舞踏会 1
結局、兄は私のパートナーとして舞踏会に出席することになった。
最後はリオンさまに兄が泣きついた形だ。
なんにしてもレジナルド殿下も陛下も、悪乗りが過ぎる。
私とリオンさまが婚約する時点で、アルマク家は今までのような可も不可もない侯爵家でいることは難しい。さらに兄まで、フィーナさまのエスコートを仮初の一度だけでもつとめるとなったら、色々と政治的に問題だ。そう考えれば、最初から冗談だったのだろうけれど。兄は、かなり青ざめていた。
婚約が決まれば、私はリオンさまにエスコートしてもらう機会が増えるだろうから、今後は兄と出席することは少なくなるかも。
兄が今後誰と出席するかはまだわからない。ただ、私がリオンさまと婚約すればアルマク家と縁を持ちたいと願う貴族も増えるだろうし、元々兄は令嬢に人気はあるみたいだから、相手に困ることはない……と思う。たぶん。
「一応、リオンさまに引き渡すまでは俺から離れるなよ」
「いつもどこかに行くのは、お兄さまの方ですよ」
私は兄とともに会場に入る。
さすがに皇室主催の舞踏会だけあって華やかだ。
今日は陛下の誕生日ということもあって、老若男女、下級貴族から上級貴族まで幅広く招待されているため、大ホールも人がひしめき合うほどである。
入場は下級貴族からほぼ順番なので、皇族であるリオンさまが入場されるのはもう少し後だ。
「アルキオーネさん、ダビー先輩、ごきげんよう」
「メルダナ公爵、エミリアさま」
声の方に振り返った私と兄は、慌てて姿勢を正した。
エミリアさまは父である公爵にエスコートされている。エミリアさまのお兄さまは既に婚約をされているからだろう。
エミリアさまは伝統的な刺繍の入った白いドレス。メルダナ公爵さまの白のフロックコートに合わせているのだろう。やっぱりとても綺麗だ。
「アルキオーネさんは、リオンさまとご一緒なのかと思いましたわ」
「えっと、そう言う話もあったのですけれど」
エミリアさまの質問に私は兄を見ながら答えをぼかす。
「その話は勘弁していただけないでしょうか。胃が痛くなりますから」
「まあ。ダビー先輩の強靭な胃が痛むようなことが?」
ふふふっとエミリアさまが笑う。さり気に兄の扱いが酷い気がしなくもない。
「エミリア、やめなさい。彼は陛下にからかわれてたいへんだったのだよ」
にこにことメルダナ公爵さまは微笑む。どうやら、昨日の顛末について陛下から聞いているらしい。
「陛下に?」
「ご容赦ください。陛下も殿下も冗談でおっしゃっていたことですが、言われた当人にとっては、笑える話ではありませんので」
「君は本当に欲がないねえ」
メルダナ公爵は目を細める。
「欲とかそういうお話ではありません。政治的なお話でもありますし、それに……私はともかく先方にとっては戯れでそんな話をされたとなったら不快ではありませんか?」
ああ、そうか。兄はフィーナ皇女のことも考えて、断固拒否したのかな。
陛下やレジナルド殿下からみれば、有力貴族の令息のひとりをお試しで指名したくらいの気持ちなのだろうけれど。フィーナ皇女にとっては大事なパートナーをそんな軽い気持ちで決められたくはないだろう。
私がリオンさまと婚約すると決まった以上、兄がフィーナ皇女と婚約することはまずありえないのだ。
「そうか。そうだね」
公爵さまは頷く。
「なるほど。そのような気遣いができる君だからこそ、逆に陛下もそのようなことをおっしゃったのだろう」
「お父さま、一体どういうことなのですの?」
エミリアさまが首を傾げる。
「いや。アルマク家の兄妹は二人とも優秀で、陛下も非常に気に入っておられるようだという話だよ」
話をぼかす公爵さまに、エミリアさまは怪訝そうな顔をしたけれど、それ以上追及することはなかった。
「エミリア、お前はお二人としばらく話していてくれるかね?」
「ええ、いいわ」
メルダナ公爵は他の方と話すために離れていく。娘の為に気をきかせたのだろう。
「本当は俺も席を外した方がいいのだろうけれど、今日は人が多い。リオンさまに引き渡すまでは目を離すなと言われているので、申し訳ない」
兄はエミリアさまに頭を下げる。
妹の友達同士の話に混じるのは、バツが悪いのだろう。
「承知しておりますわ。ダビー先輩も大変ですわね」
くすくすとエミリアさまは笑う。
「リオンさまとアルキオーネさんが婚約となると、先輩の周辺も慌ただしくなるのではありませんか?」
「それはないと思う。まだ、レジナルド殿下もいらっしゃるし」
からかいのニュアンスを含んだエミリアさまの言葉に、兄は首を振る。
「それにしばらく政治的に目立つことは避けたいので」
今のところ、リオンさまは帝位に興味はないと言っているけれど、下手をすると帝位継承権がらみの権力闘争に巻き込まれる可能性はゼロではない。
婚約者の実家としては、あまり敵も味方も作らずに様子を見ておきたいというのが、兄と父の考え方だ。
まあ、事なかれ主義と言ってしまうと聞こえは悪いけれど。
「用心深いのですわね」
エミリアさまは驚いたようだった。
「建前ですよ。そう言っておけば、突っ込まれることもないので」
兄はにやりと口の端を上げる。
「お兄さま。そこは黙っておくところでは?」
「うーん。メルダナ嬢にはきっと見透かされている気がする。虚勢を張ってもしかたないかなって」
兄は軽く肩をすぼめて見せた。
「まあ。信頼していただいているのですわね」
くすりとエミリアさまは笑う。
少し嬉しそうだ。
「でもダビー先輩。迂闊にそんな風におっしゃってはいけませんよ。勘違いされますから」
「勘違い?」
兄と私は顔を見合わす。
何をどう勘違いするというのだろう。
「お二人とも人をたらしこむ天才なのに、そのことに気づいておられなくて、本当に心配ですわ」
エミリアさまは小さくため息をつく。
その時、ファンファーレが鳴り響いた。
「リオン殿下、レジナルド殿下、フィーナ殿下のご登場です」
皇族の登場を告げる口上に、会場全体が静かになる。
やがて、重々しく扉がゆっくりと開いた。




