封書
「ひょっとして、遺跡関連のために作った小屋なのかもな」
兄がポツリと呟く。
岩窟からそれほど遠くない。かといって、近すぎもしない。木造の建物だから、さすがに魔術王国時代のものというわけではなく、ナスラン、もしくは移動の陣を使用したと思われる人間が拠点にしていたという可能性もある。
何も物がないということは、意図的にすべてを持ち去ったということなのかもしれない。
「遺跡?」
ガデリ司祭が首を傾げると、リオンさまが兄に向って頷いた。
「俺たち、帝都の遺跡にいたんだ。移動の陣で飛ばされてきた」
「移動の陣?」
ガデリ司祭は目を瞬かせた。
「失われた術が発動したということでしょうか?」
「まあ、ね」
兄は曖昧に頷く。私が使用したのは一応『禁忌』だから、おおっぴらに話せることではない。
「龍石が見つかったということですか?」
ガデリ司祭はリオンさまに質問する。
「龍石?」
リオンさまも初めて聞く言葉だったらしい。
ガデリ司祭はそれを見て、ほんの少しだけ『しまった』というような表情を浮かべた。
「移動の陣は、龍石という石がなければ発動しないと聞いております」
コホンとガデリ司祭は咳払いをした。
「ここから先は、プロティアの経典の『封書』に記述されていることになります」
封書というのは、司祭以上の立場にならないと閲覧が許されないものらしい。いわば、禁書だ。
「龍石というのは、魔術王国時代に『龍の力』を得るために使用されたものです。高濃度の魔力の結晶、分かりやすく言うなら、ゴルのようなものですな。ただ魔物によって濃縮された魔力を使っているうちはまだよかったのですが、しだいに龍の寵児の体内にある魔力核まで使用しようとする者が現れた」
魔術王国時代は、龍の力を使うために様々な研究がなされたらしい。最初は、魔物から魔力を取り出していたが、しだいに人の命を奪って手に入れようとするようになった。
「プロティアの光輪派がゴルなどの治療薬を忌むのは、そのあたりにもあります」
ガデリ司祭は苦く笑う。
「生き物の命を奪わずに『人工的に』龍石を作る研究もされましたが、なかなか難しかったようです。人工的に龍をつくるなんてこともされたとか。ただ、結局のところ、魔術王国は行き過ぎた『魔力主義』ゆえに革命がおき、一部を除き、放棄することにしたようです」
「初めて聞いた。塔には何も残っていないが……」
「革命に成功した者たちは知識を魔術師から奪い、神の名の下で残すことにしたようですね」
何もかも消してしまうと、また同じ道を繰り返す危険もあるから、その警告を込めて、プロティア教の封書という形で歴史の一片を残したということらしい。
「龍石もそうですが、移動の陣については見つけたら必ず無効化しなければならないとありました」
「どういうことでしょうか?」
移動の陣はそんなにも危険な術ということなのだろうか。
「なんでも、移動の陣の一部を描き変えることで、『禁忌』の術に変わることを魔術王国の王が発見し、そのために何人も人が犠牲になったという話です。魔術王国の功績が徹底的に抹消されることにもなった一因だとか」
「何人もの人が犠牲……」
無効になったはずの移動の陣は書き換えられ、何人もの躯が横たわっていた。ということは、あの陣は、その禁忌の術が使われたということを表している。
「あの遺体、どうみても魔術王国時代のものではなかったな……」
兄が呟く。
「その禁術はどのようなものか、わかっているのでしょうか?」
恐る恐る私はたずねる。
「人の魂を移動させるものらしいです。さすがに詳しくは私も存じませんが」
「人の魂……」
具体的にどのようなものなのかはわからないけれど、恐ろしいことが行われたのは間違いない。
「失われたはずの知識を何らかの形で知った人間がいたということだな」
ふうっとリオンさまが息をつく。
「なんにせよ、龍石がなければ移動の術は使えないものと聞いておりましたが……」
龍石に関しては、すでに製法が失われているものだ。だから移動の術の陣が各地で発見されていても使用はできないと、ガデリ司祭は認識していたらしい。
「塔でも、移動の術はどうやっても発動しないものと認識していた。それを覆したのは、アルキオーネ嬢だ」
リオンさまの顔が険しい。馬の二人乗りをしているせいで、顔が近いこともあり、非常に申し訳ない気分だ。
「なあ、おっちゃん」
兄は静かに訊ねた。
「龍石の話で、龍の寵児の体内に魔力核があるとかいっていたよな?」
「そうですね」
「あ……」
その時気づいた。
龍の未来視で、リオンさまが私の胸を刺そうとしていた『理由』は、きっとその『龍石』を得るためだったのではないだろうか。
そう思うとしっくりくる。
原作でリオンさまが私を殺すことになるのも、ひょっとしたらマイアを守るためではなく、『龍石』のためだったかもしれない。
「念のために言っておくけれど、私は研究の為に君を害そうとは思わないから」
私の表情に何を見たのか、リオンさまが怒ったように呟く。
ただ、私を支えている腕は少しだけ震えている。私も、リオンさまも龍の未来視からまだ自由にはなれていないのだ。
「ちなみに、今のお話、司祭クラスの方は皆さんご存知のことなのでしょうか?」
「いや。封書は閲覧が許されるというだけで、読まなければいけないというものではありません。私の場合は、単純に興味があった……それだけですよ」
ガデリ司祭は首を振る。
「興味?」
「隠されると読みたくなるは、人の業というものです。ただ、古代語で書かれているので、読むのは大変でしたね」
「意外です」
普段の誠実な人柄を見ていると、そんなものに興味を持つようには思えない。
「好奇心は人より大きい方です。そういった意味では私は神官向きではないのかもしれません」
「おっちゃんはいろんな意味で、神官って感じじゃないよなあ」
「お兄さま!」
ガデリ司祭は、次期大祭司候補でもある人なのだ。さすがに失礼だと思う。
「少なくとも他の司祭さまは、毎日剣術の鍛錬なんてしないし」
「鍛錬をしないと、体はなまってしまうからね」
くすりとガデリ司祭は笑う。
「説法するだけが司祭の役目ではないよ。何をするにも体力は必要だ。それに、封書の言う通り、もし魔術王国の禁じられた術を復活させようとするやからがいるのであれば、神の使徒である私たちがまず先陣に立って戦う必要があるのだから」
「すべての司祭さまがそう思っているとは思えないんだけれど」
「そうかな。でも、それくらいの気概がないとダメだとは思っているよ」
ガデリ司祭は、真剣な面持ちのままそう呟く。
「やあ、そろそろ日が暮れてきましたな。村まであと一息ですが、急ぎましょう」
空の色がだんだん薄い青になってきて、辺りは茜色に染まりつつあった。




