小屋
「ダビー、それにリオン殿下ではないですか。それにアルキオーネ嬢も」
倒壊しそうな小屋から顔をのぞかせたガデリ司祭は、驚いた顔をした後、にこやかに顔をほころばせた。埃の被った小屋の中にいたせいか、白いシャツは汚れている。よく見ると、いつもの司祭服ではなく、白のシャツに茶色のズボンに、皮の鎧を着ていた。
腰には剣を下げているが、まったく違和感がないほど、鍛え上げられた体格だ。この格好だけ見たら、司祭ではなく、騎士だと思うかもしれない。
「殿下もこちらの小屋に御用が?」
ガデリ司祭は埃を払いつつ、首を傾げた。
私がいるせいで、目的が余計わからないという顔だ。
「おっちゃん、俺たちどこにいるか把握が出来ていないんだ。そもそも、この小屋、何?」
兄がガデリ司祭の問いに質問で返す。
物置小屋にしては少し大きいし、かといって人が住むには少し不便そうだ。周囲に井戸などもない。屋根も傷んでいるせいか、あちこち木が腐っているようだ。
「ここはラミネの森のかなり奥ですよ。この小屋は、プロティアの巫女を誘拐した人間がつかまったとされる小屋です」
「マイア・タランチェ子爵令嬢が見つかったという?」
「はい」
ガデリ司祭は頷いた。
「随分と人里離れた地なのですね」
誘拐犯のアジトだから不思議はないのかもしれないが、周囲に建物など何もない。道の状態から見ても、それほど交通量のある場所ではないだろう。
「ここから一番近いヴァンス村の神殿の視察に来たついでに、来てみたのですが、本当に何もなくて驚いています」
ヴァンス村は、帝都から馬で二日ほどかかる位置だ。直線距離はそこまでではないけれど、森の中を流れる川が蛇行している関係で、道も入り組んでいる。
「なんとか舞踏会には間に合いそうですな」
「馬車が用意できればね」
ほっとした表情を浮かべたロイスナートさんに、リオンさまが苦笑する。
「殿下たちは、徒歩でここまで?」
「まあ、いろいろあって。ヴァンス村に案内してもらえると助かる」
「それは構いませんが……」
ガデリ司祭は外していた馬具を付けなおす。
「ところで、この小屋をお調べになったのですよね。何か気になることがおありなのですか?」
近いところに来たから寄るということは、何か不審なところでもあったということだろうか。誘拐事件は既に解決しており、犯人たちは既に処刑されてしまったとも聞いている。
「この小屋、持ち主が誰なのか、少なくともヴァンス村では誰も知らないのですよ」
ガデリ司祭の表情が険しくなる。
「何のための小屋なのかもわからない」
「何のためとは?」
リオンさまの問いに、ガデリ司祭は中を見るようにと促す。
建物が壊れたのは捕り物のせいなのか、その前からなのかわからないけれど、相当に痛んでいる。戸板の蝶番は壊れていて、戸はその役目をはたしていない。雨漏りがするのか、床板はところどころ腐っているようだ。それ以外はがらんとしていて何もない。
「普通、廃屋といえども家財のようなものがあるもの。無頼のやからが占拠したとしても何かしらあってしかるべきなのですが、何もないでしょう?」
「場所的に見て木こりか猟師の小屋と見るのが自然ですけれど」
ロイスナートさんが辺りを見回しながら首を傾げる。
「普通、そういった小屋には、何かしら残っているものです。雨具とかそれこそゴミも含めてですが。あと、井戸は掘らないまでも、水がめの一つくらい外に置いてあってもおかしくない」
雨水をためるための大きな水がめなどを外に置いておけば、急な天候不良の場合の避難小屋にもなる。ところが、この小屋には、ロープ一本、皿一枚すら残っていない。
「無頼のやからが占拠したのであれば、なおさら、私物が残っていてもおかしくない。調査の段階で全て撤去したという可能性もなくはないのですけれども」
ガデリ司祭の言う通りかもしれない。
少なくとも何日か賊が占拠したのであれば、煮炊きくらいしたであろう。鍋釜が賊の私物であったとしても、捕らえた時にそういった生活用品の類まで押収するだろうか?
「村の人間の話では、誘拐犯がこの小屋にいたことは、捜索に来た人間たちがすでにマイア・タランチェ子爵令嬢を救出に成功してから知ったそうです。村人たちは聞き込みなどされることもなかったそうなので」
「つまり、捜索に来た者たちは、最初からこの小屋にマイア・タランチェ子爵令嬢がいるという情報を持っていて、真っすぐにそちらにむかったと?」
リオンさまは顎に手を当てた。
「だから悪い、怪しいという話ではないですがね。ただ、そもそもこの小屋はどこの誰のものかわからない。無頼のやから達が建てたものというなら、まあ、納得ではありますけれど。ただ、それにしたって生活感がなさすぎます。あえて、すべてを持ち去ったというのであれば、納得ではありますが」
「……その場合は、一体誰が、ということだな」
ちなみに、捜索をしていたのは、タランチェ子爵家に雇われた私兵だったらしい。
貴族子女が誘拐された場合、たいていは身代金目当てなので、交渉人が立つことが多く、私兵を使って強引に見つけ出そうとするケースは非常に稀だ。
もちろん迅速に安全に救い出すことが第一なので、どのような方法が正解なのかは、判断が難しいところではある。
「タランチェ子爵家に雇われた方たちは?」
「グロウという名以外は、よくわからない」
リオンさまが首を振る。
「すでに出国してしまったのかもしれない。なんにせよ、タランチェ子爵自身もあまり覚えていないらしい。交渉人を立てなかったのは、グロウに説得されたからという話だ」
「不思議な話ですなあ。とりあえず、村にご案内しますよ。殿下、アルキオーネ嬢とお乗りになりますか?」
ガデリ司祭は馬具を付け終わると、リオンさまの方をみる。
普通に考えたら、一番身分の高いリオンさまが馬に乗るべきだけれど、誰が見ても一番体力がないのは私だから、その妥協点ということなのかもしれない。
「私は大丈夫です」
慌てて私は首を振る。平坦な道であれば、それなりに歩ける……はず。
「アルキオーネ、ここは意地を張るところじゃない。お前が意地を張ると、リオンさまが公務に間に合わなくなる」
「……はい」
私は渋々ガデリ司祭の申し出を受け入れた。
一人で馬に乗れることは乗れるのだけれど、リオンさまを歩かせて自分だけ乗るのも気が引けるので、二人乗りすることになった。ただ、速度はゆっくりでそれほど揺れないけれど、馬に横座りの状態のため、リオンさまにしがみつかないと怖い。そんなところをみんなに見られているというのは、それはそれで恥ずかしく、色々いたたまれない。
「ところで、誰のものかわからないと仰いましたが、村の人間に気づかれずにここに小屋を建てることって可能でしょうか?」
「機材を全てこちらで調達できるなら可能でしょうね。村人はこのあたりまで来ることは稀ですから。それほど大規模な小屋でもありませんから。ただ──」
ガデリ司祭は首を傾げる。
「一番近いヴァンス村ですら、徒歩なら半日の距離です。次に近いとなるとデーリバの村ですが、わざわざここまで来て小屋を作るほど、この場所に魅力があるかと考えると──」
ガデリ司祭の言う通りだ。
希少な植物があったり、動物が生息していたりというほどではない。あえていうならば、炎の魔素の入った貴石だが、それならもっとラザール山のふもとに近い方が手に入りやすい。
「確かに、水辺があるわけでもないし、よくわからないな」
リオンさまは静かに頷いた。




