通りなのだけれど、私としてはまさかの答えだ。
「アルキオーネ嬢は可愛いな。この程度のことで、顔が真っ赤だ」
華麗なステップをこなしながら、リオンさまは笑う。
「初心すぎて、心配になってしまうよ」
「からかわないでください」
思わず頬を膨らまして抗議する。
今まで社交界に参加しても、兄と一緒にいるか、用意されている食べ物のほうにしか興味がなかった私だ。貴族らしい美辞麗句なんて慣れていない。
「変な男に引っかからないように、できるだけ私の傍にいようね」
リオンさまはウインクする。
もちろん今日は、最初からそのつもりだが、改めて言われると照れてしまう。
やがて曲が終わり、私たちは踊りの輪から外れた。
通常ならここから、別の人と踊ったりするのだけれど、今日はリオンさまと挨拶周りの予定だ。
婚約が発表された以上、可もなく不可もなしという侯爵令嬢の立場ではいられない。気を引き締めて行かなくてはいけない。
ドリンクコーナーに向かうとあっという間に人に囲まれた。私とリオンさまは次々に挨拶と祝辞を受けていく。
正直人数が多すぎて、誰と何を話したか、忘れてしまいそうだ。
一瞬、ひやりとした視線を感じた気がした。
「リオン殿下に、アルマク嬢。この度はおめでとうございます」
視線を感じた先には満面の笑みをたたえたローバー・ダリン司祭がいた。
一緒に来たというマイア・タランチェ子爵令嬢は、踊りの輪の中にいるようだ。
「ありがとうございます」
私はにこやかに微笑み返す。
光輪派のダリン司祭について話はいろいろと聞いているけれど、面と向かって話したことは実はない気がする。
ガデリ司祭と同じくらいか少し若い。女性に人気があると言われているだけあって、甘いマスクで、実に美しい顔立ちだ。
ただ、口角は上がっていてたぶん微笑んでいるのだろうけれど、目は笑っていない。私を値踏みするような眼で、ずっと見つめている。
「しかし、急なお話で驚きました」
「そうですか?」
リオンさまは首を傾げる。
「先日の決闘の時は、そのようなお話はないとレジナルド殿下からお聞きしておりましたので」
ダリン司祭は給仕の男性から飲み物を受け取り、リオンさまに笑いかけた。
「兄上が知らなかっただけで、私はずっとアルキオーネ嬢に求婚しておりましたから」
リオンさまは私の腰を引き寄せながら答える。
「そうでなければ、決闘など致しませんよ」
「ああ、なるほど」
ダリン司祭はふむと頷いた。
「いやあ、美男美女で、お似合いですな」
あまり心からそうは思っていなさそうだ。目の光が冷たい。
少し話しただけで決めつけたらいけないけれど、この人は嫌いかもしれない。ガデリ司祭と違って、とにかく目が怖いのだ。
「婚約式は、大祭司さまが?」
「いや。ガデリ司祭に頼む予定だ」
リオンさまは首を振る。
「アルマク家とガデリ司祭は縁が深いようなのでな」
「ええと、あの聖膜とやらの事業の関係ですか」
「まあ、そんな感じだ」
聖膜については、私が発明したという話は伏せられている。ただし、販売については、アルマク家の商会が司祭からの委託で行っているという形になっているから、無関係とはいえない。
「聖膜に関しては、司祭も思うところがあるだろうが、それによって救われる命があるのは事実だ」
リオンさまは静かに言い放つ。
暗にルシアーナさまのことを言っているのだ。
ルシアーナさまは光輪派の教えのせいで、『ゴル』を拒否していた。光輪派の教えのすべてが悪いわけではないにせよ、代替品のない医療の分野について口を出して患者の命を脅かすようなことは許されることではない。
「光輪派の信者の暴走については、私の不徳の致すところです」
ダリン司祭は頭を下げた。
「光輪派の教えは、本来医学を否定するものではございません。間違った解釈が病の治療の妨げになってしまっている事態は、非常に重く受け止めております」
「それならいいが」
リオンさまはぎろりと司祭を睨みつけた。
「光輪派の教えを否定する気はないが、何しろ、いろいろありすぎてな」
ルシアーナさまは病状を悪化させたし、何より、椿宮の予算は、光輪派の神殿に寄進するために横領されたのだ。光輪派の教えとは無関係なのかもしれないけれど、リオンさまの立場から考えれば、光輪派に対して良いイメージは一つもない。
「婚約式には私も参列させていただいても?」
「そのあたりのことは、陛下に聞いてくれ。どの程度の規模で行うかも、まだ決まっていないのだ」
リオンさまは肩をすくめた。
普通、婚約式は、身内だけで行うものだ。下手をすると当人同士だけということだってある。結婚式ではないのだから当然だ。それは皇族でも同じことだろう。集まる人間はロイヤルかもしれないが、人数的には小規模のはず。
「ダリンさまぁ」
甘い呼び声にそちらをみると、マイア・タランチェ子爵令嬢が、マルドーネ公子の手を取って司祭に手を振っている。
司祭の顔が険しくなった。
それはそうだろう。司祭は、今、皇族と話をしているのだ。道で近所の人に会ったかのように、声をかけて良い状況ではない。
「巫女がお呼びだ。行くと良い」
「……申し訳ございません」
さすがにダリン司祭は謝罪して頭を下げて、慌ててマイアの方へと向かった。
「あの二人、本当に付き合っているのかしら」
マルドーネ公爵からマイアといることを禁じられたはずなのに、公子はまたマイアと一緒にいる。
「公爵としては頭が痛いだろうな」
リオンさまは、そっと肩をすぼめた。
すみませんが、金曜日の更新はおやすみします。次回更新は8/18です




